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    menhir_k

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    前から3番目のクロディ(開き直り)

    #クロディ
    clodi

    多分ほんとに最後の追加分 光の勇者が現れた。久しぶりにクロス大陸の首都を訪れると、そんな噂を耳にした。
     噂の出所は首都クロスから程近い鉱山の町だった。すぐに、鉱山の町サルバに住む馴染みの顔が浮かぶ。町長の息子だ。幼馴染みと言っても差し支えないのかも知れない。勇者などと称される人物が現れたということは、それなりの荒事が起きたということだ。もう随分と会っていない彼の安否が少し気になったが、訪ねる気にはなれなかった。


     そう時を置かず、また勇者の話を耳にした。同郷の少女の口から、再会したその日の夜に聞かされた。彼女——レナの話によると、共に旅をしている青年が噂の勇者らしい。
     昼間、レナと共に訪ねて来た顔ぶれを思い出そうと記憶の底を攫う。紋章術師の女は覚えている。外見も言動も派手な女だった。だが、青年の方は印象に残っていない。髪はブロンドか栗毛色だった気がするが、瞳の色に至っては全く記憶にない。レナはレナでその青年に対して酷く腹を立てているようで、先ほどから彼の話で持ち切りだ。お陰で噂の勇者が本当にただの青年であるという知りたくもないことも知れた。
     本当にどうでも良く、下らない。光の勇者などという迷信に人々が縋るのは、ソーサリーグローブへの不安からだ。結局、幾つかの符号を一致させた青年が、いよいよ世界の終わりが現実味を帯びてきたところに体よく現れただけの話だ。
     馬鹿馬鹿しい。本当に勇者などという救世の偶像が存在するなら、何故二年前に現れて父を、母を——幼い妹を救ってくれなかったのか。ディアスは口の端を歪めた。


     青年の髪はブロンドだった。アーリアの小麦畑に似た美しい金色をしていた。瞳は蒼穹を思わせる澄み渡ったブルーだった。
     紋章の森で会話したときは陰りの下でよく判らなかった。ラクール城内の受付で話したときも、あまり青年を注視していなかったので瞳の色にまで気は回らなかった。だから、ディアスは武具大会の決勝で互いに剣を構えて対峙したそのとき、初めて青年の——クロードの視線を真正面に受け止めた。なるほど。これは確かに誤解を生む。皮肉ではなく、純粋に思った。


     次は前線基地で顔を合わせた。相変わらず、レナと行動を共にしているようだった。レナやマーズで会った紋章術師の女以外にも、知らない顔がまた増えていた。
     守るものが増えるということは足枷でしかない。少なくともディアスは独り旅が性に合っている。だが、このクロードと言う稀有な青年はディアスとは違うらしい。マーズで初めて斬撃の跡を目にしたときよりも、ラクールで実際に剣を交えたときよりも、クロードは力を付けている。彼は、守るものが多ければ多いほど、力を発揮するらしい。ディアスにしてみれば理解出来ない難儀な性分だ。だが、現に彼は会う度に強くなっている。正攻法でディアスに挑む未熟な剣は、会う度に強度が増している。
     理解は出来ないが、誰かを守ることで強くなる人間もいるのだという事実は認めなくてはならない。クロードは少しずつ、けれど着実にディアスの実力に追い付きつつある。それが楽しみだった。気が付いたのはラクールを発ってからだ。それから、何かにこんなにも心が動く自分がまだ残っていたのだということに少し驚いた。
     二年間ぶりの拙い高揚感も、認めなければならない。


     「花が咲くような」だとか、「ほころんだ蕾のような」だとかいう、笑顔に纏わる形容を幾つか目にしたことがある。ディアスは必要最低限の読み書きと計算が出来る程度の学しかなく、進んで文学に触れることもない。だから、きっと幼い頃の妹やレナに読み聞かせてやった童話や絵本の中にあった描写なのだろうと思った。ディアスの声に耳を傾け、目を輝かせて聞き入る少女たちを微笑ましく見守る一方で、何かと煌びやかで大袈裟な形容を冷めた目で追っていたことを思い出す。
     だが、今、ディアスの目の前では実際に花が咲いている。

    「本当に!ぜひ歓迎するよ!ディアスがいれば戦力百倍だ!」

     破顔した青年の笑顔は、本当に花のようだった。いつも何処か不満そうな——不安そうな表情で、睨み付けるように見上げてくる彼しか知らないディアスは、声を失った。レナの計らいで同行することになったディアスの存在を、目に見えて明らかに歓迎したのは意外にもクロードだった。


