2025-04-14
セキアに父を斬らせてしまった。
書きつける手を止め、マッシュは考える。アップルももう下がらせ、城中が静まり返った真夜中。遠くから、止まらぬ水の音がする。
解放軍はテオ・マクドール率いる鉄甲騎馬隊を打ち破った。かつての指導者であるオデッサが用意していた火炎槍でもって、帝国最強をついに壊滅せしめたという事実は、民衆にとってさぞや耳に心地よいものだろう。
その中で果たして父殺しが許容されるのか、マッシュにははなはだ疑問であった。
エルフ達を虐殺したクワンダを許した。
家族をその手にかけたミルイヒを引き入れた。
慈悲深いリーダー、セキア・マクドール。その彼がどうして父とだけは対立し、その手を汚したのか。
ちらちらとランプの明かりが揺れる中、マッシュはぼんやりと頬杖をつく。
斬らせたくはなかった。
斬ればテオは息子と敵対しようともバルバロッサへの義を最後まで貫いた忠臣だ。テオの価値も、バルバロッサの値打ちも上がる。
出来るならば、ほかの将軍たちと同じようにテオも解放軍に引き入れたかった。かの百戦百勝テオ・マクドールでさえ、バルバロッサを見捨てたとなれば、残った帝国軍の士気はさぞかし下がっただろう。解放軍は鉄甲騎馬隊を手に入れ、その力をさらに盤石なものにできる。
戦が終わった後もテオならばセキアを力強く支えてくれた事であろう。バルバロッサの孤独を、セキアが抱えることはなかったはずだ。
テオが最後まで抗うとしても、セキアが直接その手を下す必要はなかった。ビクトールに殺せと命じた自分の声と、それを止めるセキアの目。あまりにもまっすぐにテオを見据えるその目に、ビクトールさえも気圧されたように見えた。
「……子供に、なんてことを、ね」
暗い部屋に、マッシュの後悔が空虚に響く。
まだ二十歳にもならぬ子供に重責を背負わせたのは自分だ。テオ・マクドールとの戦いに際して、躊躇を見せたセキアを𠮟責したのもマッシュ自身。解放運動を先へ先へと進め、その先にあるものをつかみ取るのが自分の責務。セキアにもその覚悟を求めていた。
いや、とマッシュは頬杖をついたまま頬に爪を立てた。
父さえも殺したセキア・マクドール。その名前が、立場が、マッシュの思い描く解放運動の妨げになる。その事実だけをもって、セキアの選択を間違った事、と断じようとはしていないか。
セキアの選択だ。彼自身が、選んだ。
ため息をついた。グレミオの死に、セキアが深く傷ついていることなど分かっている。敬愛する父との戦いを厭うなど当然だ。
人間ならば泣けばよい。抱き寄せて、涙が枯れるまで背を撫でてくれる人がいれば、きっといつかは傷も癒えるだろう。
だがマッシュにその役目は負えない。
ならばセキアは、涙も流せないまま父の死を一人抱え込む事になる。分かっていたことだとしてもそれはあまりにも哀れに過ぎる。リーダーだとして、そんな事が許されて良いはずもない。
殺させたくはなかった。少なくとも、あの子供の掌に父の血が直接ついて良いはずもない。
あの時のセキアが、どうして父親の前に立てたのか。マッシュにはどうしても分からない。
殺すべきではなかったと今でも言い切れる。
肺の中の空気を全部入れ替えるように、深く深く息をついた。テオ・マクドールは死んだ。セキアの手によって、セキアの自身の決断で生命を断ち切られた。それが事実だ。
事態はその事実の上に続いていく。
セキアはちゃんと眠れているだろうか。誰か、誰でもいい。自身の選択をきっと後悔し、その後悔さえも許せずにいるだろう子供の頭を誰か優しく撫でてやってほしいと、マッシュはただ祈るだけだ。