【ヴェラン】輝きを閉じ込める 翌日が休みの日は、ランスロットと同じ夜を過ごす――そんな約束を交わしたわけじゃないけど、お互いが言い出すまでもなく、どちらかの家に向かう。って言っても、殆どは俺の家。
だってランちゃんの家は、いつも変わらず散らかっているからな〜。片付けに行きたいけど、式典の準備が忙しい今はあまり時間が取れなくて、行けないんだ。空いた時間は、ついランちゃんと過ごす為に使ってしまう。一緒に過ごす時間を無理くり作ってるからさ! 貴重な時間はイチャイチャしたいぜ〜。というワケで片付けはまた今度!
今夜もランちゃんの家には向かわず、足は俺の家へ向かっていた。
すっかり日が暮れ、空は満天の星。空気が澄んでいる季節は、星が瞬いて見える。
「今夜も星が綺麗だな」
俺が見上げると、ランちゃんもつられたように星空を見上げる。
「おっ、ランちゃん星〜!」
「ふふっ、懐かしいな」
子供の頃、いちばん輝いてる星に「ランちゃん星」と名付けていた。
「あれは天狼星って名前があるよ」
ランちゃんがそう教えてくれたけど、構わなかった。だって数多ある星の中でいちばん輝いてるなんて、俺にとってはたくさんの人の中でいちばん輝いてるランちゃんみたいなものだったから。
帰路の途中、いつものように城下の市場へ立ち寄った。お互いの家へ向かう前には必ず寄るんだ。
夕飯のメニューを相談しながら一緒に買い物するのって、すげえ幸せだよな!
「ヴェイン、今年は大根が豊作らしいぞ」
野菜売り場の積み上げられた大根を前に、ランちゃんが振り返る。なんだか嬉しそうだ。
知り合いのじいちゃんも、今年は大根の出来がいいって言ってたな。
「お〜、葉っぱも元気でウマそー! 今夜はハンバーグにして、おろして添えるか? それとも煮物とか?」
一本手に取ると、ずっしり重みがある。まっすぐに伸びたキレイな大根。
「今の気分はハンバーグかな。ヴェインの作るハンバーグも世界一ウマいからな〜」
「褒めてもなんも出ないぜ〜……プリンも作るか!」
「あはは、やった!」
素直に喜んで、笑顔を浮かべるランちゃんが、可愛らしかった。
今夜のランちゃんは、機嫌が良い。もちろん、ランちゃんが不機嫌な時なんて、殆どないんだけど。
自惚れていいなら、俺との時間を楽しみにしてくれてる顔だ。
「……ヘヘっ、新鮮な玉子を買って帰ろうぜー!」
「おー!」
大根や玉子、ひき肉やプリンに添えるフルーツを手に取って、会計を済ませた。
「いつもありがとう、ヴェインちゃん。これはオマケだよ。ふたりでお食べ」
馴染みのばあちゃんが紙袋にリンゴをふたつ入れてくれる。
ランちゃんは遠慮を口にするけど、俺は喜んで受け取った。ばあちゃん達は騎士である俺たちに、こうやって感謝の気持ちを伝えてくれてるんだぜ!
「ありがとうな! また買いにくるぜ〜!」
「ヴェインちゃんの元気な顔を見るのが生きがいだからねえ。ランスロット様とまた来ておくれ」
「おう!」
「ありがとうございます」
ばあちゃんは、にっこり微笑むランちゃんを見て、薄く頬を染めた。
きっと寿命が延びたと思う!
帰宅すると、愛猫が玄関で出迎えてくれる。
「ムート〜! いい子にしてたか?」
ランちゃんが抱き上げて、頬ずりをすると、ムートはゴロゴロと大きな音で喉を鳴らした。うんうん、ムートもランちゃんが大好きだよな!
城に連れて行くことも多い愛猫だけど、寒い季節はあまり家を出たがらない。だから今日も留守番だった。
リビングのソファーの上には、ムートが寝ていた形跡がある。置いていったブランケットをちゃんと使ってくれたらしい。
暖炉に火を入れ、キッチンに向かうとランちゃんもついて来て、どうやら手伝う気満々だ。
「冷たいな〜」
水で手を洗い、肩を震わせている。暖まった部屋でのんびり待っていてくれてもいいのに、ランちゃんは必ずキッチンについて来るんだ。
これも自惚れていいなら、少しでも一緒の時間を過ごしたいって思ってくれてるんだよな。
ランちゃんにはのんびり休んでいて欲しいと思うけど、正直、俺も一緒にキッチンに立てるのは嬉しい。
ランちゃんと同じ気持ちだ。
「さて、ヴェイン。俺は何を手伝えばいい?」
青いエプロンのリボンを後ろ手に縛りながら、見つめてくる。ワクワクを抑えきれない、楽しげな瞳が可愛すぎるんだけど!
料理は得意じゃないランちゃん。でも、俺と一緒にキッチンへ立つのは「楽しい」って思ってくれてる。
俺と一緒ならなんだって。
可愛くて、愛しくて、ついその薄い唇に音を立ててキスをした。
「……! こらっ、それはまた後で!」
「わははは、つい!」
「『つい』って……、俺だって我慢してるんだぞ?」
少し頬を染め、上目遣いで秘密を打ち明けるのは反則だろ〜!
