令嬢モノを書くつもりが王子様目線のお話になりました「サトル王子!お誕生日おめでとうございます!」
「容姿端麗、頭脳明晰!次期国王があなた様のようなお方で、この国は安泰ですなぁ!」
「サトル王子万歳!!サトル王子万歳!!」
(大の大人が、俺みたいなガキのご機嫌取りに躍起になってる。こんなパーティーなんて、クソつまんねーしクソ下らねー。)
そう思って、俺は馬鹿みてーに派手でアホみてーに広い会場からこっそり抜け出した。
今日のパーティーの名目は、この国の王位継承権第一位である俺の誕生会。朝早くから忙しくて、たまったもんじゃない。
お付きの者の目を盗み、警備の人間を撒くことなど朝飯前で、俺はあっと言う間に明るい陽が差し込む中庭へと出た。今頃主役がいなくなって、会場は上を下への大騒ぎだろう。
「敬う気持ちがあるなら誕生日くらいゆっくりさせろっつーの。」
俺は今日のために誂えられたとびきりの王冠と王家の証である黄金のブローチを外し、臙脂色の重たいマントを脱ぎ捨てた。途端に清々する気持ちになって、大きく伸びをする。
「は〜……。」
肩凝りの原因となるこの高級品は、適当に置いときゃ使用人か庭師の誰かがあとで回収するだろう。
やれ王子様だ王太子殿下だと持て囃されて何不自由なく育ったが、息苦しいだけで楽しいことなどろくになかった。
俺はパーティーが終わるか執事のイジチに見付かるかするまでだらだらすることを決め込み、ちゃっかり拝借した焼き菓子を片手に中庭のより陽当たりのいい場所を目指して歩き出した。
そこは俺の曽祖母に当たる人物が作り、大切にしていたフラワー・ガーデン。
その中にはベンチが一基だけ設置されており、それが昼寝にはもってこいなのである。数少ない、俺のお気に入りの場所であった。
だが、そこには思わぬ先客がいたのだった。
華美さはないが一目で仕立てが良いと分かる藍色のドレスを着た、化粧っ気のない黒髪の娘。年齢は恐らく、十四、十五歳ほど。俺と同い年くらいだろう。
そして、その娘の両脇に髪色やまとう雰囲気は違うものの、よく似た顔立ちの黒いワンピース姿の二人の女児がお行儀良く座っていた。
娘の膝の上には大きな四角いランチボックスが乗っていて、どうやら彼女達はここでピクニックをしているらしかった。
黒髪の女児が俺の足音に気付き、娘の影にさっと顔を隠した。
「ミミコ?急にどうし……おや?」
娘が俺の姿を認めた。
三人は「王子様!」とか何とか言って、慌てて俺に平伏すだろう。
そう思ったが、頭を垂れる様子は全くなかった。代わりに、娘が「やあ、初めまして」と微笑む。
「ご機嫌よう。君もパーティーには出席しないクチかい?」
それから、敬語すら使わずにそう言った。
もしかしてこいつ、俺を知らない?
不敬だと引っ立てるのは容易かったが、俺はこの娘を面白いと思ってしまった。
「まぁ、そんなとこ。あんたはどこのお姫さん?」
「あははっ、姫だなんて!私はド田舎の没落貴族の娘だよ。」
姫と言われたことが余程おかしいのか、娘は愉快そうに笑う。こんなに大きく口を開けて笑う女なんて初めて見た。およそ貴族の令嬢らしからぬ姿だが、ますます面白い。
きれいにまとまったお団子頭をしているくせに、前髪が一房だけ垂れているのも不思議……というか変だった。
「私の叔父がこの城の警備に関わっていてね。それで今日のパーティーに無理やり連れてこられたんだ。叔父は私が王子様に挨拶だけでもできたら…って目論んでるみたいなんだけど、招待状もない私に居場所なんて当然ないからね。で、ここで優雅にランチをしていたってわけさ。」
そう言って娘はサンドイッチを頬張った。王子として教育を受けていた俺には、娘の言動が些か品がないように見えた。俺と話しながらメシ食ってる奴とか両親以外で初めて見たし。だが、屈託のない笑顔は悪くない。
「良かったら君もどうだい?こんな時間にパーティーに不参加ってことは、まともに食事をしていないんだろう?」
「おいしいよ」と娘がランチボックスを指差すと、黒髪の女児が明るい茶髪の女児の隣りへサッと移動した。三人は詰めて、ベンチに俺の座るスペースを作ってくれたのだった。
本来なら見知らぬ人間の横になど座ったりはしないが、今日はもう構わないだろうという気になってしまった。不思議な魅力のある娘の隣りに、俺は腰を下ろした。
「さ、どうぞ。」
差し出された三角形のサンドイッチに、俺は遠慮なくかぶりついた。毒が入っているかも、などとは少しも疑わなかった。
「…っ、うまい!」
