2025-05-03
シュウさん、戦争したくないみたい。なんだか冷たそうな人だったけど、その感覚は分かるんだよね。アップルちゃんも、なんで人に戦争をしようって言えるのかはよくわかんない。
開いた窓から夜風が吹きこんできて、髪の毛をさわさわと鳴らした。部屋はしんと静かで、戦争が近づいているなんて信じられない。ビクトールさんの砦でも、ミューズでもそう思ったけど、それは結局錯覚に過ぎなかった。世の中って、私が想像しているよりもずっと大きく動いているみたい。
眠れなくて、ベッドに腰を掛けて月を見る。キャロにいたころと今と、月と夜空はそんなに変わんない。
膝を抱え込んで、ため息をつく。
シュウさん。戦争したくないのか。
私もおんなじ。アイリさんはなんだか逃げることが悪いように言うし、ビクトールさんたちはまだ戦うつもりだけど、戦争なんてしてほしくない。戦争があるからジョウイとタイラギはユニコーン部隊に入ったし、ユニコーン部隊にいたからなんだか変なことに巻き込まれて、挙句の果てに。
真っ赤な小刀を持ったジョウイ。アナベルさんを、アナベルさんを。ううん、そんなハズない。あれは何かの見間違い。
本当なのは、ジョウイがここにいないって事。探しに行かなきゃ。それで、一緒に逃げないと。
逃げちゃダメなのかな。シュウさんは戦争をしたくない。だったらそれでいいじゃない。アップルちゃんがいい手を思いつかないんなら、それでもう良いじゃない。
私はそう思う。それで、みんなで逃げようよ。何とかしてキャロに帰って、ううん、キャロじゃなくても良い。どこかに静かに暮らせる場所があるに違いないんだ。
アップルちゃんにとって、土足の床に土下座するぐらい、シュウさんを仲間にして戦い続けることは大事なんだ。
「どうして?」
ビクトールさんたちはそれがお仕事だもの。まだ、分からなくもない。でも、どうして。
「ナナミ、まだ起きてるの」
ふと寝息が途絶えた。かすれた声が目の前のベッドから響く。半分ぐらい閉じた目をこすりながら、タイラギが体を起こした。
「ねむれないの?」
心配をかけたくなくて、私は小声で言う。
「ううん、お姉ちゃんは全然大丈夫だよ」
「シュウさんのこと?」
私のいう事なんて一つも聞かず、タイラギはベッドの上に座り込んだ。満月一歩手前の月明かりはとっても明るく、まるで昼間みたいに弟の顔がよく見えた。
「シュウさん、嫌がってたから」
真正面から私を見つめるタイラギの顔。凪いだ水みたいだな、といつも思う。私自身が何を考えているか、タイラギ自身が見極めたいかのようにこちらを見つめる、大きな茶色い目だ。
「それでいいじゃない、って思っちゃって」
「うん」
「シュウさんを仲間にできませんでしたってノースウィンドウまで帰って、みんなで一緒に逃げちゃ、ダメなの?」
ダメだよ、とは思う。ジョウイがいない。でも、ここで戦えばジョウイが戻ってくるなんて思えない。
「あ、もしかして、戦って勝ったら、ジョウイが私たちを頼ってきてくれるかな。だってジョウイ、ジョウストンのおっさんたちのこと、全然信じてなくて」
ジョウイとタイラギを危ない目に合わせたジェスさんの事、好きじゃない。大変な時だ、って私でも分かるのに仲良くできないジョウストンのおっさんたちも嫌い。おっさんたちが信用できれば、ジョウイはきっと今だってここにいた。
「だったらいいね。そうだね、シュウさんに力を貸してもらわないとね」
「ナナミ」
うんうん、と頷いた私を、いつの間にか立ち上がったタイラギが抱き寄せてくれた。背中に手を回せば、すこしやせた感じがする。
これだけ近ければ、タイラギが何を考えているかなんとなくわかる。
私の名前を呼ぶ声に、少しだけ憐れむ色が混じっていた事。
ジョウイが帰ってくるなんて、タイラギは一つも思ってはいないこと。
タイラギはもう逃げるつもりなんてない事。
胸がぎゅっと締め付けられる。それでもタイラギが暖かくて、私にはこの子しかいなくて、抱き返す力を緩めることなんて出来ないんだ。
「ナナミだけでも、逃げちゃっていいんだよ」
戦う覚悟を決めたタイラギがそんな悲しい事を言うから、ぎゅっと強く抱き返す。まるで縋りついているみたい。お姉ちゃんなのに、情けないよ本当。