2025-06-05
俺のほうが朝っぱらから用事があるということがなければ、大概フリックのほうが早くに起きている。まあ起きていると言っても目を開けて体を起こしていると言うだけでその動きは日中に比べて緩慢だ。
伸びをして目をこすって、あくびを噛み殺しながら布団から抜け出たフリックの後を追うように体を起こせば、夜のまんまの卓の上からグラスを持ち上げた格好で振り返った。
「おはよう」
「おはよ」
呑気に朝の挨拶をすると、おれももそもそとベッドから降りた。木の板に薄い敷物を敷いただけの床は布団で暖まった足には随分と冷たい。卓の上のグラスを片づけて、眠たげに前髪をかきあげたフリックに近づき、わずかに身をかがめて顔を近づける。
まるで子供みたいに、頬に唇を押し付けた。今更、そうだ。今更フリックも驚いたりしない。じゃれつく馬と同じように、頭に手を回して撫でてくれる。嬉しいような、慣れてくれた事がくすぐったいような、ほんの少しだけ舐められているような、不思議な気分でただ笑った。
「今日の予定は?」
「別に変わったことはねえな」
戦況はすこしだけ落ち着いている。タイラギはマチルダに行っているから彼の護衛任務もなく、少しずつ増えてきた人手をうまく振り分けて組織を有機的に動かさなくてはいけない時期だ。
お前は、と問えば、至極真剣な顔をした。
「馬がな、足りないんだよ」
軍馬は育てるにも手に入れるにも世話をするにも金がかかる。手に入れる算段をつけるだけでも大変なのに、これからこの軍には騎馬の勇猛さをもって知られるマチルダ騎士団が加入するかも知れないというのだから、金がないと言っても居られない。
今のところ、騎馬を一手に引き受けているフリックはすっかり目の覚めた顔をして、俺の頭をなでながら何か考え込んでいる。値切るにしたって限度はあるし、馬商人の機嫌を損ねても面白くない。
まったく戦争は金も手間もかかってつまらないばかりだ。目元にキスをしてみれば、くすぐったげに振り払われた。
「なんか手伝おうか」
「強面がいるときになったら頼む」
そんなのお安いご用ってやつだ。
シュウにしろこいつにしろ、細見で顔面に分かりやすい迫力がねえから舐められる事が時々ある。馬商人がそういう連中とは限らないが、俺みたいなあからさまに堅気でない人間が必要な時もあろうというものだ。
あとは、と続けられた今日の予定を確認し、とりあえずは特に大きな動きは無さそうだった。タイラギがマチルダから帰る前に、次を整えておかねばならない。
もう一度だけ頬に唇を寄せて、準備をしようと細い体を離した。いつもならそのまま解かれてしまうフリックの腕が、なにかを迷うように俺の髪をひと撫でする。まだ何か確認事項があっただろうか。と改めて顔を見ても、フリックはなんだか難しそうな顔で俺の事なんて見ていない。
つまりは無意識という事だ。顔も緩もうというもの。