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    ichiya_0825

    @ichiya_0825

    五夏を書いたりしています。

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    ichiya_0825

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    あした世界が終わってもいいよ 7/俳優五×戦場カメラマン夏のパロ五夏です

    あした世界が終わってもいいよ 7 朝の目覚めは、すっきりとしていた。自分の考えに芯が通ったからかもしれない。ぱっと身体を起こして、顔を洗う。まだ夏油は眠っているようで、向こうの寝室は静かなものだった。
    「朝ご飯でも作ろうかな」
     作ると言っても、目玉焼きを焼いて、パンを用意するくらいのものだが、夕食はしっかりしたものになりそうだし、また買い出しついでに買い食いするだろうから軽いものでいいだろう。冷蔵庫を覗くと、昨日市場でフルーツもいくつか買ってきてあったので、それも添えることにする。
     すこし火の通った卵にはらりと譲って貰った塩と胡椒をかけて、半熟になるまで焼いたら完成だ。パンをそのまま同じフライパンで焼いて、バターも塗ったあたりで、もそもそと夏油が起きだしてきた。ついでにコーヒーも淹れて、朝食を摂ることにする。
    「ごめんね、作って貰っちゃって」
    「早起きしたからね。ほら、早く食べて食べて」
     卵は、無事半熟でとろとろに出来ている。パンに黄身をつけながら食べると、夏油も真似をし始めた。これ、美味しいね、と笑顔を見せてくれて、嬉しくなる。甘いコーヒーですっきりと目を覚ましたら、午前中の買い出しに出かけることにした。買う物は、昨日女性から聞いてメモしてある。
     今日作るのは、ポジョ・フリート、アロス・ア・ラ・マリネーラ、ワカモレ・クバーノという料理だ。名前からは一体どんなものなのか、教えて貰っていなかったら、全然想像もつかないものばかりだったが、彼女が言うには、どれもキューバの代表的な料理だということだった。メインとなる鶏肉や海産物、アボガドなどの野菜は市場で手に入るので、買い物は米の補充と調味料の買い出しだけでいい。サラダに添えるトルティーヤチップスも自作すると言っていたので、玉蜀黍粉も買っておくことにする。近くの商店をいくつか回れば調達出来るだろう。
     ふたりで買い物に出て、必要なものを調達する。二、三店商店を回れば、予定していたものはどうにか調達することが出来た。ちょうど昼時になったので軽く昼食を食べて、待ち合わせ場所である市場に向かうことにする。
     市場に到着すると、女性は既に市場で働いていた。どうやら午後から休み、ということだったらしい。五条と夏油の姿を認めると、笑顔でこちらに手を振ってくれる。
    「クラリータ」
     夏油が名前を呼ぶと、さらに笑顔が増した気がする。気のせいかもしれないが、なんだか釈然としない。夏油と出会ってわかったが、夏油は恐ろしく人好きのするタイプだ。屋台の頑固そうな年寄りですら、夏油に対してはつい笑顔になってしまう。人誑しと言ってもいい。おまけしてくれたよ、とこちらに笑顔で戻ってくるところなんか、もう好きでどうしようもない。
     交代まではあとすこしあるということなので、先に市場を見て回ることにする。もう何度目かの来訪なので目新しいものはないが、この雰囲気は好きだった。先に買い物をしようか悩んだが、やはり作り手が選んだ方がいいだろうとしばらく市場をひやかして待つことにする。
     そうして待つうちに交代を終えたクラリータがやってくる。どうやら友だちも一緒のようで、紹介してくれた。ロザリンというらしい。髪を長く伸ばしたクラリータとは違い、さっぱりとショートカットの彼女は快活に見えた。
    「よろしく、ロザリン」
     ロザリンは日本語はあまりわからないらしいので、英語で挨拶する。握手をすると、にっこりと笑ってくれた。
    「じゃあ、買い物をしましょう」
     料理に必要な鶏肉の塊や、アボカド、魚介類などを揃える。四人分なので結構な量になったので、夏油とふたりで分けて持った。市場からアパートまでは徒歩だ。四人でお喋りをしながら歩くと、さほど遠くも感じない。ロザリンには適宜クラリータが通訳をしてくれた。
     ふたりをアパートに招き入れ、狭い台所にみんなで入った。何せでかい男がふたりもいるので、結構手狭だ。さすがにカメラマンまでは入れなかったので、固定カメラを入り口のあたりに設置してもらい、あとは五条のハンドカメラで撮ることになった。
