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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    BORA99_

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    ゴムドフ(乗船if)
    凍った島でのいざこざ。
    ※本誌ネタが少しですがあります。単行本派の方はご注意ください。
    友情出演:❄🐆🦒

    パルクール・ザ・フロストスカイ!!「……よォ。お勤めご苦労。今日は一日晴れるらしい。良かったな。優秀な航海士の予報だ、外れやしねェだろう。」

    早朝の静謐な空気を吸い込んで、甲板に立った男はゆらりと長い腕を上げる。
    その緩慢な仕草を目敏く捉えた一羽の鳥が、ゆっくりとその縁に舞い降りた。

    「オイオイ、"世経"の"鳥野郎"も落ちたモンだ。今日の一面はイマイチだな。」

    至極楽しそうな声を装う大きな男の肩で、フワフワとピンク色のコートが僅かに揺れる。
    カモメの首に掛かった赤いバッグにコインが落ちる音がした瞬間、バサリとその白い羽が空を掻いた。

    「……。」

    質の悪い紙束で踊る、"花ノ国"での婚姻の宴の様子を綴る文字面に、ゆっくりとその瞳が閉じる。
    もうこの世界には"用済み"の"王様"と、誰かの"必要"になった女を繋ぐ糸は無いのだ。
    その裏切りを、赦す事も出来ぬまま、こうして感傷に浸るだけの瞬間は、あと何回来るのだろうか。

    「お?何だよ。相変わらず早起きだな。ジジイか。」
    「うるせェなァ。この船の馬鹿共と違って、呑気じゃねェだけだ。」
    「そうかよ。コーヒー飲むか。朝飯はまだだぞ。」

    キッチンの扉から、ジャガイモの入ったカゴを抱えて出てきた金髪の男は、のんびりと昇る紫煙を揺らして甲板を見下ろした。
    相変わらず口だけは悪い男の誘いに乗った、"居候"ドンキホーテ・ドフラミンゴはその背中に向き直る。

    不要になった、夢と"王様"。
    それを、"麦わら"の"少年"へ肩代わりさせて、自分はこの海から隠居したのだ。
    自尊心と高飛車を抑えきれぬ"旧世代"の"残党"が、放棄した"激情"の理由を押し付ける先が見つかったのは幸いである。
    それを、理解してしまう自分の頭は、どうしたって前など向けないのだ。

    (……ああ、"不毛"だ。)

    ######

    「……明らかに、良くない気がするんだけど。」

    「「「「……あ?」」」」
    「ナミさん。どうかしたのかい。」

    続々と船員達が起き出してきて、やっと朝食の時間だ。
    ダイニングテーブルに並んだトーストや目玉焼きを前に、"航海士"が自分の手首を見つめて眉間に皺を寄せる。
    その細い腕に嵌った"記録指針"の針は、どこか落ち着き無く揺れていた。

    「……次の島に近付けば近付く程、針の動きが不穏になるのよね。」
    「オイオイ、新世界の航路選びは命に関わるんだろォ?!しっかりしてくれよ航海士!!」
    「うるっさいわね!!!そもそも、元々この航路は針の揺れが一番大きかったじゃない……!なのに、」

    『お!!真ん中の針が一番動いてんな!!じゃあそこ行くぞ!!』

    「あいつがこの島に行くって聞かないから……。」
    「……そうだったな。スマン、ナミ。」
    「なっはっは!!イヤー、楽しみだなー。」

    全ての"元凶"麦わらのルフィが卓上の食べ物を吸い込みながら言う。
    悲しそうに額に手を当てたナミを慰めるように、ジンベエとウソップがその細い肩に手を置いた。

    「……なんか、寒くないか。」

    そのやり取りを後目に、紅茶を啜っていたドフラミンゴがひやりとした空気に思わず呟いた。
    さっきまで、薄いシャツ一枚でも暖かった空気が、毎秒下がっていくのを感じる。

    「嘘……。さっきまで20℃あったのに……、」

    急激に下がりゆく気温に気が付いたナミが、温度計が指し示す数値に愕然と漏らした。
    8℃まで下がったその針は、未だ止まらず、目に見える速度で回る。
    吐く息がとうとう白くなってきたところで、全員がバタバタと防寒着を取りに走った。

    「……あ、島だ。」

    寒さには強いチョッパーが、窓から見えた影に思わず呟く。
    氷の浮かぶ海に悠然と現れたその大地は、遠目に見ても、全てが凍りついていると分かった。

    「ウッヒョー!!寒そう!!!!」
    「待て待て待て待て!!麦わらァ!!お前素足で出るつもりか!?!?」
    「おう!これはポリスーだ!!!!」
    「ポリシーな。」

