銀は白金を惑わせる砂漠の街の夜は冷える。昼間の灼熱の日差しが嘘のように、寒空の下で吐く煙草の紫煙の色が白んだ。
「すまんすまん、遅くなってしまったわい」
安っぽいホテルの前で待たされる事数分。
ジジイが頭を掻きながら中から出てきた。
「その様子だと空き部屋はなかったのですか?」
花京院が不安そうに聞く。ここの所ずっと野宿で過ごしていたが、敵襲の連続でまともに眠れてねぇのか目の下にうっすら隈が浮かんでいた。
「いやぁ部屋は何とか確保出来たんだがのぉ。どうやら団体の先客が居たらしく相部屋になってしまうそうじゃ。ベッドもダブルになるが……」
こんなやり取りを静かに聞いていたアヴドゥルが口を開いた。
「ならジョースターさん、私は貴方と同室で構いませんよ。承太郎はポルナレフと。花京院だって静かな部屋で寝たいだろう」
アヴドゥルが視線を寄越した先に居たポルナレフがむっとした顔になる。
「にゃにおぅ!俺がうるさいってのかよぉ!」
「いつもお前は騒がしいだろう」
目の前で繰り広げられるいつもの光景。やれやれだぜ。
「疲れてる花京院を休まてやる事には俺も賛成だぜ。安心しな、花京院。てめーの部屋の前に番犬を置いといてやる」
足元のイギーが不満そうにギロリと見上げてきたが無視した。
「ありがとうございます……。承太郎、ポルナレフを頼んだぞ」
「花京院まで!?俺は子供かっつーの!」
文句を言うポルナレフの首根っこを掴んで俺も歩き出す。
「行くぞ」
ホテルの部屋は少し埃っぽくバックパッカーらしき連中が廊下をうろついていた。成程、確かに満室になる筈だ。こういう奴等は俺達のような羽振りのいい旅行者を狙う。
まぁこんな連中に金目の物を盗まれたとしてもスタンド能力で取り返せばいいだけだ。
問題はこっちの方だ。
「は~つっかれたー」
部屋に入るなり真っ先にベッドへダイブするフランス人の男だ。
「おい。シャワーくれぇ浴びろ」
「え?そんなに俺汗臭い?」
鼻をひくつかせ自分の腕を嗅ぐポルナレフは時折行動が幼い。こいつ本当に俺より歳上なのか?
「そうじゃねぇ。砂埃で汚れただろ」
ポルナレフは寝具に寝転んだまま『ちぇっ』と唇を尖らせた後素直にバスルームへと消えていった。
水温と共に『シャンゼリゼ通り』を歌う鼻歌が聞こえてくる。過酷な旅だというのに呑気なものだ。
――いや、過酷な旅だからこそあんな風に振舞っているのか。
ポルナレフは明るい奴だ。表情もコロコロ変わって分かりやすい。見知らぬ地でもすぐに順応しやがる。俺達はそんなポルナレフに救われている事も多い。お袋の事を考えて気持ちが乱されそうになってもいつだってポルナレフの「Ça va aller 」っつう声を聞けば苛立ちも消えていく。
だが……ポルナレフ自身の本音は中々見えてこない。
あいつ自身のスタンドの姿のようにポルナレフの心は銀の鎧が纏われてると感じる事がある。
そんなアイツを目で追う内に俺はいつしか欲を孕んだ目でポルナレフを見ちまう事が多くなった。
男所帯だからポルナレフを意識しちまうんだとか考えた事もあった。だが、俺のスタープラチナは俺よりもポルナレフへの好意を語る時は饒舌で。俺が無意識にアイツを思う都度、スタープラチナはスケッチに彼の姿を描き始める。
スタープラチナの描くポルナレフの姿は決まって憂いを秘めた横顔で俺も見た事がねぇ。お調子者で、直情的で、騎士道精神を持つ奴にこんな表情なんてさせたくねぇな。
俺が悶々としているのを余所にポルナレフは浴室から出てきた。
「ふ~いい湯だったぜー」
ポルナレフは無防備にも短パンノースリーブ姿だった。
いや、ノースリーブなのはいつもの事なんだがノースリーブは大きめなサイズなせいか脇から今にも乳首が見えちまいそうで、ひらひらした袖からは臍がちらりと覗いている。短パンから伸びる足は確かに筋肉があるが美しい彫刻のようだ。しかも髪を洗った後だからかいい匂いがしやがるし髪も降ろしていて妙に色気がある。
俺が固まってポルナレフが凝視してると。
ポルナレフはあろうことか前屈みになってニヤニヤしながら大きく空いた襟から胸元をチラつかせた。
「おっ?承太郎君には刺激が強過ぎたかな?ん?」
俺は帽子を目深に被り直して溜息を吐いた。
「お前、俺以外の前ではそういう冗談はよせよ」
悪戯っぽく笑いながらへいへいと返事するポルナレフを尻目に俺はバスルームへと向かった。
「あいつ……絶対ぶち犯して泣かせてやる……」
俺の呟きは窓から見える星だけが聞いていた。