    「まずはポジョ・フリートからね。マリネにしたいの」
     どうやら話を聞いてみると、ポジョ・フリートは鶏肉のフリットのようだ。それと同時に、台所のガスコンロは二口だったので、一緒にアロス・ア・ラ・マリネーラという料理も作ると言う。
     クラリータは慣れた手つきでボウルに骨つきの鶏もも肉を入れ、キッチンバサミで豪快に骨が露出するように切れ込みを入れる。それが終わったら、鶏肉をよけてボウルの底にすりおろしたにんにく、クミンパウダー、オレガノパウダーを入れて混ぜ、鶏もも肉の表面と切れ込み内部に擦り込んでいく。その段階で結構いい匂いがして、期待が高まった。そこからは、鶏肉のボウルにレモン果汁とオレンジジュースを入れ、全体をよく混ぜ、蓋をして二時間ほど置いてマリネするということだった。
     次は、野菜と魚介類の下処理に入る。最初に、にんにく、たまねぎはみじん切りにして、ピーマン、パプリカは食べやすい大きさに切る。入れる魚介はイカとエビだ。イカは骨と墨を取って輪切り、エビは殻をむいて丁寧に背わたを取った。エビはかなり大ぶりなサイズで、見るからにぷりぷりしていて美味しそうだ。
     そこまで準備して、マリネ液への浸け込みが終わるまで料理は一旦休憩となった。下処理した魚介類と鶏肉を冷蔵庫に入れると、五条はカメラを夏油と交代して、甘いコーヒーを淹れることにする。
    「アロス・ア・ラ・マリネーラはキューバのパエリアみたいな料理よ。ほんとうなら貝も入れたかったんだけど、砂抜きが間に合わないから」
     クラリータはスペイン語を交えた日本語でそんなことを話した。どうやらクラリータの得意料理らしい。甘いコーヒーを傾けながら、クラリータやロザリンの話を聞く。地元では何が流行っているか、どこの店が美味しいか、そんな他愛もない話だ。
    「スグルとサトルは、日本で何をしているの?」
     ゲトウとゴジョウは発音が難しそうだったし、自分達も名前で呼んでいるのでサトルとスグルと呼んで貰うことにした。
    「傑はカメラマン、こっちは俳優やってる」
     そう言って自分を示すと、目が合ったクラリータは驚いたように顔を赤らめる。五条と目が合うとそうなるのは、人種も関係なく、誰しもが同じだ。
    「スグルはどんな写真を撮るの?」
     ロザリンがそんなことを聞いた。ロザリンは、夏油の方に興味があるらしい。クラリータが援護するように、私も聞きたいわ、と言葉を続ける。
    「私は、人物とかじゃなくて、その、戦場カメラマンなんだ。だから、あんまり見て楽しいものじゃないかも」
    「戦場? 内戦や紛争中の国に行くの?」
    「そうだよ。そこで何が起きているのかを伝えるのが私の仕事なんだ」
    「危険な仕事なのね……」
     ロザリンは、心配そうに夏油を見る。こっちだって心配だ。でも、きっと五条が何を言ったって、夏油がこの仕事を辞めることはないだろう。出来るなら安全な日本でカメラマンをして欲しいとは思うけれど、きっとこれは夏油の芯になるものだ。それを勝手に奪うことは出来ない。
    「サトルが出ている映画も見たいわ」
    「こっちでは公開されてないだろうなぁ……」
     ハリウッド映画に出ているわけでもないし、五条が出ているのは今のところ、どれも邦画ばかりだ。きっとキューバで見ることは難しいだろう。いつかは、ハリウッドにも出てみたいという思いはある。だから英語だって勉強しているし、チャンスがあれば逃すつもりはなかった。
    「あの、気を悪くしないでね?」
    「うん?」
     ロザリンと目を見合わせたクラリータが、遠慮がちに声を発する。どうしたのだろう、とクラリータを見つめ返すと、ちょっと困ったような顔をして、クラリータは再び口を開いた。
    「その、サトルとスグルは、……恋人同士なの?」
    「へ?」
     その質問に、思わず気の抜けた声が出る。夏油も同じ反応だ。
    「だって、職業も年齢も違うでしょう。どうして一緒にいるのかなって……」
     キューバでは同性婚も合法化されているから、そんなことを思ったのかもしれない。今回はそういう趣旨の番組だからの組み合わせだが、そこを説明するのはなんだか面倒だった。かといって、肯定するわけにもいかない。そうなりたいとは思っているけれど、今はまだそうじゃないわけだし。
     そんなことをぐるぐると考えているうちに、夏油が笑って「そうじゃないよ」と言った。
    「テレビの番組でね。一緒に旅行しているだけなんだ」