    薄暗い雲に覆われた、明らかな不穏の気配に、ルフィがダウンを羽織っただけで飛び出そうとする。
    正直この男が凍えようが、凍傷になろうが関係無い筈のドフラミンゴが、生来の兄貴肌を押し殺せずに、その襟首を掴んだ。

    「マイナス20℃……!船の中でこれなのに、外はどうなるのよ……!」
    「ド、ドラムより全然寒いぞ……!ミンゴ!お前サングラス外さないと、金属が凍りついて肌にくっついちまう!!」
    「あァ?あー、そうだな。」
    「待て待て今まで素顔を晒さないキャラだったのに、それはマズイだろ!」
    「確かにマズイな。ポリスーがな。」
    「……ま、マズイのか?!な、なんか金属じゃない……ゴーグルとかにするのはどうだ?!」
    「よォーし!このキャプテンウソップ様の活躍に寄り添ったゴーグルの中からどれか一つ貸してやろう!」
    「いや別に、風呂の時と寝る時はサングラス外してるだろうが。」
    「ドフラミンゴ。こいつらが言う事全部真に受けなくて良いんだぞ。疲れるだろ。」
    「……。」

    自分の前に並べられたゴーグルを眺めて、何故かいつも、本来の協議点からズレる、この船の"悪ノリ"にため息を吐く。
    サンジからの助言に、何となく負けた気持ちになったドフラミンゴが、黙って1番シンプルなゴーグルを拝借した。

    「ちょっとルフィ!こんな島に上陸するのは嫌よ!」
    「お前何言ってんだよ。島に着いたら上陸するのが海賊だろ。」
    「あんたはただ遊びたいだけでしょ!!!」
    「よーし、"おれのお供くじ"やるぞ!!」
    「聞け!!!!」

    いつしか導入された、ルフィの冒険に付き添う"お供くじ"。
    紙切れを握りしめたルフィを全員が囲む。

    「……棄権していいか。胃が痛いんだ。」
    「駄目に決まってんだろ!!人数が多ければ多いほど、外れる確率が上がるんだ……!」
    「……必死だな。ゴッド。」

    渋々、くじを引いたドフラミンゴの紙切れに、赤い印は付いていない。
    免れたその災難にふと息をついた時、視界の端に"知った"気配を感じた。

    (……。)

    くじの采配に一喜一憂するクルー達を後目に、ドフラミンゴの瞳が細くなる。

    新世界に浮かぶ、凍てつく島。
    全ての生き物達に猛威を振るう、生命の匂いすら凍るこの島に、お誂え向きな男を一人、知っていた。

    「お?ミンゴ、お前どこ行くんだ。」

    ゆっくりと、扉へ向かうその大きな背中に、ルフィが目敏く声を掛ける。
    振り向いたドフラミンゴは、付け替えたゴーグルの下で若干楽しそうに笑った。

    「おれァ、お前の"お供"じゃねェからな。少し、出てくる。」

    ######

    (……はやく戻らないと、また吹雪いてきそうだ。)

    ブーツの底に装着したアイゼンが、凍った雪を僅かに砕く。
    凍りつき、誰も使わなくなった空家の屋根を、軽々と飛び越えながら走る少年は、雲行きの怪しい空にため息を吐いた。

    この島の、日照時間は僅か3時間。
    それも、今日のように厚い雲に覆われれば、その恩恵は無いに等しかった。
    大きなタンクを担いだ少年は、一度踏み込み、隣の屋根に飛び移る。

    (……海賊船だ。)

    屋根の上で立ち止まり、氷の浮かぶ海の上にポツンと現れた小さな海賊旗を眺めた。
    この気候のせいで、僅か百数名にまで減った島民が形成したスラムしかないこの島に、態々立ち寄る船は少ない。
    その哀れな客人に、少年は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

