2025-04-17
いろんな人たちが行き交っている。夜には城門が閉まってしまうから、夕日の落ちるこの時間帯は一番人が多い。すっかり聞きなれてしまった都市同盟の言葉で話す人たちが今日の宿を求めたり、門番さんに声をかけたり、露店の客引きをあしらったりしている。
私はと言えば、待っている。城門の隅っこ、誰にも邪魔にならないところにしゃがみ込み、膝を抱えて待っている。
ミューズと違って、ノースウィンドウは近くに森があって、そこを切り開くように道ができているから見通しはあんまり良くはない。でもだからこそ、あの森の、あの木の陰からジョウイがひょっこりと顔を出してくれるんじゃないかと期待してしまう日がある。
ルードの森からタイラギが帰ってきたように、ミューズの夕日の中からジョウイが現れたように、今日のこの日、なんにもなかったかのようにジョウイが帰ってきてくれるじゃないかと期待してしまう日がある。
背中を預けた石垣はすっかり冷えていた。そこにつけた背中が冷たい。下草は夜の湿気をすいとりはじめ、濡れはしないが水気を含む。人々は足早に今日の宿へと歩を進め、彼らをあてにした露店のおじさんたちが最後のひと稼ぎと声を上げる。
にぎやかだ。
私だけここに浮いているみたい。
どうしてこんなところにいるんだろう。どうしてジョウイはここにいないんだろう。どうして私は、私たちは争いあっているんだろう。
瞼が半分ぐらい落ちているのが分かる。おなかが空いたな。寒いな。でもジョウイが帰ってくるのは今日かもしれないから、ここから離れる気にはまだなれない。
だってあの日も帰ってきたもの。ジョウイがいなくなるなんて、おかしいもの。
「ナナミ」
半分ぐらい眠ってしまっていた。名前を呼ばれて顔を上げれば、何か包みを抱えたタイラギが立っていた。
「あのね、まだね」
「まだ待つんでしょ。いいよ」
ここは寒くて冷たいから、タイラギが風邪をひいたら大変だ。ただでさえ一生懸命なのに、風邪まで引いたら嫌だもの。だからタイラギは一緒にまっちゃいけないの。
なんども繰り返して、タイラギはやっと飲み込んでくれた。でも、最初から待たない、と言われると心がきゅっと縮こまる。
ジョウイが帰ってこないこと、タイラギが受け入れてるみたいでちょっとヤダ。なんて我がままなんだろ。
うう、と喉の奥でうなる私に、タイラギは紙袋を押し付けてきた。香ばしい匂い。油紙に包まれてなお火傷しそうに熱い。中にはすぐそばで売られている餡餅が数枚入っていた。
「これも」
お茶も差し出され、慌てて受け取る。冷え切った指先に、両方とも痛いぐらい暖かかった。
「あ、ありがと」
タイラギは私がこうして待つのを嫌がっている。なんとなくそれは分かっていた。一緒に祭っていってくれるのは、私が寂しくないようにって思ってくれているだけ。タイラギはジョウイに怒ってる。ジョウイがあんなことをしたのに、自分に相談がなかったって怒ってる。
帰ってこなくていいなんて思ってるわけじゃない。でも、許せないんだと思う。
分かるような、分からないような気持ちだ。
ひゅお、と風が吹いた。首から冷気が入ってきて、体全体がまた冷える。でも掌だけは暖かい。
「せめてちゃんと食べてよ。風邪もひかないで」
「ひかないよ……お姉ちゃんは大丈夫だもん」
心配をかけている。お姉ちゃん失格かもしれない。でも、でも。
せめてあの夕日が落ちきるまで、街の明かりが灯り切るまで、ジョウイが帰って来たとして最初に迎えられるところにいさせてほしかった。
立ち上がるつもりはない。タイラギもそれは分かっているようだった。
「僕もご飯食べてくる。ナナミも冷めないうちに食べてよね」
「うん」
ごそごそと紙袋から一つ取り出して、かじりつく。ひき肉の油と塩気と菜っ葉の歯ごたえ。おなかに暖かいものが溜まっていく。不安な気持ちが少しだけ消える。
「じゃあ僕、レストランに行くから」
「うん。気を付けてね」
「ナナミもね」
私が少しでも食べるのをみて安心したのか、タイラギは踵を返した。餅餡の露店のそばにいたフリックさんとビクトールさんと連れ立って城の方へ戻っていく。
タイラギが私でも、ジョウイでもない人と一緒にいる。まるで見知らぬ人のよう。そんな、有り得ない想像を打ち消すように、私はもう一口餅餡にかじりついた。