白くてフワフワのパンからは小麦の優しい香りがして、柔らかくて塩気ほどよいのハムと、シャキシャキの新鮮な野菜はとても食感が良かった。何よりも、それらに合わさるチーズがコクがあるのにクセがなくて絶品であった。
俺はバクバクと、あっと言う間にサンドイッチを平らげてしまった。こんなに下品なことは、厳しいメイド長や民衆の前では決して許されない行動だ。
「ふふ、おいしいだろう?うちの領地は酪農が盛んでね。乳製品は格別なんだ。」
娘はそう言って、俺にお代わりのサンドイッチとお茶を寄越した。
「いい食べっぷりだねぇ。君はやんごとない身分の若様と見受けられるけど、そんなふうに食事をしたりするんだね。」
同じように食べこぼしている女児二人の頬を順番に拭いてやってから、娘は「すごくいいと思うよ」と真っ直ぐに俺の目を見て言った。
「こうやって食ったのなんて初めてだよ。」
俺は口元を拭いながら言う。紅茶が熱かったらもっと良かったと思ったが、口には出さなかった。
「そうなんだ?でも、お堅いテーブルマナーに縛られて食べるより、好きなように食べるのが一番おいしいとは思わないかい?」
俺が頷くと、娘は元々細い目を更に細めて笑った。
自分の母親や周りの大人達、そしてそいつらが連れてくる令嬢に比べたら、目の前の娘には華やかさがない。けれども、彼女は美しい人だと俺は思った。最初は変わっていると思った前髪も、色っぽいなと感じる。
「そっちのチビ…じゃなかった、お嬢さん達はお前の妹?」
娘にくっついて甘えている女児達が気になり、単刀直入に聞いてみる。
「いや、違うよ。立場的に言うなら……そうだな、うちのメイド見習いって感じかな。だけど、私にとっては大切な家族だよ。」
娘は「このサンドイッチも、二人に手伝ってもらいながら作ったんだ」と話してくれた。
「ふーん、すごいじゃん。」
そう言って女児の方を覗き込むと、二人とも恥ずかしそうにもじもじしていた。
黒髪の方がミミコ、茶髪の方がナナコという名前で、双子なのだそうだ。
そのミミコとナナコが、ランチボックスに残っていた最後の一個のサンドイッチを俺にくれた。それの具は、たっぷりのクリームチーズとフレッシュなオレンジだった。さっきまで食べていたものとは全く違う味わいで、ケーキとまではいかないが、スイーツのようでうまかった。
彼女達のデザートを取ってしまったように感じた俺は、くすねてきた焼き菓子を二人に渡した。俺にしてみれば珍しくもないものだが、赤や黄色のドライフルーツが乗ったクッキーを、幼いミミコ達は瞳を輝かせて喜んだ。
「おいしい!」
「…うん、おいしい。」
「これ、おじょうさまも!」
「たべて?」
クッキーの残りをニコニコしながら差し出す女児達に、娘は柔らかく微笑んで「ありがとう」と言った。そして俺にも同じように礼を言う。俺は気分が良くなった。
「もっとうまいお菓子、いっぱいあるからさ。持って来てやるよ!ちょっと待ってろ!」
パーティー会場に山のように並ぶ甘味を取りに、俺は走り出した。
メイド長お手製のバターケーキや素朴なドーナツは絶品だし、父親お抱えのシェフが見た目にも美しいスイーツをたくさん作ってくれた。確かここの薔薇で作ったジャムを使った、甘塩っぱいジャムサンドクラッカーなんかもあったはず。
「王子!一体どこにいらしたのですか!!」
「すぐにお戻り下さい!!」
しかし、使用人達に見付かってしまい、主役が座する豪奢な椅子へと連れ戻されてしまったのだった。それからは見張りのイジチが真横に付き、プレゼントを持った来訪客が代わる代わる俺の元へやってきて抜け出すどころではなかった。おべっかも贈り物もいらねー。一秒でも早く中庭に戻りたかった。
結局俺が解放されたのは、祝宴がお開きになった夕刻のことだった。
慌ててフラワー・ガーデンに向かったが、薄暗くなったそこに娘達の姿はなかった。
清潔なナプキンに包まれたバターケーキが、俺の手の中でぐしゃっと潰れた。
「名前くらい、聞いておけば良かった……。」
彼女の笑顔を思い出すと、胸が甘く痛んだ。
俺はイジチや家来達に言って、あの娘を探させた。「王子様の花嫁候補か!?」と城内、城下町はざわついたが、いかんせん情報が少な過ぎて、捜索は難航したのだった。
黒髪の、十五歳くらいの少女。
双子のメイド見習いがいて、本人が言うには田舎の貴族。
その領地では、酪農が盛ん。
そして彼女の叔父は、この城の警備に携わる者だという。
ついでに言うなら前髪が変だった。
その話を聞いた近衛隊の幹部が、ある日姪っ子を引き連れて俺のところへやってきた。その姪っ子という娘、結構前に偶然見かけたときには金髪頭だったはずだが、髪色が黒に変わっていた。
