キリング・イン・ザ・ネーム②「久しぶりなんだから船に泊まってけよ!ヴェルゴ!!」
「折角だ。飯でも食っていけばいい。」
「そうだぜ、ヴェルゴさん!若もそうしてけってよ!」
「ねェ、海軍のお話聞かせてよ。」
打ち合わせは済んだ。
明朝から行動を開始する筈のファミリー達に引き止められ、その日は懐かしきヌマンシア・フラミンゴ号で一晩過ごすこととなったヴェルゴは、そう言えば、おれはどこで寝れば良いのだろう、と思い、ドフラミンゴの姿を探す。
「・・・どうした。」
「あぁ、ドフィ。おれはどこで寝れば良いかと思ってな。」
「なんだ。そんなの決まってんだろ。」
シャワールームから出てきたドフラミンゴは、裸の上半身にシャツを羽織っただけで、黒いボクサーパンツからスラリと伸びた足を、ヴェルゴは素直に"目に毒"だと思った。
「・・・ドフィ、そんな格好でうろつくのは止めた方がいい。」
「あァ?これから寝るだけなんだ。別に良いだろ。」
「・・・グラディウスが失神するぞ。」
「"だから"シャツを羽織ることにした。」
言いながら、自室の扉を開けたドフラミンゴに、ヴェルゴは聞こえるようにため息を吐いて、額を掻く。
扉を開けたままベッドに腰掛けたドフラミンゴを見て、ヴェルゴもその後を追った。
「そうだ、寝間着も貸してくれないか。全て自分の部屋に置いてきてしまった。」
元々、船に泊まるつもりでは無かったヴェルゴは、着の身着のままこの船を訪れていたのである。
工場作業用のTシャツとズボンを身に着けているヴェルゴを、ドフラミンゴは黙って見上げた。
「シャワーは浴びたんだが・・・。作業着のまま寝床に入るのは気が引けるんだ。」
「・・・ん。」
「・・・・・・・・・・ンン?」
何も言わないドフラミンゴに、ヴェルゴの口が勝手に動くと、ベッドに座った男は着ていたシャツを脱ぎ、それをヴェルゴの鼻先に突き出した。
その意味を理解できないヴェルゴの表情が、笑顔のまま引き攣る。
「おれァ、寝間着なんざ持ってねェんだ。これでも着てろ。」
「・・・下は?」
「下着履いてんだろ。じゃァ良いじゃねェか。」
楽しそうに喉を震わせて、ドフラミンゴは意味深に首を傾げた。
困ったような顔で、未だシャツを受け取らないヴェルゴを座ったまま見上げる。
すると唐突に、ヴェルゴの太い首に自分の腕を引っ掛けて、ドフラミンゴは後ろへと倒れ込んだ。
咄嗟にヘッドボードを掴んだヴェルゴの手から大きな音がして、積んであった本がバラバラと崩れて落ちて行く。
「・・・ドフィ!」
ベッドの上でドフラミンゴの上に覆い被さったヴェルゴが、咎めるように名前を呼ぶが、その下でドフラミンゴは自分のサングラスを放り捨てて、煽るように笑ってみせる。
その、スラリとした指がするすると頬を撫でてから、ヴェルゴのサングラスも取り払った。
「着替えるの、手伝ってやろうか。」
その掠れた声を聞いた瞬間、ヴェルゴの頭の中で何かがブチリと切れ去って、瞳が押し殺していた"凶暴"を含む。
ドフラミンゴの喉がゴクリと音を立てると、その顔の横に突かれていたヴェルゴの無骨な手のひらが、手荒く頬を掴んだ。
(・・・あァ、そうだ。もっと、"見せろ"。)
その"感情"を、"殺せ"と言った事など、一度だって無かった筈だ。
ギラつくヴェルゴの瞳が近付いて、ドフラミンゴの背筋を何かがザワザワと這い回る。
どうしようもなく触れたい気持ちが抑えきれず、その後頭部を撫でてやると、パキリと、似つかわしく無い音が響いた。
「・・・ヴェルゴ?」
「ドフィ・・・。」
そのままドフラミンゴの顔の真横に着地したヴェルゴの額が、ポスン、と間抜けな音を立ててシーツに埋もれる。
