2025-04-10
「あまり人の友人を射殺せそうな目で見ないで頂けますか」
言葉は物騒だが、元赤騎士団長の目は穏やかに微笑んでいる。朝早くの訓練場の入口で、ぼんやりと佇んでいただけのつもりのフリックとしては、その言いぐさは不本意だ。仲間になったばかりの元マチルダ騎士団と険悪になってもつまらない。
「そんなつもりはなかったんだがな。統率がとれてるな、って」
主である白騎士団長に反旗を翻したマイクロトフに付き合うような連中だ。その戦意は旺盛だし、規律もしっかりしている。城の住民たちからの評判も上々だ。今までいた兵士たちがトゥーリバーやグリンヒルに出自を持つ市民兵が多かった事もあり、新同盟軍に初めて加入した正規の軍隊として、彼らは注目を集めている。
軍事を知っている人間が入るのはありがたい。実務に追われている身としては有用な人材など、喉から手が出るほど欲しい。
「マイクロトフ自慢の部下たちですからね」
青騎士団長の離反にそのままついてきた、という事か。マイクロトフはきびきびと部下に指示を飛ばし、部下もそれにぴったりとついてくる。手足のように動くとは、こういう事を言うのだろう。
ゴルドーが恐れるのも無理はない。自らよりも兵に人気のある清廉な部下など、百害あって一利なしというものだ。
壁に寄りかかり、腕を組む。
マチルダが味方になるのはありがたい。ジョウストンを取り戻すのに、戦力はいくらあっても良いだろう。だが、ハイランドを追い返し、また同盟国家を作るのだろうか。
その時、ゴルドーの代わりとしてあの男がマチルダのトップに収まるのだろうか。
自分が考えるべき事ではないとは分かっている。だが、まるで波にさらわれるように瓦解したジョウストンを見ていると、国家を安定させ続ける事の難しさを思い知る。戦時に必要な人材が、平時に必要とは限らない。逆もしかりだ。
オデッサならもう少し、建設的な事を思いついてくれるだろうに、フリックの頭ではマイクロトフの危険性と遠ざけることは不可能であるという二律背反な事実にぶち当たるだけで、その対処法までは分からないのだ。
カミューはフリックと同じように壁に寄りかかる。肩がふれあいそうなほどの近さだ。
「二人がこちらについてくれて、助かるとは本当に思ってるんだぜ」
こちらに付いた理由は聞いている。疑っているわけでもない。
「フリック殿の懸念は理解しますよ。ゴルドーでなくても、一声で軍の半分を持っていく男をどうして恐れずにいられますか」
それはこの瀟洒な男もおなじ事だ。新同盟軍はもろい。ゲンカクの名声と最初にハイランドの横っ面を張り倒したという事実だけを持って、皆の力を集めているだけの存在だ。
誰かの力が突出してはいけない。力をまとめあげ、全てをタイラギの力としなければこの戦争は勝てないのだ。
マイクロトフやカミューに敵意があるわけではない。だが、潜在的な懸念を彼らの個人の素質をもって無視するわけにはいかないのだ。
一つため息をつく。眉根にしわが寄っているのを指先でほぐしながら、フリックはうめいた。
「俺が考えるべきことじゃないんだよな」
慣れぬことを考える羽目になった原因が、華やかに頬を緩めた。
「少し親交を深めるのはいかがですか」
杯を傾ける俗っぽい仕草が、妙に似合う元赤騎士団長の言葉に、フリックもまた笑みを返すしかない。個人を知って裏切りなど起こらぬと思っても、人の心など何も分からない。
「カミューもマイクロトフも強そうだな」
「私など、ね」
起こってもいないことを考えても仕方ない。自分は目の前の事を片づけるだけ。もし万が一彼らが裏切ったとしたら、斬れる自分をフリックは知っている。