本音と建前"この時期"は、喧しくて嫌いだった。
イルミネーションに明るく照らされた商店街を歩くクロコダイルは、悴む手のひらをポケットに突っ込んで、うんざりしたように眉を顰める。
どこもかしこもクリスマスムード一色の街を後目に、取引先への訪問を終えたクロコダイルは、自宅兼事務所へさっさと戻ろうと、足早にキラキラと光る街を進む。
(・・・ワインでも、買って帰るか。)
その途中、レストランの店先で、クリスマスケーキとワインが並んで売られているのが視界に入り、何となくその気になるのだから、随分と自分も単純だ。
ワインとクリスマスの因果は知らないが、それっぽく楽しむぐらい、別に良いだろう。
「アー、そこの、ナイスミドル。クリスマスケーキはどうだい。・・・こうやって見ると売れ残りっぽいが、味は保証するぜ。」
ボーッと、店先に設置されたショーケースの中を眺めていたら、後ろの方で煙草を吸っていたらしい若い男が、慌てたように手にした灰皿で煙草を揉み消しながら出てきて、取り繕うように言った。
"バラティエ"と書かれた据置式の看板に一度躓いた"金髪"の青年は、一つだけ残ったケーキを指差す。
お互いに、"何か見たことあるな"と思ったことは、誰も知らないし、クロコダイルはできるだけ、その感覚は無視する事にしていた。
「・・・ワインの方だけ貰おうか。悪いが、一人じゃ食べ切れそうにねェ。」
「・・・なんだ、独りか。勿体無ェな。あんた、イイ男なのに。」
「"アテ"が無くもねェが。そいつが、"帰ってくる""道理"もねェ。」
ガラは良くないが、人好きのする顔で笑った青年は、ショーケースに腕を掛けて社交辞令を吐く。
クロコダイルの頭の中でチラついた"隣人"は、忘年会ラッシュで瀕死の状態だ。
今日は取引先とのクリスマスパーティーらしいが、態々はやく切り上げて帰る理由もない。
「・・・なんだ、クリスマスくらい一緒に過ごしてくれって言やァ良いじゃねェか。」
「残念ながら、"そういう"間柄じゃァないもんでね。」
(・・・結局。)
結局、いつの"時代"でも、"奴"との関係は、曖昧なままだ。
同僚、腐れ縁、"隣人"。その関係性にはいつも、"別"の名前がちゃんとある。
それを、態々飛び越えるつもりもない。
「・・・"それ"、楽だよなァ。」
ポツリと、青年の溢した台詞に、クロコダイルはドキリと、心臓が妙な音を立てたように感じた。
目の前の男は呆れた風でも無く、まるで、自嘲するかのように口元を歪める。
「・・・売れ残ったケーキを"押し付けられた"って、泣きついてみれば?。案外、上手くいくかもしれねェぞ。・・・まァ、」
一度言葉を切った青年は、頬杖をついてクロコダイルの瞳を覗き込む。
彼にも、同じような"存在"がいるのだと、その時やっと、勘付いた。
「まァ、それは、おれが使おうと思ってた"手"なんだけどな。」
「"売れ残り"が無くなったら、その手は使えないが・・・いいのかね。」
「・・・諦めて、"作るよ"。うちのは、"本音"と"建前"が分からねェアホなんだ。」
"それはウチもそうだ"などと思いつつ、口には出さないクロコダイルは、諦めてケーキとワインを買い求める。
この青年の、立派な"作戦"ごと頂いて、一体どうするつもりなのか、本人にも未だ不明だ。
「・・・毎度。お幸せに。」
意外と、幼い顔で言った青年は、ひらひらと手のひらを振って、最後のケーキを包んでくれる。
その重みに、クロコダイルはやっと、"やってしまった"と、後悔をした。
######
「寒ィ寒ィ・・・。オーイ、"クソコック"。メシ食わしてくれ。後でルフィも来るぜ。」
「オイオイオイオイ、"クソマリモ"こら。閉店って書いてあんのが見えねェのか。毎回毎回"夜勤"だからってこんな時間に現れやがって・・・。」
とっくに、"CLOSED"と書かれた札を出していたにも関わらず、ズカズカと"緑髪"の男が入ってきた。
この街の交番に勤務する"お巡りさん"であるロロノア・ゾロは、言わずもがな、"前世"からの付き合いである。
"消防士"の"元"船長と二人して、夜勤の休憩時間に現れては、サンジの働くレストランの食材を食い尽くしていく、傍迷惑な公務員共。
「腹減った。何か作れ。」
「せめてメニューから選べよ!!!」
相変わらず、ウマの合わないゾロに怒鳴り返してから、一度脱いだエプロンを付けて、厨房へと向かう。
その入口で、サンジはふと、ホールを振り返った。
「アー、ケーキ。・・・あんま甘くない奴、"残ってんだ"。処理してけよ。」
「・・・おー。・・・世間は、クリスマスだもんな。」
妙に静かになった空間で、その返答だけが響く。
何となく、気まずい気持ちでサンジは手持ち無沙汰にその金髪を掻いた。
『残念ながら、"そういう"間柄じゃァないもんでね。』
振り返りもしないゾロに、何となく、あの"ナイスミドル"を思い出す。
別の"名前"がある関係は、いつだって、ずっとずっと"楽"だった。
それを、"嫌"だと思ったら、それが、"潮時"なのだろうか。
「・・・やっぱ、さっきの嘘!!。そんな都合よく甘くない一人分のケーキが余るかよ!!!