     夏油の口からそう言われると、ちょっと悲しかった。それ以上のものは、夏油の中にはないのだろうか。そう期待することはいけないことなのだろうか。
    「…………俺は、傑とそうなってもいいと思ってるけど?」
    「悟?」
     ぼそっと五条が言うと、驚いたように夏油がこちらを見る。冗談だよ、と言うと、そういう冗談はよくないよ、と正論で説教される。
     冗談なんかじゃないけど。そう、はっきりと言えたらいいのに。
     でも、今は笑って誤魔化すことしか出来なかった。夏油にどう思われているかわかったら、簡単なのに。
     今はただ、夏油に想いが通じないかも、と思うだけで、恐ろしく怖い。こんなことは初めてだった。誰かに想いを返してほしいだなんて、そんなことを思うのは。
    「ね、そろそろマリネ、いいんじゃない?」
     そんな話をしているうちに、二時間はとっくに経っていた。クラリータとロザリンははたと気付いたように立ち上がり、また四人でキッチンに向かった。カメラ担当は今度は夏油にしてもらおう。
    「次はフリートを焼きながら、アロス・ア・ラ・マリネーラを作るわ」
    「私はワカモレ・クバーノを作るね。先にトルティーヤを作らせて」
     クラリータが火のまわりを担当して、ロザリンがサラダを作るということだった。ワカモレ・クバーノは簡単に言えばアボカドのディップだ。最初にトルティーヤを作る。玉蜀黍粉をぬるま湯で捏ねて、彼女達が持参していたトルティーヤプレスで丸く薄くして、フライパンで焼いていく。薄くカリッと仕上がったら、皿によけていく。ロザリンは鼻歌を歌いながら、それでいて手際がいい。いつも家で作っているのだろう。
     クラリータはその間に大きめのフライパンにオリーブオイルをひき、みじん切りにしたにんにくとたまねぎを手際よく炒めていく。そこに生米を追加し、塩と胡椒をして、米が透き通るまで炒めた。米が透き通ったら、トマト缶、白ワイン、固形スープの素を加えてさらに煮込んでいく。
    「サトル、フリットのお肉出して」
    「はいはい」
     トルティーヤが一段落したところで、もう一つ鍋を出すと、次はフリットを焼き始める準備だ。揚げ物をするような鍋に鶏肉を入れ、鶏肉の大部分が油に浸かるようにオリーブオイルを入れ、火をつける。しゅわしゅわと泡が散るような温度まで油の温度を上げ、時折鶏肉をひっくり返しながら、じっくりと焼いていく。
     その横ではアロス・ア・ラ・マリネーラがふつふつと煮込まれている。そこにサフランを入れ、エビ、イカ、ピーマン、パプリカを乗せていった。彩りよく、綺麗に装飾するように並べられたそれは、店に出ていてもおかしくないような見栄えだった。クラリータが言うには、それから蓋をして火を弱火にすると、大体二十分ほど煮込めば完成だということだった。その間に何度か鶏肉をひっくり返し、中まで火を通していく。夏油とふたりだったら、考えられないような料理ばかりだった。
     そうこうしている間にロザリンはワカモレ・クバーノを完成させていて、トルティーヤを三角の形に切って添えている。ついでに商店で買っておいたワインも開けて、料理が冷める前に早めの夕食にしようと話し合う。
     一番大きなテーブルの上に料理を並べると、ほかほかと湯気が上がっていてどれもすごく美味しそうだ。取り皿やグラスを出して、みんな席に着く。
    「いただきます」
     そう夏油が言うと、ロザリンもそれを真似て「いただきます」と言う。五条とクラリータも同じようにして、いただきます、と言ってから、料理をそれぞれ取り分け始めた。
    「なにこれ、美味しい!」
     ポジョ・フリートを一口頬張って、そう五条は声を上げる。にんにくだけじゃなく、果汁の旨味が効いていて、一口囓るとそれが口の中にぶわりと広がった。
     夏油も、アロス・ア・ラ・マリネーラを一口食べて、大きく目を見開いている。これ、すごく美味しいよ、とクラリータに言うと、クラリータは誇らしげにキューバの料理は凄いでしょうと笑った。ワカモレ・クバーノもシンプルな味のトルティーヤにフレッシュなレモンとアボガドの滑らかさがマッチして、口に優しい。
     みんな料理に舌鼓を打ちながら、笑い合う。どれも間違いなく美味しくて、自然と笑顔になった。そこに人種の違いなどない。美味しいものの前では、誰しもが平等なのだ。そんなことを考える。
     今、この時にキューバに来て良かった。夏油と出会えて良かった。しみじみと、それを噛みしめた。
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