しゅるるる……と軽い音を立て、細い釣り糸が広い海に向かってぐんぐん伸びる。寂雷は狙ったポイントに仕掛けが着水したのを確認し、糸の弛みを巻き取ってから竿立てに竿を置いた。
夕陽を反射しオレンジ色に染まる海面にポツンと浮かぶ蛍光グリーンのウキを眺めながら、すっかり軽くなってしまった水筒の、最後の一口を飲み干す。喉を通った麦茶のぬるさにじとりと背中の汗ばみを感じたところに、向きの変わった潮風が嗅ぎ慣れた煙草の臭いを運んできた。
「よお、センセー」
隣に用意していたもう一つの折りたたみ椅子に、左馬刻がどかりと腰を下ろす。これで良かったか、と差し出されたのは、びっしりと水滴の浮いた青いラベルのペットボトル。ありがとう、とお礼を言いキャップを開けて口をつければ、冷たいスポーツドリンクが体に染み渡る。
「……はぁ、生き返るようだ。助かったよ、左馬刻くん」
「ったく、確かにハマに来んなら連絡くれっつったけどよ。まさかパシられるとは思ってなかったわ……って、先生」
言葉を切った左馬刻が、ピクピクと不規則に動いている竿の先を指差す。寂雷がタイミングを合わせて竿を持ち上げると、糸に引っ張られて大きくしなった。キュルキュルとリールを巻く音と共に、ナイロンの釣り糸が少しずつ少しずつ近づいてくる。小さく唾を飲んだ左馬刻が長柄の網(タモ)を手に取り、海面の近くに構えた。寂雷が釣り上げた魚を、左馬刻が上手くキャッチする。
「中々形のいい鯵だね」
ぴちぴちと跳ねる魚の口にかかった針を外しながら、寂雷が満足そうに笑った。手際よくクーラーボックスに入れて、左馬刻の方に向き直る。
「さて、スポーツドリンクのお礼だけど……台所を貸してもらえれば、新鮮な鯵を振る舞うよ」
「この俺様が、それだけで満足すると思ってんのかよ?」
予想通りの返答にくすくすと笑い出した寂雷の頭を引き寄せ、その唇に左馬刻が食らいついた。ざばん、と防波堤を叩く波の音を合図にそっと離れ、寂雷が艶っぽく微笑む。
「美味しく、食べてね?」
「……不味かったことなんて、一度もねえだろ」
夕陽はいつの間にか水平線の下に沈み、静かに輝きを強めていく月光が、柔らかく二人を照らす。
――ヨコハマの夜は、まだ始まったばかり。