    「余所者が……何の用だよ。」







    「……フフフフッ。凍てつく島に、似合いの男が現れたなァ。」

    「そいつァ、どうも。あんたおれに、"何者"だと聞いたが、それをそっくりそのまま返そうか。」

    島を見下ろす断崖で、ヒョロリと長い背中がゆらりと振り返った。
    吹き付ける冷たい風を、物ともしない男は大股でドフラミンゴの方へと歩みを進める。

    「"謝罪"でも、しにきたのか。……なァ、"クザン"。」

    すれ違う瞬間に、発せられた台詞を聞いて"元"海軍本部"大将"クザンは緩慢な仕草で振り返った。

    「この島は、確か緑溢れる場所だったはずだ。"7年前"、"お前"が、凍らせるまでは。」
    「あらら。さすがは"天夜叉"。新聞は毎日欠かさず読んでるのね。じゃあ、知ってるんだろ。……この島は、この海の"法"を犯した。……あん時はおれも海軍大将だったもんでな。」

    緑溢れる"世界政府加盟国"。
    その謳い文句を反故にした、"天竜人"殺害事件。
    詳細までは語られなかったが、この島の民はたまたま上陸した世界貴族を撃ち殺し、投入された"大将"青雉によって、島は永久凍土へと変えられたのだ。

    「何故、またこの島に現れた?」
    「デバガメが過ぎるな、兄ちゃん。お前こそ、何でこんなところに居るんだ。」
    「フフフフッ。"船長"が行きたいと言うもんで。」

    暗い暗い、インペルダウンから、たった一人で逃げ出した"稀代"の"悪党"。
    この男が世間を騒がす"超新星"の船に乗っているというのは噂で聞いていた。
    イマイチ読めないその算段に、クザンはあからさまに顔を顰める。

    「お前の口からそんな言葉が聞けるとはな。時代は変わるもんだ。」
    「おれの事はどうでも良いだろう。知りてェ事がある。……この島であの"馬鹿共"が何を"欲し"、島民はその馬鹿を殺害したのか。お前はその真相を、知っているよなァ?」
    「……。」

    バタバタと、吹き付ける風がドフラミンゴのダウンの裾を揺らした。
    それが、"興味"でも、それこそただの"デバガメ"でも無いであろうことは、分かっている。

    「"実家"の事じゃねェか。直接聞いたらイイんじゃないの。そもそも、そんな事を知ってどうする。」
    「嫌味な野郎だぜ。……おれァ、"カード"が欲しいだけだ。"奴ら"を黙らすカードがな。」
    「上昇志向の塊のような男だな。落ちて尚、お前はまだ何か為そうとしてるのか。」

    呆れたようなクザンの物言いに、ドフラミンゴの気配がガラリと変わる。
    口元が妙な半円を描き、まるで、笑うような表情を見せた。

    「"麦わら"のルフィは、いずれ"奴ら"のひた隠しにしてきたモノを暴き出す。」

    「おれは、それを、」

    「"最前列"で見たいんだ。……なァ、クザン、」

    ああ、どうしようもなく気の毒な男だ。
    クザンはその言い草を、心の底からそう思う。
    誰かの夢を託され、その代わりに得られる"肯定"で、"知らない""何か"を埋めてきた男。
    あの、"薄ら寒い"連中と、同じ事をしていると、気が付かない程馬鹿ではないのが救えなかった。

    「……この島に、一体どんな、"都合の悪い"モノがあるんだ。」

    ######

    「寒ィィイイ……!何で毎回おればっかりィィイイ……!!」
    「毎回でもねェだろ。」
    「ふふふ。何だかパンクハザードを思い出すわね。」
    「お!!なんだありゃ!!!」

    一方、幸か不幸か、"ルフィ"の"お供くじ"で見事選ばれたウソップ、ゾロ、ロビンは楽しそうな船長の後をついて行く。
    踏み入れた"凍てつく島"は、民家や商店街が軒を連ねているが、その全てが凍りつき、人の姿は無い。
    白い息を吐きながら、無人の通りを抜け、小さな森の中に入った一味は湖畔に辿り着いた。
    大きな湖は広大で、しかし、当たり前のように凍り付いている。

    「オオ!!凍ってるから湖の上歩けるぞ!!なははは!」
    「本当に全て凍っているのね……。人は住んでいないのかしら。」

    滑らないよう、慎重な足取りで湖上に上がったロビンは案の定滑って転んだウソップを咲かせた腕で支えながら呟いた。
    湖を囲む、整備されたように見える木々と、その間に点在するペンションのような洒落た建物達も、まるで死んだように凍っている。

    「ロビン!!ロビーン!!こっち来いよ!!お前が好きそうなのあった!!しししし!!」
    「……?」

    突然、湖の中心まで走って行ったルフィが、嬉しそうにロビンの方に向けて腕を振るのが見えた。
    誘われるまま、一歩踏み出したロビンの瞳に、ルフィの足元の氷の下に埋まっている"何か"が映る。

