幸せの温度「でっかいなぁ」
知ってたけど、という少年の朗らかな声が室内に響いた。
「大きいだろうか?」
「絶対に大きいよ。俺の二倍は太い。計ったことないし、今まで興味がなかったから平均値とかは知らなけど、絶対に大きい。オーダーメイドとかしないと入らないかも」
「それは、困る。君の手を煩わせてしまう」
「ごめん、ちょっと大げさだった。大きいけど、ネット通販とかも調べたらきっと見つかるよ」
「そうか。ならば、良いが」
「大丈夫だって」
少年の負担になるのではないか、と黄金の双眸を伏せるアオガミに向けて少年は笑いかける。にぎにぎと、アオガミの左手薬指を握りながら。
発端は、ふとしたきっかけであった。
ダアトにて金策として遺物を探している最中、偶然見つけたのは指輪であった。内側には二つのアルファベットが記載されており、慎ましく飾られた石がきらりとナホビノの掌の上で光った。
目的の品をナホビノは発見した。けれども、ギュスターブの元へ運ぶれることはなかった。ナホビノは指輪を元の場所に戻し、両手を合わせたのである。
続いて同日、寮へと帰る途中にふと少年の目に入ったのは小さな雑貨店だ。普段は目に留めない店のウィンドウに飾られていたのは、幾つかのアクセサリー。きらきらと輝く光の中で、特に目に留まったのは何点かの指輪であった。
『……いいなぁ』
――指輪を元の場所に戻した理由。
人の世が終わり、砂塵に満ちた世界でも残り続けた『愛の証』。
アルファベット二文字しか知らない、誰かと誰か。
自分が手にして良いとナホビノは思えなかった。そして、同時に羨ましかったのである。自分達にも欲しいと。
その為、少年はアオガミの指のサイズを計っていた。しかし、少年は今まで指輪に興味はなかった為、スマートフォンで検索した方法を試した。結果、紐を使った方法で簡易的に計り終えた後、少年はアオガミの指を実際に握ってみたのである。
「こんなに大きい」
アオガミの薬指に絡ませて作った己の指の輪。その穴越しにアオガミを緑灰色の瞳で見つめながら、少年はくすくすと笑う。今まで知らなかったアオガミの情報を知れて、彼は有頂天になっていた。
――故に、少年は気付かなかった。
(私は、自身の指のサイズを把握している)
アオガミは神造魔人であり、自身に関する情報はデータとして把握している。少年が指のサイズを計りたいと申し出た段階で、アオガミは正確な数値を答える事が可能だった。
けれども、アオガミには出来なかった。
(少年との触れ合いの機会を失いたくなかった)
非合理的な判断。アオガミは少年が望む答えを口にできなかった己に戸惑いを頂きながら、少年が先ほどまで握っていた己の左手の薬指に触れた。
他の指とは全く違う温度が、確かにそこにある。
「アオガミ、アオガミはどういう指輪が良い?」
指のサイズのはかり方のページを消し、少年はスマートフォンで全く異なるページを開いていた。半身に問いかけつつ、少年はベッドに座るアオガミに寄り添う。
「そうだな。私は――」
――少年に似合うのはどういったデザインだろうか?
指と片腕に少年の体温を感じつつ、アオガミはスマートフォンに視線を向ける。
その口元が僅かにほころんでいることに、自身でも気付かぬままで。