ゼロ距離告白『命の恩人を床に寝かせられない』
寝床は不要と繰り返すアオガミの意見を押し切ったのは、他ならぬ少年自身であり。
彼は、過去の己に恨みを向けていた。
「俺、アオガミが好きだよ」
今まで読んできた数多の物語達。あらゆるパターンで描かれていた告白のシチュエーションとしては、きっと下から数えた方が早い状況。小さな台所で洗った食器を布巾を持ったアオガミへと渡しながら、少年はぽろっと漏らしてしまったのだ。己の大切な心を。
「そうか」
皿を受け取りつつ、静かに頷くアオガミ。
――それで、全てが終わりだ。
何事もなかったかのように片付けを終え、いつものように少年は共同浴場で湯浴みをし、普段と変わらぬ就寝前の読書をし、昨日と同じくふたりは一つのベッドに身を横たえた。
昨夜と全く同じ状態で、全く異なる状態。
(今すぐ外に飛び出したい)
しかし己がそれを実行しようとすれば、隣に横たわるアオガミに制止させると少年はわかりきっていた。
アオガミは「そうか」と応じた。少年の声は確実に聞こえていた。その上での、たった一言。
(アオガミ、嘘とか言えなさそうだし)
――きっと、そういうことなのだろう。
なんで自分は余計なことを言ってしまったのかと、少年は唇を噛みしめる。鼻の奥がツンと痛み、目元が熱を帯びる。
せめてトイレでやり過ごそうと、少年が起き上がろうとした瞬間であった。
「少年」
直ぐ傍から聞こえてくる、静かな声。
口を開けば嗚咽が漏れてしまいそうなのにと、寝たふりをしようとした少年であったが、ぎゅっと強く瞑った瞼の向こうに見慣れた赤色を彼は感知するのであった。
「……可能な限り、適切な言葉を探した」
アオガミの体躯を巡る命の輝き。半身の胸元に抱き寄せられたことで、少年の瞼の直ぐ傍にある"鼓動"の色。
「しかし、君へ返す言葉として的確なものはひとつも見つからなかった」
すまない、と続けるアオガミの言葉は酷く小さく。
同時に、瞼越しに少年の瞳へと届く赤色が強く発光した。
「……アオガミ」
自分の声が震えていることを少年は理解してる。けれども、それは先ほどまでの後悔や悲しみに由来するものではない。
「十分だよ」
人間に近しい姿をしてはいるが、決して人間ではないアオガミ。
けれども、己を抱きしめる腕の力。微かに変わった輝きの色。それだけで、少年には十分であった。
「でも、もう少し早く言って欲しかったな」
「……すまない」
「だから、俺からのお願い」
アオガミの胸元から僅かに身を離し、少年は半身の右手を掴む。
「アオガミも」
己に差し伸ばされた白銀の手。その手を己の――鼓動が高鳴る自身の心臓の上へと乗せ、先ほどまで恨んでいた二文字を紡ぐ。
「好き」
――俺にも、言って。
暗闇でもハッキリと見える黄金の双眸が見開かれ、朗らかに微笑みながらも目元から涙を零す少年の姿が映り込む。
「少年―――」
そして、神造魔人の口から紡がれた二文字は。
少年の躰にのみ、染み渡るのであった。