乾いた音がした方を見ると、木製のヘッドボードが、ヴェルゴの手のひらによって握り潰されていた。
「あんまり、おれを、からかわないでくれ。」
フーッ!!!と、一度息を吐き出したヴェルゴが、ドフラミンゴの短い金髪を撫でると、弾みを付けて立ち上がった。
手には、ドフラミンゴが着ていたシャツが握られている。
「これは、借りるよ。・・・ありがとう。体は冷やさないように。」
「アーアー。つまんねェなァ!久しぶりに会えて、舞い上がってたのはおれだけかよ。」
ベッドに仰向けに倒れたままのドフラミンゴが、まるで子供のような声を上げた。
サングラスを掛け直したヴェルゴが、それに応えることはない。
「・・・明日も早い。今日はもう休もう。おやすみ。ドフィ。」
「・・・おれは、まだ、"王様"じゃァねェもんなァ。」
くるりと踵を返したヴェルゴに、未練がましいドフラミンゴの台詞が刺さった。
ドアノブを握るその手のひらが、ピタリと止まる。
「お前は、"王様"の"おれ"が、良いんだもんな。」
返事もせずに、ヴェルゴは扉を開けて廊下に逃げ出した。
バタン、と閉めた扉を背に、ズルズルと床にしゃがみ込む。
呼吸が何故か上手く出来なくて、妙に息が弾んだ。
"飛び出しそう"になった言葉を飲み込むように、自分の手のひらで口元を覆う。
("そんなことない"、なんて、)
そんなの、それこそ、"今更"だ。
今までずっと、そうやって、望んできた癖に。
一つ、上に。一つ、高いところへ。そうやって、彼を追いやってきたのは、他でもない、自分達だ。
「ウォオオ!ヴェルゴさん!!どうしたどうした!!」
「グラディウス・・・。」
たまたま通りかかったグラディウスが、床に座り込むヴェルゴに、まるで猫のように驚いて、叫んだ。
それを見上げたヴェルゴは、弱々しく呟く。
「・・・このシャツ、着ていいからお前のベッド半分貸してくれないか。あと寝間着も。」
「・・・こ、これは!!若の匂い!!そんなヴェルゴさん!!こんなの着てたらおれ寝れねェよ!!!」
「お前、そろそろキモいぞ。」
「おい、血の掟を忘れるな。今のは傷付いたぞ。心が。」
言いながら、ヴェルゴが差し出したシャツを受け取ったグラディウスは、満足そうな顔で、わぁ大きい、などと言いながらシャツを広げて眺めていた。
「"難儀"な男だな。アンタも。若が望むようにしてやれば良いじゃねェか。・・・しかもそれを、アンタだって"望んでる"。そんなの最高のディスティニーだぜ?」
この男は、"若様"の事には驚く程鋭い。
ヴェルゴが頭を抱えてしゃがみ込むのを、呆れたように見下ろして、グラディウスはため息を吐いた。
「・・・おれは、お前が羨ましいよ。」
「おれ達は、若が大好き。若も、おれ達が大好き。それで良いじゃねェか。最高の形だ。」
グラディウスの言葉に、サングラスを取って、瞳を覆ったヴェルゴはぎゅ、と、一度目頭を押さえる。
再び開いた瞳の獰猛さに、グラディウスは息を呑んだ。
「おれは、ドフィの隣には、立てないんだ。」
"忠臣"でいる事が、唯一にして最大の"罪滅ぼし"の筈なのに、他でもない、"あの男"がそれを許さない。
「なァ、"アンタら"やっぱおかしいぜ。トレーボルさんはそうでもねェけど。
最高幹部共が後生大事にしているその"お揃い"の"負い目"の正体は何だよ。」
「グラディウス・・・お前、」
"必死に"、彼の隣に"立たないように"。"そうやって"、後悔しながら付いてきた。
ヴェルゴは一度、瞳を閉じる。
そして、ゆっくりと息を吐き出した。
「グラディウスお前、そんな難しい言葉を使えたんだな。」
「はい、血の掟ー。」
(・・・。)