    「……これは。」
    「な!!お前、好きだろ?!」
    「……ふふふ。ええ。とっても。」

    足元に広がる"異物"。その正体は、5m程の巨大な"石像"。
    分厚い氷の下に、仰向けに倒れた状態で埋まって居た。

    「何の像だァ……?しかも、こんな風に凍るなんて有り得んのか……?」
    「湖に落ちた瞬間、湖が凍ったんだ!!きっと!!」
    「んなわけあるかよ。」

    足元を覗き込んだルフィ達が口々に言うのを聞きながら、ロビンの思考が石像の頭付近に移る。
    まるで、"誰か"が削ったように、石像の頭から上半身に掛けて氷が窪んでいた。

    (……石像を、誰かが取り出そうとしているのかしら。)

    「……か、"海賊"!!!!」

    「「「……あ?」」」

    その思考も、突然響いた知らない声に掻き消され、ロビンは反射的に頭を上げる。
    四人の視線の先に現れたのは、ルフィ達と同じように防寒着を何重にも纏い、殆ど顔が見えない小さな人間。
    声と、サイズで少年だと悟った。

    「その像になんの用だ!!それはこの島の宝だぞ……!!」
    「……なんだ、ガキか。」
    「……ごめんなさい。この像はたまたま見つけただけ。何かするつもりは無いの。」

    薪割り用の小さなナタを、おっかなびっくり向けた少年に、ロビンが落ち着かせるように言う。
    素直にその言葉を信じたのか、ゆっくりとナタを下ろした少年と、ゴーグル越しに視線が合った。

    「この島の事と、この像の事を知りたいの。教えてくれる?」

    身の丈ほどの大きなタンクを担いだ少年が、おずおずとルフィ達に歩み寄る。
    ガリ、ガリ、という妙な足音に、少年のブーツに着いたアイゼンの存在を知ったルフィは、"いいな"と、何の思惑も無く呟いた。

    「……貴方は、この像を取り出そうとしているの?」
    「そうだよ。"太陽の像"はこの島のシンボルなんだ。これが立てば、また、この島は暖かくなる。」
    「"また"……?この島は、ずっとこの気候では無かったということ?」

    その瞬間、"見覚え"のある明るい炎が、少年の眼球の中に宿る。
    かつて、自分の瞳にもあった筈の、明るく燃えるその炎の正体を、ロビンは知っていた。

    「……この島は、元々緑溢れる綺麗な場所だった。」

    一瞬で凍りつき、死んでしまった、緑溢れる"美しい島"。
    泣き叫ぶ間もない程呆気なく、終わりを告げた、暖かい生活。
    その全ての"元凶"は、この世の神だ。

    「この島に来た天竜人が、太陽の像を破壊しようとしたんだ。」
    「……天竜人が?何でだよ。」
    「知らないよ。でも、7年前、この像を見た天竜人達は突然怒り出したんだ。」
    「……それと、この島が凍りついた理由は何か関係があるの?」

    相変わらず燃え続ける、瞳の中の怒りと憎悪。
    この世にあふれる悲しみを、飲み込み続けた者だけが宿す光が、一瞬、妙に凪いだ。

    「"殺した"んだ。おれ達は、」

    まるで空洞のような瞳が、何の感情も表さず、ゆっくりと少年は口を開く。
    それを眺めたルフィは一度、麦わら帽子の下で瞬きをした。

    「おれ達は、天竜人を殺した。」

    その時、ルフィは何か焦燥のような居心地の悪さを確かに感じる。
    この島に着いた途端、姿を消したあの男を、はやく手の届くところに連れ戻さなければならないという思考に、あっという間に支配された。

    ######

    「"都合の悪いモノ"があったとして……お前がそれを知ったところで何にもならないと思うけどな。……お前もおれも、既に"旧世代"の"残党"だ。」
    「フフフフッ……。よく言うぜ。"悪い噂"を纏っている癖に、随分と他人事だ。」

    傍から見れば、舞台から降ろされた男が二人。
    その間を、止むことのない冷たい風が通り抜けていく。

    「……ゲ!!!"青雉"……!!」
    「あらら。見つかっちゃった。」

    妙な沈黙を破るように突然現れた影をうんざりと眺め、クザンは面倒くさそうに呟いた。

    「……一人でどうした、長っ鼻。麦わらはどうした。」
    「ルフィがミンゴを探すっつってどっか行っちまったんだが……あいつ一人で探せる訳ねェと思ってよ。おれもお前を探してたんだ。」
    「……あァ?ガキじゃねェんだ。別に一人で居てもどうってこたァねェだろ。」

