十二月は花より「ねえ、おめでとうって言われてなくない?」
洗濯が終了したブザーの音と同時に、まあまあのボリュームのクレームがやってくる。急に目の前に現れた顔に、ああ今日も目の中に星が散っている、などと血迷ったことを思っている。師走とは術師も例外とはしてくれない。今日はずいぶん久しぶりの休日で、どうにも五条の手が入っているのではと思わせる日付だった。
「そう……ですかね……?」
記憶を辿りながら、洗い上がったばかりの洗濯物をカゴに盛って、ベランダへ移動する。その間も後ろから五条はなにやら言いながら付いて来る。
「去年はさあ〜こんな日に私の側にいて良いのかとか誕生日の人にひとりでごはん作らせるのは気が引けるとか言いながら結局、」
捲し立てる五条の言葉が不自然に途切れた。
「結局?」
振り返ると赤い顔をして固まっている人がいる。かわいいなと思うのを、もう口に出していいのだとはわかっているけれど、長年の習い性で一度は飲み込んでしまう。
「……思い出しましたか」
シーツを取り上げて広げる。快晴だった。乾いた空気が心地よくて目を細める。反対側に回って、洗濯物を広げるのを手伝ってくれるのが、顔を隠すためだとわかってしまう。
去年の誕生日を祝うことばは、確かに言ったのだ。日付が変わる頃、ベッドの中で。
「意地が悪くなったなあ」
「強かになったと受け取ります」
少し笑って見せると、白い孔雀を思わせるまつ毛が数度瞬いて、宝石の目が楕円に緩む。五条の機嫌が上向いたのがわかる。これは多分本心で、そういうものを見せてくれるようになったことが、うれしくて、同時に少し苦しい。
「さて五条さん、」
五条を見る。冬の柔らかい日差しに、白髪が眩しく反射して輪郭が滲む。背負う青空と同じ色の目が影になっているのにきらきらと光って、今この瞬間はただ、自分だけを見ている。
夏にもらった指輪は、一度もどちらの指にもはまることなく、七海の部屋に仕舞われている。きっとこの先も付けることはないんだろう。目に焼きついているあの金色を思い出すと、目の前の浮世離れしたこの男が、ほんの少し地に足がついたような気がするのだ。
「これからケーキを焼こうかと思うのですけれど」
「そんなの作ったことあるの?」
「あるわけないでしょう」
偉そうに言うこと?と可笑しそうに笑う顔が、かわいいと思う。
「もうひとつプランがあって、」
サングラスも包帯もない目が、無防備にこちらを見る。ふと五条の口元がゆるく笑みの形になって、伸びるて来る指先に逆らわず近寄る。自分より少し低い気がする体温、甘い香り、その肌の感触までもう知っている。頸をすると撫でて、後ろ頭を引き寄せて一度だけ口を合わせて、そのまま耳朶に唇を付ける。今日の過ごし方の提案を吹き込むと、触れている部分の温度が上がる。ふふと笑う声がする。
「おまえ、素直になったね」
いいよとこぼれる柔らかく低い声。ああ確かに、今この瞬間、あの指輪ひとつ分、自分のものなのだ。
「かわいいですね、あなた」
知ってるよと手を引かれる。目的地は寝室のはずだ。
「お誕生日おめでとうございます」
「はは、いま言うの?ありがと」
二の腕を引かれて、また唇を合わせる。後ろ手でカーテンを引くと、日が翳ってここには二人きりだなと思った。五条がにやと笑うので、もしかしたら同じことを思っているかもしれない。日の下では健康的だった淡い色の唇が、急に艶っぽく口角を上げる。
来年も祝ってねという五条のことばは、二人の口の間で溶けていく。約束は出来ないことを知っていても、返事をしたいなと七海は思って、そうして代わりに溢れた好きという意味のことばに、五条は綺麗に笑った。