束の間、"賑やかだった"扉の向こうが、いつしか静かになった。
ボーっと、ベッドの上で天井を見上げて、ドフラミンゴは放り投げたサングラスをヘッドボードの定位置に置く。
ヴェルゴの手のひらのサイズで、握り潰されてしまった一部を撫でた。
そんなに、"負い目"を感じる程の、事だっただろうか。
右も左も分からない餓鬼に、ただ、彼等は方向を示しただけだ。
何故、後悔している"そぶり"を見せるのか。
何年経っても、その理由が分からなかった。
(・・・意気地の無ェ、男だな。)
しんと静まり返ったベッドの上で、ドフラミンゴは片手で目を覆った。
"それ"と、"これ"とは、別の話だと、勝手に思っていたのに。
誰も居ない舞台で、自分は、いつだって一人だ。
「・・・・・・・・・寒。」
######
「"国王様"!!デモ隊が、王宮広場に続々と集まっています。」
大きな音を立てて、軍人が一人、執務室に飛び込んできた。
"国王"は、分かっている、と言ってから、窓の外をうんざりしたように見下ろす。
国営産業で出た利益を、一部の富裕層と王族で独占していると"勘違い"を起こした貧困層の反発は、年々酷くなっていた。
彼等は、"知らない"。
"ものづくり"は、それ程利益の出る"商い"では無いという事と、このグランドラインで商売が出来る"品質"の商品を作る為に、今は工場を"育てている"ところであり、大きな利益が出るのはもう少し先だという事を。
「・・・鎮圧を。銃火器は絶対に携行するな。」
「・・・しかし、デモ隊は銃を持っています。」
「それが何だと言うのだ。こちらが撃てば、内戦が始まるぞ。剣の携行のみ許可する。だが、撃たれても絶対に反撃するな。盾からは出ず、危険を感じたら退却しろ。」
さざなみのような、繰り返されるシュプレヒコールを、一体、どんな気分で聞くのが正解なのか。
(もう少し、)
もう少し、"耐えて"欲しいだけだ。
もう少しすれば、機械産業が軌道に乗って、しっかりとした支援と、制度の整備ができるのに。
既に、"帝国"と渾名される程の、知名度は得たのだ。
それなのに、この世は、どうにも、"ままならない"。
(・・・本当に、あと、少しなのに。)
「オーオー、圧巻圧巻。見ろよヴェルゴ。"弱者"が弱さを盾に、"暴力"を称賛している。この国はもう、終わりだな。」
「・・・あぁ。"まとも"な人間は、ここには居ないようだな。ドフィ。」
王宮広場に集まった、"帝国"アロイの"反乱分子"が約3万人。
毎週この日は、デモの"お時間"だ。
建物の上から、それを見下ろしたドフラミンゴは、嬉しそうに口角を上げて笑う。
貧困層に位置する国民が、国王を相手取り大きな声で"支援"を訴えていた。
翡翠島の戦える者約1000人は、既にこの喧騒に紛れ込んでいる。
「・・・そろそろ、"時間"だな。」
ドフラミンゴがスーツのポケットから取り出した懐中時計を眺めた瞬間、地鳴りのような爆発音が響いて、王宮広場の隅に聳え立つ時計台が、まるで破裂するように弾けた。
懸命に声を上げていた民衆が、一度甲高い悲鳴を上げてから、嘘のように静まり返る。
崩れ落ちた時計台に、一斉に視線が集中した。
「・・・これは、"翡翠島"の"声明"である。」
瓦礫と化した時計台に登った、翡翠島の島民が拡声器を抱えて高らかに宣言をする。
突然現れた"部外者"に、アロイ国民は怪訝そうな顔を向けた。
それにも構わず、男は広げた紙の束を掲げて、一度、咳払いをする。
昨日死んだ"父親"。薄利の商売。飢える人々と、煙る"宝石"の名を持つ小さな島国。
その窮状を、流暢に語る島民の言葉を、国民も帝国側も最初は静かに聞いていた。
