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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話、5の後半。

    『バッドエンドは投げ捨てた5-2』【気持ちがすれ違ってもヒロインのピンチには活躍②】




     無感情にドラッグを見つめ続ける羽鳥さんに、本性をあらわしたのだと分かる嫌味さを顔に滲ませて、工場長が近づいてくる。

    「ご興味がおありですか?」
    「興味は、まぁ、そうですね」

     羽鳥さんが素通りしなかったのは、あえてだと思って間違いない。私が一瞬迷った間に、羽鳥さんは相手に打たれた先手に乗ったのだ。

    「ああ、やはりですか。視察とはいえお忙しい大谷社長直々のお出ましでしょう? いくらシステム開発のためと言っても、何か目的がありそうだとは社長とも話していたんですよ。だって工場に来るカムフラージュの理由を作るために、わざわざ女性まで連れて。ねえ」
    「……」

     マトリである私のことも含めて罠を仕掛けられたのかと身構えたけれど、どうやらそういうことじゃないらしい。なら、これは危険ドラッグ取り扱いの経緯を知る好機だ。捜査権も逮捕権もない相手だと思っているからこそ、工場長も裏を見せることをしている。どんなに向こうが言い逃れするための口に自信があっても、姿も見せずに逃げ回る違法薬物取引の容疑者に比べれば、情報を聞き出すためのとっかかりは掴みやすい。

    「それで、大谷社長。本日は本当のところ、どのようなご用件でお見えになったんでしょう?」

     工場長の方の目的は粗方想像がつく。羽鳥さんが、〝この会社の秘密を暴きに来た〟側か、あるいは〝危険ドラッグ事業に参入する気があるか〟それを知ることだ。工場長の言い回しを聞くところ、特に後者に期待を寄せているように思える。
     羽鳥さんは私が出会った最近まで、『合法だよ』と自ら補足しないといけないくらい危なっかしいカジノのようなお店に出入りしていた人なのだ。
     先ほどの工場長の口ぶりから、社長と工場長は協力関係にあると考えて良い。だとすれば、羽鳥さんの大学の先輩である社長が、グレーに近い行動を臆さず行う羽鳥さんの気質を知っていて彼を引き込もうとしていてもおかしくはない。
     羽鳥さんが味方になったとき、こんなにも周囲にとって厄介で……いや身内にとっても厄介なんだけれど、とにかく心強い人は他にいない。羽鳥さんのことを喉から手が出るほど欲しい人材だと思う人は、世の中にたくさん居るのだろうと思う。
     だとしても、マトリとしてどんなにスムーズな捜査を望むと言っても、羽鳥さんに危険ドラッグ事業の内部に潜り込んでもらうようなことはさせられない。

    (どうする)

     選択肢を探す私の横で羽鳥さんが工場長の問いかけに返したのは、立場をどちらとも言わない、羽鳥さんらしい回答だった。

    「本当のところの目的も何も。製造ラインのシステム刷新という名目で、社長が俺にさせようとしていることを自分の目で確認しに来ただけですよ」
    「その内容はご存じではないのですか?」
    「いえ? 前に社長から、『製造数に誤って差異が出た場合の修正作業を、もう少し手間がかからないようにできないか』と言われたことがあるんですよね。その時、この人、人の目から隠れて何を作ろうとしているのかと思いまして。それで工場に置いてあるものがコレとなれば。まあ、だいたい想像はついたかな」
    「……本当に、知らずにうちに来たと?」
    「少なくとも、この工場で何をしているのかは」
    「分かりました」

     羽鳥さんを引き込むために、背に腹は変えられないということなのか。「では、せっかく興味がおありとのことなので」と自ら語り出そうとする工場長に対して覚えた驚きは、どうにか顔に出さずに留めた。羽鳥さんも表情ひとつ変えないで工場長の話を待つ。

