肝試しに行ったら憧れの先輩とお清めセックスをすることになった話②時刻は21:00。大学のキャンパスのある市街地から車で約30分の郊外。参加メンバーのSUVでやってきたその廃墟は、遠目に見た瞬間から「ヤバイ」の一言に尽きた。
そこはかつてそれなりに繁盛していたが、数年前に突然廃業した元病院なのだという。建物の外観は、壁が崩れているとか蔦が生い茂っているとか、そこまで激しく朽ちている訳ではなく、むしろつい最近まで使用されていたもののように見えるのだが、纏う雰囲気が尋常ではなく「ヤバイ」。人の出入りもなくなって久しいというが、やけに生々しい空気が建物にまとわりついているようで、それがなんとも言えない不気味さを醸し出している。江晩吟は声にこそ出さなかったが、その類まれなる美貌の顔面を、「うげぇ」という正直な感情を抑えることなく思いっきりしかめていたのだが、どうやらこの場の空気の異常さを感じているのは江晩吟と、件の同級生だけであるようだ。ほかのメンバーは、「思ったよりもきれいじゃん」だの、「ちょっと雰囲気足りなかったかなー?」だの、「やだ―虫たくさん飛んでる~」だの、まったく周囲の空気の異様さには気が付いていないようだった。
こちらは先ほどから背筋に悪寒が走りっぱなしだ。同じように「ヤバさ」を感じている同級生は、顔色が真っ青を通り越してコピー用紙のように真っ白になっている。体も小刻みに震え、マナーモードで延々と止まない着信を受け続けるスマホの様な状態である。
「おい、そんなに怖いのならなぜここまで来たんだ?わざわざ人を巻き込んでまで」
そう、昼間の時点からの疑問を隣で震えて立ち尽くす彼女に投げかける。
「…だって、その…あの人がめっちゃ行く気満々だったから…」
そういう彼女の視線の先には、この肝試しの発起人の傍で楽し気にこの不気味な廃墟に纏わる噂話を披露している、そこそこに顔は良くてそこそこに背も高く、そして底抜けに明るくお人好しで良い奴のこれまた同学年の男子学生の姿があった。
「あいつが来るから?お前たち、そんなに仲が良かったのか?」
知らなかった、と思わぬ級友たちの交友関係に意外だと率直な感想をもらせば、なぜか彼女は何かもの言いたげな、信じられない珍獣でも見るかのような目で観察するようにじろじろと見てきたが、最終的に「江君と仲良くなりたい人は大変ね」と、意味の分からない感想と共に溜息をつかれて話は終わったのだった。
さて、肝試しに参加したのは江晩吟を含めて5人である。男子学生が3人に、女子学生が2人。そのうち江晩吟を含む4人は3年生で、1人の女子学生だけが2年生の後輩であり、発起人の恋人でもある。
肝試しでお約束の2人ペアで建物内を散策するには1人余りが出るし、そこまで大所帯というわけでもないので全員一緒に行動しようということになった。往時は電気が通っていた自動ドアは、当然のことながら人が接近したところで勝手に開く訳がない。
「思ったより建物綺麗だし、管理してるところが鍵かけてるかもね」
発起人がそう言いながら自動ドアに両手をかけ扉を左右に開くと、少しの抵抗を見せたがすんなりと入り口が開いてしまった。江晩吟と同級生の彼女には地獄の門が開いた様にも見えた。
「…開いたね。入ろうか」
発起人を先頭に、後輩、良い奴、女学生、そして江晩吟の順番でそろそろと入り口の扉から中へ入っていく。
最後尾の江晩吟が入り口をくぐった瞬間、後ろから何かに引っ張られるような感触がした。
ばっ!と振り向くが、そこには何もいない。
気にし過ぎたか、入り口付近に雑多に置かれたものが引っ掛かったのか。
「晩吟?何してんだよ、置いていくぞ?」
良い奴が呼びかける声に、「ああ、今行く」と軽く返事をして江晩吟は建物の中を進んでいく。
この時、ポケットの中で幼い頃から持ち歩いている音のならない鈴が、幽かに「ちりん」と鳴っていたのだが、結局気が付くことはなかった。