愛の詩「悪くはないんだけど、他の詩に比べるとまだイマイチだねぇ」
長い爪で器用に掴んだ紙を少年に返しつつ、ランダはやれやれと溜息を吐き出した。仲魔になった際、ナホビノの――目前で僅かに頬を膨らませている少年の詩にイマイチという評価を付けたのは己である。それがまさか、彼の創作意欲を焚き付けてしまうとはと。
「どこが悪いんだよ」
「悪くはないよ。アタシには響かないってだけで」
「それが納得いかないんだ」
休憩として立ち寄った廃ビルの一角。その室内に残されていた白紙のノートに再び視線を落とし、同じく拾った鉛筆の消しゴム部分を額に当てながら少年は再び唸り始める。
ランダが少年に提示したお題は三つある。戦い、日常、そして愛。その内、前者の二つはランダにも響くものがある詩であった。技量的な判断はランダには出来ないが、包み隠さず伝わってくる人間の感情が綴られていた。けれども、愛に関しては違ったのである。
二つの詩とは異なり、明らかに包み隠された情熱。
紐解いていくのも楽しみの一つであるが、ランダの趣味ではない。ただそれだけなのであるが。
「うー……」
どうやら、少年は愛だけが評価されないのが悔しい様子で。
若いねぇと思いつつ、ランダは真剣に悩む少年の姿を眺めるのであった。
「ランダ、私も詩を作ってみた」
次はどんな手法を使ってくるのか、と楽しみになりつつあるランダに声を掛けてきたのは彼女にとって予想外の相手であった。少年の隣に座り、半身の奮闘を静かに応援していたアオガミである。
「いいねぇ。神造魔人の綴った詩、是非とも聞かせておくれ」
驚きでアオガミを見上げる少年を一切気にせずにランダが急かすと、アオガミは小さく頷き詩を詠み始めた。
「私は、本になりたいと思う時がある」
(本?)
詩のテーマを聞きそびれたと思い至るランダであったが、彼女の疑問は直ぐに解消するのであった。
「君が見つめ、君が指先で触れる。液晶でも、紙でも。君の世界を少しでも満たす本が羨ましい。だから、私も本になりたいと思う時がある」
ランダの評価に技量的な裁定はない。
彼女は己の趣味で少年の詩を判断していたのだから。故に、ランダは爪先を交えながら拍手を送るのであった。
「いいねぇ!アタシ、アオガミの詩はお気に入りだ」
「そう、だろうか?正直、詩と呼称するには烏滸がましいとも思えるのだが……」
「技法はまた別さ。ほら、隣の坊やを見てごらん」
上機嫌の悪魔の意図が分からず、素直に横を振り返るアオガミ。そこに居るのは勿論少年だ。ただし、開いたノートで顔を隠しているし、隠しきれていない白色の耳は真っ赤に染まっているのだが。
「……アオガミ」
アオガミは少年の健康管理にも気を配っている。だからこそ、分かる。彼の耳が赤いのは、決して体調不良によるものではないと。
「ランダじゃなくて、俺に向けて言ってよ」
ノートから覗いた赤く染まっている頬の意味も、今のアオガミには分かるのだ。
「ならば、少年。私は君にも同じ事を望む」
「え?」
「私に向けて、君の言葉を綴って欲しい」
白銀の指先が、少年の頬に触れる。
向けられる黄金の双眸には切実さが確かにあり、違わずに半身の気持ちを受け取った少年は、黙って首を縦に振るしか出来なかったのであった。
「アンタ達、よく平然と見張りを続けられるねぇ」
少年がアオガミの名を呼んだ時点で彼らの傍を離れ、窓際で警備を担当している仲魔達の元へと辿り着いたランダが呟く。ジャックフロストにアリス、そしてヨシツネは視線を混じり合わせるとそうでもないと異口同音に答えるのであった。
「アオガミが素直になったのって最近だもの」
「そうだホ」
「なので、我々は邪魔をしないようにするのです」
「随分と契約者思いなこと」
そうでもない、と今度は同時に答える同僚達を前にして、ランダは一つだけ残念だと考える。
(愛以外のテーマも考えておかないと、アタシの楽しみが減ってしまう)
少年にどんなテーマを提示すれば楽しい時間が過ごせるだろうかと、ダアトの砂塵を見下ろしながら、ランダは爪を鳴らすのであった。