    「輸入した規制外のドラッグ……いわゆる脱法ハーブですけどね、それを、国内向けにパッケージを変えて販売する事業の準備を整えているんです。それで、大谷さんも協力しませんかとお誘いするために、失礼ながらちょっと試させて頂いた次第です」
    「もし俺が邪魔する側なら、無理矢理内側に引き込んで脅しでもするつもりだったということですか?」
    「いえいえ、そのようなことは。まあ大谷さんがこの事業に前向きな意見をお持ちだというなら願ったり叶ったりですが。その逆でも規制外の脱法ドラッグは合法ですから、何も責められることはしていないですし、断られるならそれまでの話ですね」

     心の底からそう思っている。そんな自信ありげな工場長の口上にじわりと不快感が生まれる。
     彼らの考えではそういうことなのだ。脱法は、つまり合法だと。

    「なら、どうして密造まがいのシステムを俺に発注しようとしているんですか? 自信があるなら堂々としていれば良いのに」
    「まあ今のところは世間体もありますからね。工場の一般職員に知られて無闇に情報が拡散されても厄介ですし、知られないなら、知られない方がベターというスタンスです。だから私と社長と、あと理解のある数名の社員だけで輸入品の代理販売として、日本向け製品として適正に流通させる。そういう弊社の別ブランドを密かに立ち上げよう、ということです」
    「その売上がどこに行くのかだとか、別会社を興すなら医薬品の扱いはどうするのかだとか、初めからずいぶん足元を掬われそうな話に聞こえますが。リスクを冒してまでその事業に手を出す理由は?」
    「シンプルな話です。私と社長がハーブの愛用家です」

     手には汗が滲む。

    「なるほど、シンプルですね」

     使用について言及されても、規制対象でない以上は自己責任の範疇に収められてしまう。法律上、今はこちらには攻める手はない。それが脱法ドラッグだ。
     捕まらないし、誰も事業を止める権利がないと自信があるためか。はたまたドラッグ使用による高揚か、工場長はやけに饒舌に裏事業の展望を語る。

    「俺と社長はね、国もある程度の製品につてはさっさと合法だと認めるべきだって思っているんですよ。大麻由来のものなんて特にね。国内向けに流通が広がれば広がるほど、完全な規制は難しくなる。今は海外事例の後押しも増えて来ていますし、そうなれば、国内の方針もいずれは方向を変えるしかなくなると思うんですよね」
    (……っ)

     思わず歯を食いしばってしまいそうになった表情を何とか堪えた。
     今は我慢。我慢だ。
     言いたいことはたくさんある。大声で反論したいことが山ほどある。でもこの人達の目的を全部聞くまでは……東京に戻って捜査企画課の皆に報告して、関さんに次の判断を仰ぐまでは、私は何も知らずに巻き込まれた、不運な女子職員を演じ切らないといけないのだ。
     今は羽鳥さんに頼ることしかできないことが歯痒い。でも、迂闊なことをして、もっと役立たずになってはいけない。

    「だいたいね、現状の国の規制方法も馬鹿みたいだなって思うんですよね、私は」
    「馬鹿みたい、ですか。つまり?」
    「だって、国が合成内容を指定薬物として取り締まってくれるお陰で、更に巧妙で効果の強いドラッグが開発され続けているのは周知の事実でしょう? これをどうして対策の失敗と受け止めないんでしょうね。自分達の規制のせいでドラッグをより得体の知れないものにして、取り締まることを難しくしている。そのお陰で今、脱法ハーブをはじめとした商品がこれだけ出回っているとしたら?」
    「なるほどね」
    「ええ、ドラッグを黙認しているのと同じ意味だと思いませんか? 本当に本末転倒ですよね。なら最初から法律ごと変えちゃえば良いのにね。あはは」
    「それで、あなた方はさらにドラッグを流通させて追い討ちをかけて行こう、と」
    「先程も言いましたが、国外の追い風で近年では国内でのハーブ需要も高まって来ている。時代を見れば規制自体が徒労でしかないと思うんですよ。分かりきっているのに規制をやめない。当然、ドラッグは無くならない。堂々巡り。よく言うじゃないですか、薬物取り締まりはイタチごっこって。お国の取り締まりもごっこ遊びみたいなものですよ!」
    「……」