    クザンの姿に一度たじろいだウソップは、その向こうに居るドフラミンゴに大きな声を上げる。
    その言い草に、違和感しか感じないドフラミンゴは不機嫌そうに言った。

    「あー、いや、まァ、この島、色々あるみてーなんだよ。お前の事情とか、直接聞いた訳じゃねェけどよ、まァ、知らなくもねーし。そんなようなアレで、お前、多分船に戻った方が良いぞ。」
    「……。」

    余りにも歯切れが悪い、要点を得ないその台詞でも、何となく言いたい事を察したドフラミンゴが、うんざりしたように額を撫でる。
    基本的に、"お節介"が過ぎるのだ。この船の連中は。

    「……やだ、愛されすぎじゃない?良かったな。」
    「うるせェな。ウゼェだけだろ。」
    「そう思うなら……あの、薄ら寒い取巻き連中連れて出てくりゃ良かったじゃないの。」

    クザンの言葉に、ドフラミンゴの動きが僅かに止まる。
    それを盗み見て、クザンはゆっくりと歩き出した。

    「フフフフッ……。取り巻きな。もう、要らねェだろ。」
    「……"どっち"がよ。」
    「……さァなァ。」

    大きな背中が、ゆっくりと遠ざかる。
    取り残されたドフラミンゴとウソップは、黙ったまま、その後ろ姿を眺めていた。

    ######

    「噂には聞いていたが、寒そうな島じゃのう……。こんな軽装で大丈夫か。」
    「……問題無いだろう。すぐに済む。」

    ゆっくりと進む船の甲板で、段々と冷えゆく空気にカクが呟いた。
    眼前に聳える"凍てつく島"は、世界政府加盟国にあるまじき"反逆"を起こした国家である。

    「しっかし、青雉がこの島に向かっているから見てこいとは……とんだ使いっぱしりじゃな。」
    「奴は7年前、世界貴族の保護と、"太陽の像"破壊の任務を受け、それを遂行したと報告していたが……それが真実とは限らん。世界貴族達もあの男の事を信用はしていなかったということだ。」

    天竜人達は、いともたやすく"神"の存在すら消してしまった。
    それを、永遠"無かった"事にするのが、自分達の仕事である。
    その世界の構造に、カクは小さくため息を吐いた。

    「像が本当に破壊されていなかったら、それをわしらが壊せば良いのか。住民共はまた反発するじゃろうな。」

    天竜人にすら牙を剥く程の、この島にとって重要な像。
    それを手に掛けるのは、意外と簡単ではないと思っていた。
    思わず呟いたカクの台詞に、ルッチの瞳が僅かに光を灯す。
    それを見て、心底この男が羨ましいとカクは思った。

    「何でも良いさ。正義など、ただの被り物。おれの振り下ろす鉄槌は……全て"正義"だ。」






    「天竜人を殺した報復で……この島は青雉に凍らされたのね……。確かに彼ならそれも可能だわ。」

    ゆらゆらと、咲いた腕が少年の担いでいたタンクからお湯を氷の上に注ぐ。
    また別の腕がピッケルで氷を削ったり、削り取った氷を掃いたりと、本人ののんびりした口調をよそにテキパキと動いていた。
    "男子達"は、ドフラミンゴを探すと行って、あっという間にどこかへ行ってしまったが、湖上に残ったロビンは少年と二人、太陽の像を取り出す作業を行っている。

    「……この像は、一体何なの。世界貴族に手を掛けるなんて……。」
    「詳しくは知らない。昔、この島の先祖達は"太陽の神"に救われて、この像を建てたらしいんだ。」
    「貴方はどうして、この像を取り出したら、この島がまた暖かくなると思ったの?」

    延々と、鎮まることの無かった眼球の中の灯火。
    それが一瞬、ゆっくりと成りを潜める瞬間を、ロビンは確かに捉えた。

    「……この前、こんな場所で子どもが生まれたんだ。それでおれ、思ったんだよ。おれ達が、居さえすれば、この島はまた繁栄する。気候は変わらないかも知れないけど、国は、人だ。きっとまた賑やかな島になる筈なんだ。その時に、シンボルがあった方が良いと思って。」

