レナ編だとエル大陸漂着時独りなんだよねクロード 頬に触れる濡れた感触が覚醒を促した。目を開けようとするが、酷く痛んでままならない。目だけではない。全身を痛みと倦怠感とが支配している。
沈みそうになる意識を叱咤して目蓋を押し上げると、傾いた視界に彩度の低い暗い世界が飛び込んできた。
砂地に手を突いて、軋む身体を起こす。髪に、目尻に、衣服に纏わりついた細かなつぶてが、ぱらぱらと零れ落ちて行った。
辺りを見渡す。クロードが倒れていたのは浜辺だった。視覚が認識した途端、鼓膜が徐々に周囲の音を拾い始める。荒れ狂う黒い夜の海鳴りは、獣の咆哮にも似ていた。
少しずつ、クロードは自分が置かれた状況を理解した。立ち上がり、改めて周囲の気配を探る。何処かに仲間がいる筈だ。
エル大陸に巣食う魔物を掃討し、世界に異変をもたらすソーサリーグローブを調査する為、最先端の紋章兵器であるラクールホープを積んだ船で港を発ったクロードたちは、魔物の襲撃を受けた。
仲間の安否だけではない。船は、ラクールホープはどうなったのだろう。焦燥と不安がクロードの胸に渦巻く。
誰か。クロードは声を張り上げた。うねる荒波の轟音に掻き消されないよう、大きな声で呼び掛けた。けれど、クロードに答える声はない。近くには誰もいない。漂着物もない。波の音しか聞こえない。クロードだけだ。まるでクロードだけを残して、世界の全てが滅んでしまったかのような錯覚すらした。
涙の膜が張って、視界が滲む。全身の力が抜けて、クロードは濡れた砂に膝を突いた。
レナ。再びクロードは声を上げた。他の仲間の名前を呼んだ。縋るような、祈るような心地で発した声は、まるで悲鳴のような叫び声だった。自分で自分に驚く。
最後に、ディアスの名前を呼んだ。クロードを最初に見付けてくれた少女が、誰よりも信頼する幼馴染みの名前だ。類を見ないほどに強い剣士の名前だ。
きっと、どんな形であれディアスは今、レナといるのだろう。漠然と、そう感じた。
ディアスは強い。剣の腕も、体格も、経験も、彼の持つその全てにおいてクロードは遠く及ばない。彼さえいれば、クロードが抜けた穴を補って余りある。レナだけでなく、全ての仲間を守り抜いてくれる。彼がいれば、もともとこの星の住人ですらないクロードは必要ない。このままいなくなっても、例えば全てを諦めてこの寂寞とした砂浜で朽ち果てたとしても、レナたちが旅を続ける上で大きな痛手にはならない。もしかしたら少しだけ悲しんでくれるかも知れないが、すぐに忘れ去られて、また何事もなかったかのように前に進んでいくのだろう。
ディアスが行動を共にすることになったとき、もう何も怖くないと思った。心強かった。彼がいれば誰一人欠けることなく、仲間を守り切ってこの旅を終えられる。そう確信した。クロードがそう感じたのだから、レナも、他の誰しもが、同じ安心感を抱いたに違いない。ディアスがいるなら、ぼくは要らないんじゃないか。そう思えてならない。
もう一度、立ち上がる気力は湧き起らなかった。ぼんやりと、タールを流し込んだかのようにどす黒くうねる海を眺める。船を呑みこみ、仲間たちを呑みこみ、希望を呑みこんだ黒い海だ。
そこで、不意に気が付いた。
違う。クロードの妄信していたディアスの強さは絶対ではなかった。魔物の襲撃を前に、もどかしく届かない彼の剣先をクロードは誰よりも近い場所で見ていた。クロード諸共、魔物の手で海に突き落とされた彼の姿を確かに目にした。
のろのろとした緩慢な所作で、それでもクロードは立ち上がる。
駄目だ。このままでは駄目だ。ディアスの強さに焦がれて、頼っているだけでは駄目だ。
自身を叱咤して顔を上げ、黒い海を睨み付ける。
要る、要らないという話ではなかった。クロードが、ただ彼らと居たい。彼らを守りたい。それだけの話だった。
海に背を向け、決意を新たにする。それから、仲間を探す為の一歩をクロードは踏み出した。