     明瞭になった視界が、最初に花を認識する。見たことのない黄色い花だ。焦点を外すと、他にも花が咲いていることに気が付く。極彩色に咲き乱れる花々に、ディアスは倒れ伏していた。
     立ち上がり、周囲を見渡す。幻想的な菫色の空が頭上に広がり、甘やかな香りが辺りを漂っていた。遠目に、共に旅をするようになってからまだ日の浅い仲間たちの姿を見留める。皆、大きな傷を負った様子もなく無事なようだった。その中の、レナの姿に目を止める。茫洋と立ち尽くす少女は、それでいて今この場にいる誰よりも落ち着いているように見えた。
     エル大陸の崩壊した首都エルリアの城の頂で、ソーサリーグローブを前に対峙した「敵」は、レナを指して「ネーデ人」と言った。出自のずっと判らなかったディアスの幼馴染みは、彼らと同じ世界の人間なのだという。だが、ディアスにとってはそんなことは大した問題ではなかった。レナがただ一人ディアスに残された大切な「妹」であるということに変わりはない。ディアスの彼女に対する接し方や想いが変わることもない。
     同じことがクロードに対しても言える。
     「敵」は、クロードのことをチキュウジンだと言った。レナとは異なり、「敵」と同じ世界の住人ではないようだった。だが、クロードもまた、レナと同様エクスペルの人間ではなかった。
     舞い上がる花びらの向こうで、青年は暗く沈んだ表情で俯いている。彼自身が花のような笑顔を見せる青年だということを知っていたので、まるで別人だな、とディアスは思った。
     後ろ暗い理由は、解かる気がした。ずっと、自分がエクスペルの住人ではないと知りながら黙っていた。言い換えれば、仲間を騙していたのだから当然だ。何も知らなかったレナとはわけが違う。
     それでも、ディアスにとってクロードはクロードだった。身勝手に拗ねて八つ当たりをしてきたかと思えば、純粋にディアスを慕い笑顔を見せるただの子供だ。何も変わらない。だから、そのままを言葉少なに伝えた。
     異郷の花園で、ありがとう、とクロードは何処か泣き出しそうな笑顔をディアスに向けて言った。そんな表情すら絵になる彼は、とても美しい子供だった。


     水の音がする。高所から流れ落ちた水が、浮島を繋ぐ橋の下で水溜まりを作っていた。
     何処にも繋がっていないこの宙を漂う浮島に水源などあるのだろうか、と考え掛けてやめた。
     このネーデという世界に来てからというもの、ディアスの理解の範疇を超えたことばかりが起こる。人を乗せ、空を飛ぶ竜のような生き物の暴走然り、試練と称して誰も知り得ない、本人すら忘れているような記憶の底を浚う装置然りだ。この浮島——愛の場にしても同じだ。水の出どころは勿論、何もない橋に忽然と花が咲く理由も分からない。考えても無駄だ。
     ただ最近は、美しいもの、新しいものに触れると、家族のことを思い出すようになった。特に、幼いまま逝った妹のことを考える。今もそうだ。異界の空に舞い上がる花弁も、光を照り返して揺らめく不思議な水面も、全てが美しい。その美しい全てを、何故妹は見ることなく生涯を終えてしまったのだろうか、と考える。それこそ、考えても仕方がないことだ。だのに、ディアスの意志に反して思考は巡る。
     花の橋の上から、レナが水面に釣り糸を垂らしている。彼女が魚影を見掛けたことで、愛の場の攻略の足は完全に止まっていた。他の仲間も、慣れた様子で思い思いに時間を潰している。周囲の魔物も一掃した後だった。レナの釣りを邪魔する者はいない。試練の場とは思えない、穏やかな空間だ。ディアスだけが暇を持て余していた。
     レナ達から少し離れた花の溜まり場で、落ちる水を眺めるクロードの姿を見付けた。彼もまた手持無沙汰な様子で立ち尽くしている。
     エルリアで一度姿を消したクロードは、暫くは何か憑き物が落ちたかのような快活さを見せるようになった。ずっとエクスペルの住人ではないことを黙っている後ろ暗さから解放されたからなのか、他にも理由があるのか、それはディアスには分からない。だが、彼の明るさは長くは続かなかった。ネーデで四つの場を巡る試練を受けるようになってから、また徐々に表情を曇らせる頻度が増えた。今もそうだ。花畑に佇んで、何処か物憂げな表情でいる。
     ろくでもないものを視せられているのだろう。ディアスにもたらされる試練もまた、懐かしい痛みを伴う不可解なものばかりだった。だから、クロードも幻覚に似た過去の何かを視ているのだろう、とディアスは思った。思うだけで声をかける気は起らなかった。
     クロードから目を逸らす。
     今ここにいるのが妹であったなら、花の中に寂しく佇む青年に声を掛けて寄り添う姿も自然だったかも知れない。隣に並び立ち、同じものを見て、慰めの言葉の一つでも掛けてやれば、彼も少しは晴れた表情を見せたかも知れない。けれど妹はここにはいない。二年前に死んでしまった。だから哀れな子供に気が付いて、声を掛ける人間はここにいない。彼は表情を曇らせたまま、花の中に佇むしかない。
     可哀想に、とディアスは思った。


     暫くして、クロードの父親が死んだ。呪詛と慟哭とが綯い交ぜになった、彼の怒号が鼓膜に張り付いて剥がれない。
     ディアスにも覚えのある、懐かしい痛みだ。
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    menhir_k

    TRAINING前から3番目のクロディ(開き直り)
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     噂の出所は首都クロスから程近い鉱山の町だった。すぐに、鉱山の町サルバに住む馴染みの顔が浮かぶ。町長の息子だ。幼馴染みと言っても差し支えないのかも知れない。勇者などと称される人物が現れたということは、それなりの荒事が起きたということだ。もう随分と会っていない彼の安否が少し気になったが、訪ねる気にはなれなかった。


     そう時を置かず、また勇者の話を耳にした。同郷の少女の口から、再会したその日の夜に聞かされた。彼女——レナの話によると、共に旅をしている青年が噂の勇者らしい。
     昼間、レナと共に訪ねて来た顔ぶれを思い出そうと記憶の底を攫う。紋章術師の女は覚えている。外見も言動も派手な女だった。だが、青年の方は印象に残っていない。髪はブロンドか栗毛色だった気がするが、瞳の色に至っては全く記憶にない。レナはレナでその青年に対して酷く腹を立てているようで、先ほどから彼の話で持ち切りだ。お陰で噂の勇者が本当にただの青年であるという知りたくもないことも知れた。
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