「いや分かるわ。全然ちげーわ。」
そんな連中が何組も来て、俺はいい加減うんざりしていた。馬鹿にしてんのか。
でも全員『前髪が変』のベクトルが違っていて、それだけは面白かった。
俺の誕生パーティーから半年近く経った頃、あのときの娘が見付かったという知らせがようやく入った。
あの黒髪の娘の名前はスグル。
実際の彼女の生家は没落貴族というほどでもなかったが、俺からしたら、まぁ……随分と下の身分の家であった。
今すぐ会いに行きたかったが、スグルがいるのは遠い北の大地。元々身軽ではない立場の俺が、ホイホイ行ける場所ではなかった。
仕方がないので、まずは手紙を書くことにした。簡単な自己紹介と誕生会のときのサンドイッチの礼、そしてパーティー会場から戻れなかった非礼を詫びた。そして、最後にまた会いたいと綴る。
手紙と一緒にプレゼントとして、特別に仕立てさせたペールイエローのドレスとサファイアのネックレスを贈った。『これを身につけて、今度は堂々と俺に会いに来て欲しい』という意味だった。
だが、その返事は実につれないものであった。「こんな不相応なものは頂けません」と書かれた手紙と共に、ドレスとネックレスが返送されてきたのだ。
「王太子殿下を袖にするか普通!!?」
思っていたことが声に出ていたらしく、近くに控えていたイジチが驚いて体を震わせた。
「…ははっ、ますますおもしれー女だな!」
怒鳴った直後に笑い出した俺に、哀れなイジチはおろおろし始めたのだった。
それから俺は、スグルに手紙と贈り物を何度も送った。高価な贈り物はその都度返されたが、スグルより先にその両親が絆されて、丁寧な手紙が届くようになった。
それによると、「王子様からの好意は光栄だがあまりに身分が違い過ぎる」とのことで俺の想いを拒んでいるらしい。
「身分なんて関係ない」と強い文章で手紙に書いたが、スグルの返事は「王子様にはもっと相応しい方がいらっしゃいます」だった。
第一王子の花嫁の座など、誰だって欲しいに決まっているはずなのになんていう奴だろうか。
誰か心に決めた人がいるのかと思って調べさせたが、そういうことでもないらしい。
スグルはある意味では大層な無礼者だが、俺はそこがいいと感じている。
俺はおもしれー女を諦められずに、手紙・プレゼント攻撃を続けた。
「俺と懇ろにならなきゃお前の家を取り潰す。大事な双子のメイド見習いが路頭に迷ってもいいのか」と脅すのは簡単だったが、それは違うと分かっていた。
一度だけ仕事にかこつけてスグルの屋敷に行ったが、やたらに強い門番に文字通り門前払いにされてしまった。あの屈強な兵士、確かミゲルとかいう名前だったか。うちにスカウトしたいくらいだった。
プレゼントを贈っては理由を付けて返される、というのを三年ほど続け、俺は十八歳になった。
そろそろ正式に結婚相手を…と周りには散々言われるが、俺はスグル一筋だった。つまんねー女が百人束になったって、スグルには敵わない。
あるときふと思い立って、シェフに頼んでドライフルーツの乗ったクッキーを焼いてもらった。それはスグル達と初めて出会ったときに渡した、思い出の焼き菓子だ。
そのクッキーをプレゼントしたところ、それだけは返送されてこなかった。そればかりか、後日「クッキーありがとう。すごくおいしかった」とあのときのような砕けた文面の手紙が届いたのだった。
「きっとミミコとナナコと食べたんだ!」
それを想像したら嬉しくなって、俺は親父やイジチの制止を振り切ってスグルの元へと飛んで行った。
到着は夜遅くになってしまったが、恋に燃える俺にはそんなことどうだって良かった。門番のミゲルと外でやり合っているうちに、騒ぎを聞きつけてスグルの母親が現れた。
「あらっ、まぁまぁ!王太子殿下!」
俺の姿を見るなり彼女はひどく驚き、すぐに屋敷の中へと入れてくれた。思わぬ幸運であった。
俺はお茶を出してくれたソノダという使用人を手招きすると、あることを耳打ちした。大袈裟に頷いたそいつに、誰にも見られないようたんまりとチップを手渡した。
ソノダに案内されて、俺は明かりが最小限に落とされた屋敷の中を進んで行く。
「こちらです。」
辿り着いた部屋は、二階の一番奥。スグルの寝室であった。
俺はもう、既成事実を作るしかないと思ったのだ。
まぁ、要するに。寝込みを襲います。
俺がそぅっと部屋に入ると、内側から開かないように廊下側からソノダが扉に細工をした。
奴は優秀な使用人だ。だって、俺の妃になることがスグルの幸せだときちんと理解しているのだから。
俺はゆっくりとスグルが眠る寝台へと忍び寄る。