ロゴス(仮)① 深い森の陰の落ちる小道の脇に、見知った顔を見留めてクロードは足を止めた。風が吹くと、揺られた梢からこぼれ落ちる陽光が青い髪の上でさんざめく踊る。向こうもクロードに気が付いたのか、澄んだ高いみ空色の双眸と視線がかち合った。
「クロード」
「やぁ、レナ」
緑の絨毯を踏みしめながら近付くと、少女が柔らかく微笑む。
「どうしたの、こんなすみっこで」
声をかけて、クロードはレナの隣に並んだ。取り立てて目を引くようなものはない。長閑な村の日常が、目の前に広がっている。誘拐騒ぎが遠い昔の出来事のようだった。
あそこ。小首を傾げながらレナがクロードに目配せをする。疎らに行き交う村人の合間に、ひっそりと佇む頭一つ分以上抜きん出た長身を見付けてクロードは得心がいった。
「ディアス」
男の名前を口にする。隣でレナが小さく顎を引く気配がした。
「目立つね」
「大きいから」
見たままを述べると、隣で彼の幼馴染から肯定の声が返る。遠目に見る動きの少ないディアスは、物言わぬ岩か巨木にも似ていた。
「迷子になったときは、待ち合わせ場所をディアスにしよう」
「いいわね……でも、ディアスが一番何処かに勝手に行っちゃいそう」
「……レナがいるんだ。もう独りで遠くには行かないさ」
ディアスが一緒に戦ってくれるとレナに告げられたときは驚いた。それから、レナが声をかけたからこそ、彼は頷いたのだと思った。
ディアスを伴ったレナの告げる言葉は、このマーズで聞いたときと大きな差はなかったと記憶している。けれどあのときとは何もかもが違った。驚きに胸が締め付けられ、全身を言い知れぬ高揚感が支配した。渦巻いていた反発心のようなものは鳴りを潜め、心強い喜びにクロードの感情は塗り潰された。
剣を交えてディアスの強さを実際に感じ取ったからかも知れない。魔物の襲撃やソーサリーグローブといった避けては通れない先の不安が、ただ彼が隣にいてくれるというだけで嘘のように軽くなる。
「ディアス、あなたを心配していたわ」
不意に、レナが言った。信じられない言葉に、クロードは隣に視線を落とす。彼女の青い双眸は、変わらず遠い長駆へと向かっていてクロードの方を見てはいなかった。
「何で」
「クロードのこと、認めてるんじゃないかしら。ディアスなりに」
それはない。ディアスの強さを知っているクロードは思った。けれどクロードよりも深くディアスと関わってきたレナの言葉を否定するには理由が弱い。
「……レナは本当に、ディアスのことがよくわかるんだな」
結局、当たり障りのない返事をした。
自分で言っておきながら、面白くない気持ちになった。レナとのことに関するディアスへのわだかまりはなくなったと思っていたが、二人にしか分からない何か絆のような結び付きのようなものを見せ付けられると相変わらず疎外感に打ちのめされる。
「ほんとにそうなのかな……わかってるような気になっていただけなのかも」
レナから返った言葉の意味を計り兼ねたクロードは、黙って彼女の横顔を見詰めた。少女の視線は幼馴染みから動かない。
「あなたのことも」
「ぼく?」
いきなり向いた矛先にクロードが困惑の声を上げると、そこで漸くレナと視線が交わった。大きな瞳が半月を形作る。
「ディアスに言われるまで気が付かなかったもの」
「……本当に、ぼくのいないところで何を話してるんだよ」
「ないしょ」
声を上げてレナは笑った。
「だってずるいじゃない。ディアスともクロードともわたしが一番付き合いが長いのに、クロードと会ったばかりのディアスの方が、わたしよりクロードのことよくわかってるんだもの」
ずるい、と言いながらどうしてそんな風に笑えるのだろう。クロードは思った。
レナがディアスを気に掛ける度、クロードは言いしれない不快感を覚えた。理由は最初はよく分からなかった。ただ、ディアスと会うとレナは彼のことしか見えなくなるように思えて、それが自分でも不思議なくらい気に入らなかった。
幼馴染みなのだから仕方ない。クロードからは見えない二人の事情があるのだから仕方ない。理性で割り切ろうとしても、どうしても苛立って仕方がなかった。
英雄の息子という色眼鏡を通さずクロードを最初に見てくれたレナに、惹かれる気持ちはあった。けれどそのレナも、光の勇者であるクロードを必要としていただけなのだと頭の片隅の何処かにあったように思う。
「……ぼくのことを見ていてくれる人は、レナ以外にもいたんだな」