甘いモノ「アオガミ、本当に良いの?」
「ああ」
一切の躊躇いなく、首を縦に振る半身。
これ以上の問答は"譲って"くれたアオガミに対して失礼だと、少年は目前に配膳されたケーキにフォークを通すのであった。
人員不足の為、身の安全の為、職務の為。複数の理由が重なり、医科学研究所を住居としているベテル日本支部の職員達。殆ど外出が出来ない彼らを気遣ってか、研究員が誕生日を迎えると長官の越水ハヤオが誕生日用のホールケーキを用意てくれるのだという。自分達の上司の知らぬ一面を聞かされつつ、少年とアオガミはカットされたショートケーキを受け取っていた。
切り分け担当者は几帳面な人だったのであろう。少年には二切れの大きさは均等に見えた。上部に鎮座するチョコレートの飾り以外は。
僅かながら、少年の右手方向に置かれたケーキのチョコレートの方が大きい。非常に些細な違いである。
少年はそちらをアオガミに食べて欲しいと思った。けれども、それは彼の半身も同じだったようで。
「少年、君はこちらを」
そして、少年よりアオガミの行動が速かった。アオガミは少年が視線を向けていた皿を手に取り、彼の目前に配置したのである。
「でも」
「微々たる差だ。ならば、私は君に食して欲しいと思う」
反論をしようとした少年であったが、アオガミが口にした内容は少年が考えていたものと全て一致する。だからこそアオガミに、と続けたい少年であったが、彼はその言葉を飲み込んで改めて半身へと問いかけた。
そして、アオガミからの返答は――冒頭の寸分の隙もない肯定。
アオガミへ譲りたかった気持ちは燻りつつ、同時に彼からの気遣いに喜びを感じながら少年はケーキを口に運ぶ。
甘さは控えめの生クリームと、ふわふわの生地に挟まれたカスタードクリーム。
「甘い」
「うん、甘いね」
「美味しい……のだと、思う」
「俺も」
同じサイズのフォークを持っている筈なのに、アオガミが持つと小さく見える不思議な光景を眺めつつ、彼らはあっという間にケーキを完食してしまうのであった。
「美味しかった!これ、お皿とかどうすればいいかな」
「食堂に運べば問題無いと推測する」
「了解」
「……少年」
食器の片付けをしようと立ち上がろうとした少年であったが、アオガミに呼びかけられて彼は宙に浮かした腰を再び椅子へと下ろす。どうしたの、と少年が問いかけるのと、アオガミの指先が少年の頬へと伸びるのは同時であり。
「生クリームが頬に付着していた」
そう言いながら、少年の頬を拭った指先をアオガミが舐め取るのは僅か数秒の出来事であった。
「!?」
「……ああ、そうか。少年、すまない。行儀が悪いことをしてしまった」
驚きで緑灰色の瞳を見開く少年の反応を見て謝罪を告げるアオガミであったが、その声音には一切の変動がない。
「だが、これで均等という事にして貰えないだろうか」
――君に気負わせるのは本望ではない。
あっさりと少年が抱いていた本心を言い当て、アオガミは僅かに目元を緩ませるのであった。
「アオガミ」
「なんだろうか」
「俺の負けです」
「負け?私達は何か勝負をしていただろうか?」
「そこも含めて、負けだ……!」
両手で顔を覆ってしまう少年の姿を見て、己は彼に不快な思いをさせてしまったのではないかと訝しむアオガミであったが、彼の手で隠し切れていない両耳は赤く染まっていた。今のアオガミにはその意味が理解出来る。
「そうか。ならば、良かった。君の喜びが、私にとって何よりの幸福だ」
そういうところだよ!という、少年の叫び声がベテル日本支部の一室にて響き渡るのであった。