    あまりにも、幼稚で楽観的なその考えが、結局この世を明るく照らすという事を知っている。
    ロビンはその、前を向く少年に"そうね"とだけ呟いた。

    「……何だろう。騒がしいな。」

    その時、森の方で不穏なざわめきを感じた少年が声を漏らす。
    ゆっくりと、視線を上げた二人の瞳に、人集りと、大きな背中が見えた。

    ######

    「だから言ったんだ。人数が多いと目立つだろう。おれがこの島で何したのか知ってるよな?分かるか?気まずいんだよ。だから一人で行動したかったのに。」
    「フフフフッ。それは悪かった。別に良いだろ。全員殺せば。」
    「……物騒オブ物騒。おれ他人のフリしていい?」

    湖へ向かうと行ったクザンに、勝手についてきたドフラミンゴとウソップは、湖の入り口で武器を持った群衆とかち合った。
    どこに隠れていたのか、数十名の国民たちは、よく知った顔でクザンを見ている。

    「何をしに来た……青雉!!」
    「この島はもう政府と関わってはいない筈だぞ……!お前らが加盟国から除外したんだ……!!」

    むせ返るような怒りと憎悪。
    その無数の眼球に、ドフラミンゴは吐きそうな喉を誤魔化すようにくぐもった笑い声を上げた。

    「……オイオイ、被害者ぶるなよ。お前ら天竜人を殺害したのは事実じゃねェか。悪意なき暴力は許されるのか?そうじゃねェだろう。この世に、被害者なんざいねェんだよ。」

    「ド……ドンキホーテ・ドフラミンゴ……?!何故こんなところに……!」
    「"元"天竜人め……!!」

    ああ、懐かしい怒号と否定。
    結局、自分に"優しかった"のは、"そう"なるように仕向けた"奴ら"だけだった。

    「島から出ていけ……疫病神共……!!」

    「オイオイ待てよ!!お前ら敵うワケねーだろ!!」

    ギリギリと、弓を引く島民に、焦ったウソップが飛び出す。
    その背中に羨望の眼差しを向けたドフラミンゴの手のひらが、ゆっくりと上がった。

    「ミンゴ……!やめろって!おれ達に関係ねーだろ!!」

    突然冷えた、ドフラミンゴの気配にギョッとして、ウソップがその腕に縋り付く。
    "止める"、その行動の意味を理解できない気の毒な男の指先で、不穏に光を上げる細い糸が伸びた。

    (……このおれを、)

    受け入れなかった人間達と、この世の神々。
    夢の代わりに供給された、尽きることの無い"肯定"の形。
    その上で、あまりにも満たされていたこの男に、一人で生きる術は無いのだ。

    「フフフフッ……!おれを、肯定しろよゴミ共が……ッ!!」

    鋭く張った糸と、腹の底で蠢く黒い、黒い感情。
    この激情がある限り、あんな、"眩しい"生き物にはなれない。

    「おう!分かった!!」
    「……グゥッ?!?!?!」

    ウソップがドフラミンゴの腕を掴んだ瞬間、突然降ってきた"何か"がその背中に着地する。
    グキリ、と嫌な音がした首に、ドフラミンゴが低いうめき声を上げた。

    「なはははは!!お前、あれすんなこれすんなは言う癖に、して欲しい事は言わねーからよ!」
    「……ル、ルフィ?!」
    「あれ?青雉じゃん!!久しぶりだなー!!しししし!!」
    「……ハイハイ久しぶり。あれ、今日はボインなネーチャン連れてないの。」
    「ナミか??船に居るぞ!!」
    「はやく退け、麦わら。お前から殺すぞ……ッ!!!」

    ドフラミンゴの上でクザンに気が付いたルフィは、この場にそぐわぬ平和さで、人懐っこい笑顔を見せる。
    その瞬間、また別の"脅威"にクザンとドフラミンゴ、そしてルフィの瞳が大きく開いた。

    「余所見している暇があるのか。麦わらのルフィ……!」
    「ねーよ!!全然無ェ!!強くなったか?!"鳩の奴"!!!」

    目にも留まらぬ速さで動く衝撃に、ルフィの小柄な体が湖上まで吹き飛ばされる。
    それを追うように動いたのは、"豹"だった。

    「何このバトルマンガ感。オジサンついていけないんだけど。」
    「……完全に同意。」
    「おれは若輩だがついていこうとは思わねェ!!!」

    湖上で人間離れした戦闘を始めたルフィと"ロブ・ルッチ"を眺め、うんざりしたように呟いたドフラミンゴは、とりあえず湖上のロビンと少年に糸を掛け、手繰り寄せてあげる。