てめーの為に作ってやったんだから心して食えよ!!!クソマリモ!!!!」
勢いで、その振り返らない背中に怒鳴ったサンジは、真っ赤な顔で厨房へと引っ込んだ。
バタン!!!と、大きな音を立てて扉が閉まった瞬間、ゴツン!と、ゾロの額がテーブルにぶつかる。
「・・・いちいち、言わなくても分かるわ。・・・アホ。」
######
この時代は随分と便利だ。
自室のソファでちびちびとワインを舐めるクロコダイルは、ローテーブルに放置したスマートフォンをちらりと見遣る。
あの"金髪"の作戦を、そっくり拝借したクロコダイルは、パーティー中であろうドフラミンゴに送ったショートメールの返信を待っているかのような素振りに嫌気が差して、誤魔化すようにテレビを点けた。
その場ですぐに、書いた言葉を送れるのは、手軽で、怖い。
こうやって、"勢い"で相手に何かを伝えられてしまうのだから、いつしか取り返しがつかない事態になりそうだ。
(・・・そもそも、)
そもそも自分は、あのメッセージで、あの馬鹿が尻尾を振りながら帰ってくるとでも思っているのか。
ただの、"隣人"であり続ける方が"都合が良い"と、"お互いに"、思っている筈なのに。
(・・・だせェなァ。)
思った瞬間、鳴り響いたインターホンに、クロコダイルの両肩が跳ねる。
まさかの事態にその画面を覗くと、見覚えのあるスーツの胸辺りが映った。
思わず、息を呑んで、何も言わずに玄関へ向かう。
その扉を開けた先には、件の"隣人"。
「鰐野郎!お前、予定無いんなら言えよ!!てっきりお前も忘年会ラッシュかと思ったぜ!!」
弾む息を隠しもせずに、赤くなった鼻先で、ドフラミンゴの瞳が上機嫌に大きく開いた。
ああ、この"馬鹿"は、本当に、
(尻尾振って来やがった・・・ッ!!!!)
可愛いやら、馬鹿らしいやら、いろんな"疲労"を感じたクロコダイルが、壁にフラリと寄り掛かる。
『余ったケーキを押し付けられた。明日にでも食いに来い。』
そう送った筈なのに、既に目の前に現れた男は、キョトン、とクロコダイルを間の抜けた顔で眺めた。
「・・・クリスマスパーティーはどうしたよ。」
「あァ?付き合いで参加したまでだ。元々適当なところで切り上げて早く帰るつもりだったぜ。」
靴箱の方に靴を揃えて置いたドフラミンゴは、その"律儀"な姿勢に反して、ズカズカと大股でクロコダイルの家に入り込む。
その、広い背中を見送って、僅かに瞳を細めた。
『・・・それ、楽だよなァ。』
あの、金髪の青年は、諦めて、"建前"を譲ってくれた。
それを、羨ましいと思うのは、些か酷いだろうか。
「・・・フラミンゴ野郎。お前、"本当に"、早く切り上げるつもりだったのか。」
リビングへ続く扉の前で、クロコダイルの口から滑り出た台詞に、ドフラミンゴはゆっくりと振り返る。
そうやって、いつまでも、この"建前"に縋り付く"横着"に、いい加減うんざりとしていた。
「・・・じゃァ、おれも聞くが、鰐野郎。
・・・お前、そのケーキ、本当に"押し付けられた"のか。」
意外にも、困ったように笑ったドフラミンゴは、気まずそうに首筋を掻く。
クロコダイルは一度、考えるように瞳を閉じた。
この、愛しくも煩わしい"関係"を、捨てる時は、くるのだろうか。
「・・・そう、言ってるだろうが。馬ァ鹿。」