段々、ヒートアップしていくその"演説"に、感化されるように大きな歓声が上がり出す。
その、悲しき"玩具"を、ドフラミンゴは見下ろしてから、鋭く光る眼光をヴェルゴに向けた。
「なァ、ヴェルゴ。あいつら、"泥水"を飲んだ事があると思うか?」
「どうだろうな。この国は、少なくともちゃんと、水道が整備されている。」
ドフラミンゴの用意した、その声明文で面白いように沸き立つ場内は、果たしてこの世の"底"なのか。
「明日の知れない生命を!!支配される生活を!!自分の子供達に背負わせるか?!今!この日に!!"自由"を、」
突然、乾いた発砲音がして、演説をする男の声が途切れた。
弾けるように血飛沫が上がり、ぐらりと揺れた翡翠島民の体が、やがてドサリと倒れる。
再び、静まり返った広場では、予想外の事態に翡翠島の民たちも驚いて口を閉ざしていた。
「帝国軍が、"国民"を殺した・・・!!」
「発砲したぞ・・・!!」
「権力の暴走だ・・・!!」
口々に、小さく漏らす呟きが、やがて大きな怒号に変わる。
撃ったのは誰だと、国民側からも帝国側からも声が上がった。
相変わらず、それを見下ろしていたドフラミンゴが、おもむろに突き出した手のひらを握る。
すると、帝国側の軍人達が次々と腰に下げた剣を抜き、アロイ国民の群れに振り下ろした。
怒号が悲鳴に代わり、明確に別れていた二つの集団が混じり合う。
その様子を見下ろして、ドフラミンゴは薄っすらと口元に笑顔を貼り付けた。
「うーわ、想像以上だぜ。」
一方、帝国側に潜み、演説をしていた翡翠島民の額を撃ち抜いたグラディウスが、足早に路地裏へと逃げ込んで来る。
待機していたシュガーは、始まった暴動になど目もくれず、モグモグとグレープを咀嚼していた。
「・・・これ勝てんのか?言ってもパンピーと軍隊だろ。無理くね。」
「別に。"勝つ"必要無いんじゃない?」
カタン、と、音がして路地裏を覗き込む"影"を見つけたシュガーがトコトコと歩き出す。
帝国側の軍服を着た男が一人、剣を構えていた。
「・・・"見たぞ"!!お前、あの男を撃っただろう?!何者だ?!」
「教えてあげても良いけど、多分、知っても意味ないわよ。」
男に歩み寄ったシュガーが、なんの前触れも無く、そっとその足に触れる。
「帝国側と国民が衝突して、"クーデター"に発展したという事実さえあればいいのよ。そうすれば、国内外に違和感無くこの政権を終わらせる事ができる。」
カチャン、と、地面に落ちた"玩具"を拾い上げたシュガーは、それを興味も無さそうに袋に入れた。
袋の中には、既に大量のブリキの玩具が放り込まれている。
「まァ、ある程度は、帝国軍を減らしておかないと新政権を立てる時に揉めそうだけどね。」
「・・・ふーん。」
分かっているのか、いないのか、相槌を打ったグラディウスに、シュガーは大人びた溜息を吐いた。
あとは、"若様"が国王を殺害するだけ。
そうすれば、この、"他力本願"な帝国は、呆気なく彼の手のひらの上だ。
(・・・馬鹿な人たちだわ。)
######
「・・・何ということだ。」
王宮から下の戦火を見下ろした"国王"は、その混乱に目眩がして、ふらりとソファに着地する。
何故、唐突に、こんな事になったのか。
皆目検討の付かない男は、頭を抱えて蹲る。
「・・・な?だから言ったろ。」
「・・・!!」
突然、暗闇の中から声がした。
強く差した日差しの影で、大きな男が佇んでいる。
ピンク色のファーコートが目に入った。
「・・・君は、」
「だから、言ったろ。人間は、皆残酷だ。」
ドフラミンゴが、懐から取り出した小さなピストルを、国王の足元に投げる。