    「ワハハハ!もォー、滅茶苦茶じゃ。」
    「いーじゃねーか!ちょっとは遊んでけ!!」

    今度は森の中で次々と木々が倒れ、聞き慣れた楽しそうな声が響く。
    呆気にとられる島民達を置いてけぼりに、クザンは重々しいため息を吐いた。

    「……理解不能。」
    「おれもだぜ、クザン。」

    唐突に、戦場と化した凍てつく島に、ドフラミンゴはその麦わら帽子を眺めて瞳を閉じる。

    『おう!分かった!!』

    そうなるように、仕向けてはいないのに、"そう"なってしまった得体の知れない"眩しい"少年。
    今後彼は、自分を肯定してくれるらしい。

    "奴ら"にとって、"不要"になった"王様"を、拾い上げた小さな手のひら。
    それを、救いだと思うのは、"家族"が自分に抱いた幻影と同じだろうか。

    (……ああ。酷い事をする。)

    ######

    「……ッ!?これは……。"太陽の像"か……!!」

    湖上に戦場を移したルッチは、着地した足元に広がる石像を見下ろして、小さな声を上げた。
    未だ存在しているのなら、"壊せ"と命じられた"世界貴族"の小さな"負い目"。
    その像の意味するところなど、知る由もないルッチは無感情にその古びた像を眺めた。

    「オイオイ、兄ちゃん。そいつに触れるなよ。」

    氷の上で構えたルフィの脇を、ゆったりと通り過ぎた大きな影が、ルッチの眼前で止まり、口を開く。
    余りにも覇気のないそれを、肉食動物の眼球が、ギロリと真っ直ぐに見上げた。

    「……やはり、破壊していなかったのか。そんな事だろうと思っていたよ。……元大将青雉殿。」
    「悪いな。"約束"なんだ。」

    この世界で、一つ、二つと増え行く"約束"。
    自分の正義の"落とし前"を、一つずつ、拾い戻るような旅路だった。

    『この像は……残さなければならない……!奴らが隠した罪を……暴く誰かが現れるまで……!!』

    『約束してくれ……!おれは殺人の罪を償う為に死ぬ!!だが、この像だけは……壊さないでくれ!!』

    天竜人を殺害した男は、"オハラ"出身の考古学者だと言った。
    研究の為にオハラを出港し、この島に居着いたのだと。
    その男が、今際の際に放った一言を、無下に出来なかった自分の負けだ。

    「そろそろ氷が溶けて、出てきちまう頃だと思ってな。そうなれば、お前らはまたこの島にちょっかい掛けるだろ。だから、凍らせに来たんだ。」
    「ちょっと待てよ!!それはおれが取り出そうとしてるんだぞ!!」
    「落ち着いて……!危ないわよ!!!」

    クザンとルッチの間に、割り込んだ少年をロビンが必死に抱きとめる。
    その小さな存在に、クザンは困ったように瞳を細めた。

    「太陽の像があれば……!!この島はまた暖かくなるんだ!!お前の氷なんかすぐに溶ける!!この島は……生き返るんだ……!!」

    メソメソと、自分を憎み、後ろを向いて生きていると思っていた。
    次に昇る"太陽"に焼かれた瞳をクザンは覆う。

    「馬鹿だな。こんな石像無くても、生き返るよ。」

    その小さな少年の傍らで、呆れたように息を吐いた彼女も、クザンの"約束"の一つだった。
    おどけたように肩を竦ませ、ゆっくりと前へ向き直る。

    「"上"は、これを破壊しろと言っている。悪いがあんたの思惑は許可できんな。」
    「そう言われてもな。おれも、譲れないモンがあるんだ。」
    「……"正義"の話か?ならもうあんたは"そう"じゃないんだ。悠々自適に隠居生活でも送れば良い……!!」

    ルッチの足元で、踏まれた氷がバキリと砕けた。
    その瞬間、文字通り"消えた"その姿に、クザンの手のひらがゆっくりと上がる。

    『頂点に立つ者が善悪を塗り替える!!!今この場所こそ中立だ!!!』

    『正義は勝つって?!そりゃあそうだろう!! 勝者だけが正義だ!!!』

    心底、気の毒に見えるあの男を、羨ましく思うのは、"正義"の"見え方"。

    「おれは、"正義"が瓦解したと思っちまった。……だから、辞めたんだ。」
    「正義など……ただの被り物だ……!」

    パキパキと、クザンの足元で氷の欠片が蠢いた。
    迫る牙にその瞳が余りにも強い、光を放つ。

    「羨ましいよ。お前らが。」

    その瞬間、ルッチの心臓を捉えた手のひらを起点に、全ての風景が凍りつき、呼吸を止めた。
    後ろの観客たちが息を呑む音だけが響き、氷像となったルッチと、その先の凍りついた光景は、まるで絵画のように動かない。
    クザンの吐き出した白い息だけが動きを見せて、再び氷の中へと隠された"神様"は、まるで、それが在るべき姿だとでも言うように、沈黙したままだった。

