■ぜんざい / ポーポー今回も中々に厳しい戦いだと、またしても響く激しい音を背中で聞きながら五条は思う。「今日はスイーツを作ります」のひと言だけで七海の部屋に吸い寄せられている自分がなにかを言うのはもはや諦めるとして、それにしても、ストレス発散メシを自分に延々と食べさせるその理由は……?とそろそろ思わなくもない。また作ってよとは言ったけれど、今も昔もかわいい後輩をかわいがりたい気持ちも多分にあるけれど、しかし。
「五条さん」
「な〜に〜」
うんうん唸っていると背後から呼びかけられるので、思わず低い声が出る。なにかあると思ったのにその後が続かなくてあれと思う。振り返ると、相変わらず笑えるでかさのアイランドキッチンから七海がじっとこちらを見ていた。
「え?」
「いえ、」
「なによ」
はあと盛大にため息をつく。その深い眉間の皺を眺めながら、もしかしなくともお呼ばれしているのは自分だけではないのでは、と急に思い付く。思い付いたので口に出ている。
「七海がそのやばい飯食べさせてるのって僕以外あとは誰?」
「は?」
「え?」
結構なボリュームで返事があって驚く。そんなに変なことは聞いていないと思う。
「なに、え?」
膝を抱えていたソファから降りようとすると、それより早く七海が湯呑みを持って寄ってくる。
湯呑みをローテーブルに置いて、立ったまま七海はこちらを見る。なんだろう、今日は一段と様子がおかしい。
「私はあまり部屋に人を招いたりはしません」
「うん」
そうだろうなと思う。片付いた部屋、こだわって選んだ家具や食器たちは、誰かをもてなすためのものではなくて、七海自身が良い気分で過ごすためのものだと感じる。でもそれが自分にとっても落ち着くのだから、五条も意外に思った。どこかからする甘い香りとか、いつもより適当な七海の物言いとか、とんでも料理も、まあ二人で囲む段になれば楽しい。いつも味は良いんだし。
「僕はこの部屋、居心地いいなって思ってるよ」
七海は何度か瞬きをして、わかりやすく驚いた顔をしていた。無防備になると幼くなって、学生の頃に見たみたいな、かわいい顔になるの、実は気に入っているのだけれど、それは流石に思ったまま口には出ない。それくらいの分別というか、恥じらいというか、そういう、機微はある。
七海はそのまま手を伸ばしてくる。頭でも小突かれるかと思ったら、頭は通過して頬に指先が微かに触れた。瞬間静電気でも走ったように背筋がびりと痺れる。肩が揺れたのに二人とも驚いて距離を取る。何を、と口にしようとして、出来ない。七海が口元を抑えて目を逸らした。
「ななみ?」
「少し待っていてください」
キッチンへとって返すと七海はなにやら皿を持ってきた。えっこの空気で今からまた狂気の食卓始まるの?という五条のこころの声は勿論届かない。
前よりいくらか丁寧に置かれた皿は、シンプルで使いやすそうだなと思った。北欧のあれか、もしくは使い勝手でIKEAとかもあり得る。しかしこの鮮やかな青は少し違う気もした。もっと南の……いや読めないな七海建人などと思いながら眺めていると、「なにしてるんですか」と呆れ声がする。
「いや、皿が……」
「皿?そんなものは良いのでさっさと食べてください」
さっきまでの情緒はどこへやら、フォークを握らされる。強引だ。皿の中心にはクレープ的見た目の茶色い物体。
さっきみたいな空気が続いても、なんというか窒息してしまいそうだし、どうしてか心臓もちょっと速くなったりして少しだけびっくりするから、まあこれで良いかと思う。そういうの、似合わないよ、自分にも七海にも。
「これ、甘いの?」
「ええ、今日はスイーツなので」
そうと決まれば実食だ。手にしたフォークは意外にも茶色の物体の弾力を伝えて、もしかして本当にクレープかと思う。まあそんなストレートな料理はこの家ではもはやお目にかかれないと決まっているので、似た料理を頭の中で検索する。
「南かあ」
皿の話を思い出して、もしかしてと思う。食べたことはないけど、そういう料理あったよな。ひと口で含んで、噛むともちもちしていた。甘い、甘いけどこの砂糖はやっぱ独特だからわかっちゃうよね。
「沖縄のやつだ」
「正解です、ちなみにその皿も沖縄の陶器です」
「やちむん」
「なんでもご存知で」
ふと息を吐いて、七海が微かに笑う。あっご機嫌だと喜んだのはここまでだ。
「ではこちらも」
そう、忘れていた訳じゃあないけれど、騒音の元をまだ目にしていなかったのだ。
ドンと置かれたガラスの器は今度こそ見覚えのある北欧のあれだったが、しかしてその中身は見たこともない山のような、かき氷だった。しかもなんか、下の方から溶けている。なんだこれ、茶色い。誰かの領域展開ってこんな感じだった気もするなあと思考が逃げる。多分これ、本場ではこんな盛り方しないんじゃないかな、なんかおどろおどろしいし、なにより量がおかしい。この量の氷削ってたの?なにで?
「もう溶けかけてるんで、速く」
「かき氷だよな?」
「沖縄のぜんざいです」
なんか部屋中甘い匂いしたのはこれか!添えられていたスプーンで下の方を覗くとごろっとした豆が見える。小豆じゃなくて金時豆なんだな、などと感心していると、いつの間にか向かいに座った七海から鋭い視線がやって来る。はいはい食べますよと、溶け始めた氷をさくさくしながら口に入れる。甘くておいしいそれで、今日の妙な空気は飲み込んでしまおう。それがお互いのためなはず、多分、きっと。