     思わず唇を噛み締めそうになって、我慢し切れない気持ちをどうにか押し込めようとして、少しだけ羽鳥さんに近寄る。羽鳥さんはそのまま、後ろ手で誘うように、広い背に私を隠してくれた。
     感情を顔に出すことは堪えたはずなのに、守られた途端に、自分の心が少しだけ弱くなるのが分かる。未熟で、情けなくて、そう思うといっそう何かに頼っていないと声を上げてしまいそうだった。手を握り締めたら工場長に何かを悟られてしまうから、ごまかすように、羽鳥さんのジャケットの裾を掴んだ。

    「おや、どうかされましたか?」
    「すみません、彼女、本当に何も知らずに俺が連れて来たから。知らない世界の話が恐かったみたいで」
    「悪い人ですね。そうやって恐がる女の子を楽しみながら、だんだん貴方好みの世界に染めて行くわけだ」
    「いえ、恐がらせるつもりはなかったんですけどね。俺は」
    「はは、それはすみません。……で、いかがでしょう? 将来的には存外良い商売になっていくと思うんですよね。うちの社長は大谷さんが話に乗るんじゃないかと思って、もともと知られても構わないつもりで貴方に仕事の声をかけたと思うんです。かと言って断られても別の会社にシステム構築を依頼するだけですから、うちとしてはどうとでも。何ならお返事はそこにあるハーブを試して頂いてからでも良いですよ」

     羽鳥さんが振り返らずに、すぐ後ろに居る私の手を握る。『どうする?』と聞かれていると分かって、その背中に擦り寄るように額をつけて、工場長からは見えないように小さく頷いた。
     ハーブの中身が本当に私達が追っていたものと同一のものなら、工場長の言う通り今のところは規制外だ。それに万が一違法成分が含有されていても、事前に捜査上の押収許可を得ている。受け取っても大事にならない算段は立ててある。

    「なら、お言葉に甘えて、ひとつ頂いて帰っても?」
    「あれ、もう帰られますか?」
    「ええ、工場内も十分見ましたし、すみませんが彼女も体調が悪そうなので。仕事の件は……事業のことも含めて、後日社長に返答します」

     羽鳥さんに肩を抱き寄せられるまま、今来た通路を戻るために踵を返す。演技か本気か、「大丈夫?」と声をかけてくれる羽鳥さんに今は俯いたまま、どうにかボロを出さないように、恐がる女性のふりをして隣を歩くことしかできなかった。
     足早に進む羽鳥さんと私を、工場長が見送りに追って来る。敷地内で待機してもらっていたタクシーに乗り込むと、窓越しに工場長が念を押した。

    「大谷さん、事業の話、どうぞご検討下さい」
    「ええ、分かりました」
    「ぜひ前向きに」
    「ええ。そうですね、前向きに」

     走り出すタクシーの中で羽鳥さんが見せたわざとらしい程の笑顔に、工場長が一瞬、訝しげな目を向ける。一歩車を追うようにしたまま置き去りにされた工場長が、バックミラーの中で小さくなっていく。
     私はようやく、噛み締めていた唇を解いた。

    「……すみませんでした」
    「どうして謝るの?」
    「仕事の、邪魔をしてしまうところでした」

     私の動揺が工場長に気づかれなくて本当に良かった。タクシーの運転手さんが居る車内で、はっきりとは言えない言葉を暗に伝える。羽鳥さんはそれに対して、慰めも、叱責も、からかうこともせずに、フロントガラスから見える道を見つめていた。

    「どうかな。どちらかというと俺の方が邪魔をしそうだった気がするけど」
    「え?」
    「とにかく、ここまでは最初から俺の仕事、そういう手はずだったよね」
    「……はい」
    「それで、ここからは、玲ちゃんの仕事。でしょ?」

     落ち込んでいる場合じゃないよね?
     そんなふうに言ってもらったような気がして、私はもう一度「はい」と強く返事をした。
     頭が冷静になって、自分の目に力が戻るのを自覚する。
     羽鳥さんが掴んでくれた情報。
     羽鳥さんのお陰で押収できた危険ドラッグの現物。
     そしてこの先は……羽鳥さんの言う通り、私の、マトリの仕事だ。




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