    ######

    「ミンゴー!!ミンゴ!!お!!いたいた!!」
    「……何だよ。うるせェなァ。」
    「"かき氷"!!!はやくしねーと溶けちまうぞ!!!」

    凍てつく島を出港してから、僅か3時間。
    あっという間に気温が上昇し、今は茹だるような暑さの中だ。
    島の氷から作った飲水の美味さが、この船のコックの舌に引っかかり、溶かす前の氷の塊を少し貰ったらしい。
    今は甲板でその氷を使ったかき氷が振る舞われていた。

    『オーオー、派手にやられたようじゃ。始末書沙汰になるわい。』
    『た、多分まだ生きてるぞ!割れないように水で溶かすんだ!!』
    『ワハハ、こりゃァ屈辱じゃな!』

    凍ったルッチを抱え、あっという間に去ったカクを見届けて、クザンは何も言わずにその場を去った。
    再び氷の中に埋まった"太陽の像"を、島民達は掘り起こす事はしないらしい。

    『争うことになるのなら、それはもう無い方が良い。』

    そう言って、笑ったあの少年が、あの島の次の"太陽の神"だ。

    「暑いから甲板に出たく無い。」
    「ウンウン。そうだな。確かにソウダ。」
    「……なんだよ。気持ち悪ィ。」

    妙に芝居掛かった口調で言ったルフィに、ドフラミンゴが思い切り口角を下げる。
    その顔を物ともしない"船長"は、大きな声で笑い声を上げ、ドフラミンゴの膝の上に頭を乗せて寝転んだ。

    「"こうていしろ"って言ったじゃねーか!仲間がして欲しいと思ってる事はするぞ!おれは糸出せねーしな!航海術もねーし、嘘もつけねー!おれは助けて貰わないと海賊王になれねーんだ!」

    どうして、と、思うことにはもう飽きた。
    どうしてこの男が、自分を必要とするのかは、この男にしか分からない。
    ただ、仕組まずともそうなる、その感情を、裏切る事が出来ない自分にうんざりする事は減ってきた。

    ドフラミンゴはその、手の届く"太陽"を、大きな手のひらで一度撫でる。

    「お前、馬鹿だな。おれの頭の中も知らねェ癖に。」

    自分の後ろ暗い野望すら、抱えて立ち上がるその"太陽"に、眩む視界が覚束ない。
    ドフラミンゴはどこか苦しそうに呟いて、その額にそっと唇を押し当てた。
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    Replies from the creator

    recommended works

    kgkgjyujyu

    INFOマロ返信(03/26)
    ※禪院恵の野薔薇ちゃんについて
    このお話の野薔薇ちゃんは、禪院家の圧により高専には通わず、地元の高校に通っている設定なので、呪術師界隈のどす黒い風習や御三家の存在を知らぬまま、知らない男の嫁になりました。(恵との約束を思い出すのは暫く先です)

    最初の数ヶ月はおそらく死ぬほど暴れたし、離れからの脱走も何度も実行しておりましたが、離れの周りには恵が待機させた式神が野薔薇ちゃんの存在を感知した際に、即座に知らせる為、野薔薇ちゃんが離れから逃げられた試しはないです。
    なので、恵が訪ねてきても口はきかないし、おそらく目も合わせなかったとは思います。
    恵は、自分が愛を与え続けていれば、いずれは伝わるものと、思っている為、まったく動じません。

    ★幽閉〜1年くらいは
    恵に対する愛はない。けれど、野薔薇ちゃんが顔を合わせるのは恵だけなので、次第にどんどん諦めが生まれていきます。ちなみにRのやつは4年後なのでこの段階では身体に触れてすらいない。毎日、任務のない日は顔を見せて一緒に過ごす。最低限の会話もするし、寝る場所は一緒です。時間があるときは必ず野薔薇ちゃんの傍を離れません。


    2回目の春を迎えても、変わらない状況に野薔薇ちゃん 1202