祝い事『――つまり、少年は既に誕生日を迎えているということだろうか?』
ダアトを疾走中のナホビノの脳裏に半身の声が届く。どことなく、戸惑っているような声音で。
ナホビノにとっては些細な会話であった。
『18年間生きてきた中で一番ハラハラしたよ』
悪魔との交渉に失敗しかけた感想を述べただけである。それに対するアオガミの反応が冒頭の疑問だ。
「アオガミ、俺の生年月日って知らされてないの?」
己の個人情報は既に筒抜けだと思い込んでいたナホビノが逆に問いかけると、躊躇った後に、アオガミが頷く気配をナホビノは感じるのであった。
『少年の所有物から、君が高等学校の三年生であることは推測していた。だが、君の個人情報は私には知らされていない。私も、君の許諾無しに君を知る事はしたくない』
「……そっか」
律儀とも云えるが、改めてアオガミが己の意思を尊重してくれている事実にナホビノは頬を緩ませる。一方、アオガミの声は未だに沈んでいる。どうしたのかとナホビノが改めて問いかけると、再び間を開けてからアオガミはゆっくりと応えるのであった。
『君の誕生日を祝うことが出来ない』
約一年待つ必要がある、と続けたアオガミに対してナホビノは思わず足を止めた。
「俺の誕生日、祝ってくれるの?」
舞い上がる砂塵の中、アオガミは今までとは異なり即座に応じる。
『当然だ。私は、君の生誕を祝いたいと思う』
「――!」
反射的にナホビノは己の胸元を握りしめていた。
アオガミからの希望。アオガミの自主的な願望。それが、己の誕生日を祝いたいというもの。ナホビノが――知恵の少年が感極まってしまうのもまた、当然であるのだ。
「アオガミ、東京に戻ったらケーキを買って帰ろう」
ナホビノに体調不良が起きたのではないかと心配するアオガミの声に被さるように、ナホビノは再び駆け出しながら半身へと提案をした。
『ケーキ?君が食べたいならば……』
「そうじゃなくてさ。過ぎちゃったけど、改めて俺の18歳の誕生日と」
砂塵の大地を蹴り上げ、ナホビノの青色の影が廃墟と化した東京の街へと落下していく。
「俺達が出逢えた事を祝おうよ!」
急激な下降により、ナホビノの耳を覆うのは風の音である。月齢を告げる音も、悪魔達の声も、何も聞こえない。その中でもはっきりと、ナホビノの脳裏に響いたのは。
『ありがとう』
生命からの、暖かな一言であった。