2025ー04ー13
休戦協定を破ったのはハイランド側だ。厳重に抗議したが、先に休戦協定を破ったのはこちらだとはっきり返事が来た。天山の峠で訓練中だったハイランドの少年兵の部隊を、ミューズの傭兵が襲って皆殺しにした。この軍事行動はその報復である。ルカ・ブライトの署名が入った正式な文書で言い切られれば、こちらとしても確認作業に入らざるを得ない。
もちろん、アナベルが傭兵隊長を直々に呼び出して確認したし、彼らもまた有り得ないと言い切った。天山の峠はキャロの街よりさらにハルモニア側に位置するジョウストンから縁の遠い場所だ。そんな場所の、ましてや少年兵を襲う理由がどこにあるというのか。
これが正規軍にかけられた疑惑であるなら、それで済んだだろう。だが、よく言えば市長鳴り物入りの、悪く言えばアナベルが個人的にねじ込んだ傭兵部隊を無条件で信じる人間は正規軍には少なかった。
していない、はずだ。と煮え切らない議論を交わす内に、トトとリューベ、そして傭兵部隊そのものまで壊滅したと報を受けた。援軍を請われてからわずかに二日。にわかにミューズ市軍に緊張が走った。
国境の向こうに軍が見える。いつの間にかここが最前線だ。
情報などいくらあってもいい。ハイランド国内の物流の状況も調べさせてはいるが、いかんせん事態はもう進みすぎている。息のかかった商人がハイランド国内に入ることも難しく、得た情報をこちらに流すための道も細い。
傭兵隊を壊滅させたハイランドは一度国内まで撤退し、兵力を整えているようだった。電撃的にミューズ東部を壊滅させた奴らが、次にどう動くのか、まるきり情報が足りなかった。
ハウザーからの報告も芳しくはない。そんな折、ハイランドの軍服が手に入るという伝手を得た。これならばハイランド軍そのものに忍び込むことも不可能ではないだろう。
ジェスの手元に人材はいないが、そこはハウザーと相談すればいい。とにもかくにも、今は判断のための情報が必要だった。ハイランドはどこまで本気なのか。妥協ラインはどこなのか。
ユニコーン部隊とやらの報復なら、ここで手打ちにする目もあるのではないか。
戦争はごめんだ。アナベルがようやく成した休戦を出来るだけ長引かせ、平和を維持しなければならない。
ミューズの人々はまだアナベルを信じている。国境で何か起こった。だけれど、いつの間にやら解決していた。それが理想だ。まだだ。まだ事態は引き返せる段階のはずだ。
山と積みあがる書類の中に、食料や武器の貯蔵、それらの流通の滞り、リューベとトトの生き残りの援助、その他もろもろの見たくもない文言が増えていく。それでも処理をせねばなるまい。
アナベルが何かを考え込んでいる。ジェスは彼女が決めたことを実行する道具でありたかった。ミューズの平和を、アナベルは目指した。ならばそれを維持するのがジェスがなさなければならない事だ。