怪訝そうな顔を見せた瞬間、国王の体がカタカタと動き出して、そのピストルを"勝手"に拾った。
意思とは関係なく動き出した自分の体に、瞳を大きく見開いた男を、ドフラミンゴは笑いながら見ていた。
「人が、皆、"善人"なら、おれは、一体何なんだろうな。」
国王の震える腕が、ピストルを自分の頭に当てる。
その冷たい感触に、漠然と、握られた"生命"を悟った。
「・・・知らん。少なくとも、"王"の"器"では無いようだが。」
掠れた声で言った男に、ドフラミンゴは一度、キョトンとしてから、吹き出して、大きな声で笑う。
ゆっくりと、その長い指が順番に曲がっていった。
『"復讐"する力を、与えようか。』
『お前はいつの日か・・・この海の"王"になる男だ!!!』
『悲しい事を言うんだな。ドフィ。君は、ずっと、おれの"王"じゃないか。』
"奴ら"はただ、この"破壊衝動"に名前を付けただけ。
自分はただ、壊したい物が、あるだけだ。
「・・・あァ、"おれも"、そう思うよ。」
言った瞬間、その、"人の良さそう"な目尻が、困ったように笑った。
ドフラミンゴの口元に貼り付いた笑みが、一瞬消え失せる。
この男に、得体の知れない"嫌悪感"を抱く理由は分かっていた。
パァン!と、破裂音がして、非力な首が思い切りのけ反る。
風穴が開いた頭から、ソファに崩れて、その赤い液体が布地に染み込んだ。
######
「上手くいったな。ドフィ。」
「あァ。ファミリーに連絡をしろ。」
扉の外で銃声を聞いていたヴェルゴは、部屋から出てきたドフラミンゴに、にこやかに声を掛けた。
外の暴動は相変わらずだが、もう間もなく、翡翠島の島民たちが"自害"した王を見つけにこの王宮へ攻め入る筈である。
珍しく、疲れたような顔でドフラミンゴがネクタイを緩めると、ヴェルゴの懐で電伝虫の鳴き声がした。
『ヴェルゴ"大佐"!!大変です・・・!!"シーザー"が動きました!!!恐らく翡翠島に向かった模様です!!!』
「何だと!!こっちは"突然始まった"クーデターで手一杯だぞ!!」
『至急、翡翠島へ戻ってください・・・!クーデターに気付いて証拠の隠滅を行うつもりかもしれない!!』
ジタバタと、短い手足を振った電伝虫に、ヴェルゴは一言二言告げてからその回線を切る。
ドフラミンゴは考えるように顎を擦った。
「シーザー・クラウンか。」
「ああ。どうやら翡翠島に来るらしい。どうする、ドフィ。一応奴は海軍だぞ。君がこの暴動を指揮したとバレるのは不味い。」
「・・・いや、好都合だ。翡翠島にはおれが行く。お前はこっちを頼む。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・!!一人で行かせられる訳ないだろう!!!」
廊下の窓から、さっさと出ていこうとしたドフラミンゴの、ピンクのファーコートを掴んだヴェルゴに、ドフラミンゴは不機嫌そうに振り返る。
「相手はシーザー・クラウンだぞ!!ロギアの能力者だ・・・!!」
「ガスガスだろ。知ってる。ロギアの範囲攻撃に、数はあんまり効果がねェだろう。それに、王の首で帝国軍が降伏しなかった場合、お前ら翡翠島に加勢しなきゃならねェ。こっちこそ、頭数が必要だ。絶対に翡翠を勝たせろ。」
「だからって、一人で行くことは無いだろう・・・!!」
尚も手を離さないヴェルゴに、ドフラミンゴは呆れたように息を吐いた。
そもそも、海軍"大佐"と、億超え"ルーキー"が仲良く手を繋いで海軍本部の人間に会いに行くのはおかしいだろう。
「ヴェルゴ。お前、これは"命令"だぜ?」
ドフラミンゴが何気なく言った言葉に、ピタリとその腕が静止した。
