導入 割れたステンドグラスの向こうに、海が見えた。波の音は少し遠い。暁光を受けて輪郭を金色に滲ませる雲を背に、鳥が弧を描くように飛んでいく。石煉瓦の壁は崩れかけていて、断崖の海風を受けてそよぐ低木の青い小花が見えた。木製の床も所々剥れて、浅くはない窪みに矢車菊に似た野花が咲いている。
忘れられ、打ち捨てられた廃屋に人の気配はない。風化して時と共に崩れ落ちるのを待つだけの建物は、外に出ることも容易い。崩れた石壁を乗り越えて小花の揺れる崖に近付くと、今も尚、災厄の爪痕の生々しく残る港町を眼下に見留める。
誰もいない。当たり前だ。多くの人々が突如として降り掛かった災禍を前に、なす術もなく命を落とした。生き残った僅かな住人も今はこの町を離れている。寂寞とした白い砂浜に残る跡は。寄せては返す波の模様だけだ。静寂は、初めてこの大陸に流れ着いたときの不安を思い出させた。
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