パンケーキお題「朝ごはん」
ウルヴァリンにとって食事というものは生きる為に必要最低限に行うものでしかなかった。酒浸りの荒れた生活の中で、ウルヴァリンは食事を次第におざなりにするようになった。
――食べても味がしないのだ。
別に元いたアースの飯が不味かった訳では無い。
酒を飲む為にバーを転々とするようなその日暮らしの男は次第に周囲から煙たがられるようになった。中には明らかに怯えた目を向けてくる者もいる。そうなると何を口に入れても砂を喰ってるような気分になる。
”ワーストローガン”に相応しい、無様で酷い有様の自分自身を自罰的にアルコールで更に追い詰めていた。
皮肉な事に、ヒーリングファクターは肝臓にも働いているらしい。どんなに酔っていても何を飲んでも中毒で倒れる事はなかった。
……それが今はどうだ。
甘いバターと蜂蜜の匂いに空腹で目が覚める。
深酒で眠る事がなかったのは随分久し振りに感じた。
キッチンへ向かうと、台所で変な鼻歌を歌いながらパンケーキを焼いている後ろ姿があった。
随分無防備な男だ、と感じた。行く宛てなんてないでしょ、と軽く同居を提案してきた男、デッドプール。
俺を無理矢理この世界に連れて来たろくでもないヒーロー。
少なくとも最初はそういう印象だった。
自分と似て死ぬ事すら出来ない癖に傭兵の仕事をして口の軽さと口の悪さを武器におちゃらけながら戦うような奴と紆余曲折あって協力し世界を崩落から救った。
「ウェイド」
名を呼ぶと、慌てた様子で血の色のマスクを被った。
「うわっ!?起きてたのクズリちゃん!?グッモーニンの挨拶ぐらいはしてよね~おじいちゃんったらデリカシーないんだから!」
相変わらず朝から騒がしい男だ。いや、それよりもだ。
「何だそれは、朝飯か?」
「そそ、俺ちゃん特製パンケーキ!こういう仕事してるとさ、自炊出来ないとやってけないワケ。あ、安心してローたん!毒なんて入ってないから!!」
「……俺が喰ってもいいのか」
心のどこかで、ウルヴァリンはデッドプールへ負い目があった。この男に自分の過去を変える力などないと気付いた瞬間アダマンチウムの爪で滅多刺しにしたし、色々と酷い言葉を浴びせたりもしたのだ。
「当たり前じゃん!ピーナッツちゃんの為に作ったんだし!あれっ?もしかして小麦粉アレルギーだったりする!?もしくは牛乳!?卵!?」
オーバーリアクションするデッドプールに、ウルヴァリンは小さく鼻で笑った。
「そんな訳ねぇだろ。――美味そうだな」
「……」
急に押し黙ったデッドプールへ一瞬違和感を覚えたが、すぐにいつものお喋りモードへと突入した。
「そりゃおまじないかけてるもんね!美味しくなぁれ!萌え萌えキュン♡ってやつ」
どこで覚えてきたのかあざといポーズをわざと取るデッドプールにウルヴァリンは溜息を吐く。
「お前も喰うんだろ、お嬢ちゃん。ならそのトンチキな被り物は外せ」
「ひっどぉい!この超イけてるマスクがトンチキ!?」
言い返しながらも相変わらずデッドプールはマスクを口元までしか上げなかった。
「おい、そんなんじゃお前が喰いづれぇだろ」
椅子に腰掛け(ウルヴァリンが座っても壊れないようにわざわざ頑丈なものを買ったらしい)ローガンが差し出された皿を受け取ると、デッドプールはあー、と唸ったりうぅ、と呻いたり答えに窮している様子だった。
「前さ、ローガンが俺ちゃんに言っただろ?お前の顔を見てると飯が食えないって……」
いつものデッドプールではなく自己肯定感が低く傷つきやすいウェイドの態度だった。ローガンは今更ながら激しく後悔した。今一番殴りたい過去の自分はかつてミュータントを狩り尽くした人間を殺し仲間達すら巻き込んだ自分ではなく彼へ嫌味と皮肉を込めて侮辱的な事を言い放った自分だ。
それこそミュータントは見た目からして異形の者も少なくないというのに。
「――ウェイド。あの時は悪かった。忘れろなんて都合のいい言い訳はしねぇ」
「いいよ。もう慣れてるし。俺がアルとルームシェアしてるのだって別に慈善事業なんかじゃない。彼女なら目が見えないからだ」
デッドプールは器用に蜂蜜でギザギザハートを描いていた。
「ウェイド」
ローガンがテーブル越しにウェイドからマスクを取る。
「うわっ!?ちょっと!!」
少し怒ったように向けられた瞳はヘーゼル色をしていた。
ウルヴァリンは爪でパンケーキを突き刺しそのまま荒っぽくパンケーキを食べてみせた。甘くて、優しい味だ。
「今は違う。お前の顔を見ながら喰う飯は美味い」
「……嘘つけ」
「嘘じゃねぇ」
ウェイドの無い眉が困ったように下げられる。
そして伏し目がちに小さく笑いながら答えた。
「――やっぱり、アンタはヒーローだよ」