ぎゅ、と、一度ファーコートを掴んだ手のひらが、ゆっくりと離れる。
伏せられた顔は、妙に陰っていて、その表情は伺え無かった。
「・・・そうか。なら、"従おう"。」
ヴェルゴが呟くように言って、アピールをするようにぱ、と手のひらを広げて見せる。
ドフラミンゴは思わず舌を打った。
(・・・ばーか。)
子供のような言葉は、終ぞ口からは出て行かず、ドフラミンゴは窓枠に足を掛けて、思い切り蹴る。
残されたその"忠臣"は、もう何も、言わなかった。
######
「ハァ?!?!一人で行かせたァアアアア?!?!」
「・・・どうしても、一人で行くと、」
「テメコラもし万が一若の美しいお顔に傷が付いたらどうすんだよ!!!!お護り申し上げるのがテメェの仕事だぞ!!!!」
「グラディウス。落ち着け。お前、若の事をお姫様か何かだと勘違いしてるのか。」
「あんなに麗しいんだぞ!!!姫に決まってるだろうが!!!」
「お前、ホント最近キモいぞ。」
未だ暴動の続く王宮広場の片隅で、一度集まったファミリー達は姿の見えないドフラミンゴの行方を、ヴェルゴの口から聞いた。
早速ヴェルゴの胸倉を掴んだのは、グラディウスである。
「・・・"命令"、だったんだ。」
ヴェルゴの伏せた瞳に、ディアマンテだけがため息を吐いて、同じように瞳を伏せた。
その様子に、グラディウスのこめかみで、ブチブチと何かが切れていく。
「何なんだよてめェら"最高幹部"の癖に!!!何で誰もあの人の"隣に"立とうとしねェんだよ!!!
マジで意味わかんねェ!!!だったら譲れ!!!おれにその席!!!おれが座る!!!!」
「グラディウス、少し落ち着け。おれ達は若を"王"にする為に集ったんじゃないのか。全ての頂点と、"誰も居ない隣"は同義じゃねェのか。」
見兼ねたセニョールが、グラディウスの肩を掴んだ。
それでも収まらないグラディウスが、その手のひらを払う。
「・・・若が、"そう言った"のか?!」
「・・・。」
「"誰も""隣に"居なくて良いと"若が"、言ったのか?!?!」
生き別れた"弟"との再会に、異様に喜ぶ"あの人"を、遠くの方で見ていた。
"家族"という呼び方に、酷く執着する"あの人"が、自分で殺した"家族"の夢に魘されているのも知っている。
(本当は、)
本当は、隣に立ってくれる"誰か"が、欲しいのではないか。
あの"弟"が再び現れた時、やっと、隣に居てくれる"誰か"が現れたと思ったのではないのか。
「・・・確かに、言ってねェな。」
後ろの方で見守っていたディアマンテが、小さく笑い声を上げて、グラディウスの頭をポンポンと撫でた。
セニョールと顔を見合わせてから、困った顔をしたヴェルゴを見遣る。
「まァ、何だ。"迎えに来るな"とは、言われてねェんだろ。」
「・・・!!」
突然、足を取られてバランスを崩した。
ザバリと、地面から顔を出したセニョールが、ヴェルゴの腰辺りを掴んで肩に担ぐ。
そのまま、スイスイと地面を猛スピードで泳いだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!おれは、」
「ウハハハハ!"舞台"に"一人"は、流石に気の毒だぜ!おれも、お前も、"観客面"は今日までだ!」
長い腕を振って、陽気に言ったディアマンテは、大きな声で笑う。
広間の暴動を抜けたセニョールは、ポイ、とヴェルゴを放り投げた。
「うちの"姫"を、宜しく頼むぜ、王子様。」
「ちょ・・・、」
立てた指を二本、ヴェルゴに向けて振ったセニョールはさっさと踵を返して泳いで行ってしまう。
呆気に取られたヴェルゴは暫く、ぽかんと地面に座り込んでいた。