「ランちゃん そーゆーこと言わないで」
細い身体を力いっぱい抱きしめてしまう。一回抱きしめてしまうと手を離すのがツラくなるけど、可愛く煽られたら触れるのをガマンなんて出来ないだろ〜!
ランちゃんは煽ってるつもりなんてないかもだけど!
腕の中でランちゃんの体温が伝わってくる。呼吸が耳に触れ、鼻先を首筋にすり寄せてしまう。匂いも感じて、腕の力が強まった。
「……ヴェイン、俺はお前のハンバーグが食いたい」
「……うう、もう、ちょっと……」
もう少し。ランちゃんを感じていたい。だけど俺だって、ランちゃんに俺のメシを食ってもらいたい!
なんとか理性を総動員して、勢い良く身体を離した。手のひらが未練がましくランちゃんの腕を掴んでたけど! そこはご愛嬌ってことで!
「よーし! じゃあ、イチャイチャはまた後で! ランちゃんはお肉を捏ねる係!」
「ふふっ、まかせろ!」
「んじゃあ、ちゃっちゃと玉ねぎ刻むぜ〜!」
俺がみじん切りをしている間、パン粉や塩、玉子などを準備してくれる。何度か一緒に作ってるから、しっかり覚えてるんだな。
美味しいハンバーグを作る秘訣は『冷たい手で練ること』って以前伝えてから、「じゃあ、俺が向いてるな」と率先して肉を練ってくれる。
ランちゃんの手は元々ひんやりしているし、塩、白胡椒、ナツメグに氷の魔法も少々って感じだな。
魔力を使うと手が冷た過ぎないか心配になるけど、いつも楽しそうだからいっか。
ランちゃんがお手伝いを楽しんでくれて、嬉しいぜ!
玉ねぎのみじん切りを終えて、後の作業はランちゃんに任せる。
その間に俺はハンバーグのソースとデザートの準備だ!
ランちゃんが大好物の濃厚プリン。この時季は柑橘系のフルーツが旬だから、プリンに添えたい。
貰ったリンゴはコンポートにしよう。プリンに添えてもいいし、朝食でパンにのせるのもいい。リンゴも旬だから、旨いよな!
毎日仕事に追われて忙しいランちゃん。季節の変化を感じてもらいたいから、なるべく食事は旬の物を使いたいし、執務室には季節の花を飾ってあげたい。
すげえ多忙の日々を送っていたランちゃんが、「えっ、来週クリスマスか?」と言った時、俺は決めたんだ。まだ俺が騎士見習いだった頃の話。
ランちゃんに『季節の移り変わりを楽しむゆとり』を持たせたいって。
その為には俺がうんと成長して、ランちゃんを支えられるようにならないとって。
今では副団長として、恋人として、少しは支えになってると思う。
「……よし! ヴェイン、こっちは準備出来たぞ。焼くか?」
「おー! 準備早い! 手慣れてきたなあ。……って! ニャンコの形!」
「駄目かな? 上手く焼けないか」
静かになったと思っていたら、ハンバーグの種を猫の形に細工していたらしい。
ムートを見ていたら、作りたくなったんだろう。
「可愛いぜー! すげー、ランちゃん!」
料理があまり得意じゃないのに、捏ねるのが上手くなって、形のアレンジをしてみようと思うなんて! なんだか滅茶苦茶感動してしまった。
俺が喜んでいると、ランちゃんはホッと息を吐いている。自分でも会心の出来だったんだな〜!
「折角可愛いから、ひっくり返す時に形が崩れないよう気をつけないとな!」
「そうだな……、出来るかな」
「大丈夫、大丈夫! 俺がコツを教えるから!」
握りこぶしとガッツポーズを見せると、ランちゃんがふわりと微笑んで、俺の心臓が跳ね上がった。
子供の頃から何百回と見ている笑顔だけど、何回目でもドキドキするな。
「ふふっ、お前は教えるのがうまいからな〜」
「そっかあ? ランちゃんは飲み込みが早くて、教え甲斐があるぜ!」
「よし、じゃあ焼くぞ!」
「おー! 油、気をつけてな!」
フライパンにハンバーグのタネを入れる瞬間、少し緊張するランちゃんが愛しかった。
「も〜い〜かい〜?」
「まーだだよー」
子供の頃の夢を見て、目が覚めた。
村の子供たちと色々な遊びをしていたけど、一度、とても怖い思いをしたことがある。時々、夢に見て飛び起きるんだ。
かくれんぼで、毎回最初に見つかってしまう幼い俺。隠れるのが下手だったから。いつも頭ばかり隠して、「ヴェイン、オシリが出てるぞ?」って、ランちゃんに笑われたっけ。
ランちゃんはかくれんぼも上手く、誰も見つけられなくて、よく鬼が降参していた。
ある日、俺は村外れの廃屋へ潜り込んだんだ。そこはもう何年も人が住んでいないし、誰も近寄らないって知ってたから。
怖かったけど、どうしても最後まで見つかりたくなくて、勇気を振りしぼって薄暗い廃屋へ足を踏み入れた。鬼が降参してくれたら、ランちゃんが褒めてくれるかもしれない。
そんな思いでいっぱいだった。
割れた窓ガラスから差し込む光に照らされた床には、埃がうっすら積もっていた。そこには足跡がいくつも付いていたから、もしかしたら誰かかくれんぼに使ったことがあるのかも。少し勇気を得た俺は、足跡の周辺の床に収納があるのを見つけ、そこへ隠れることにしたんだ。
床の扉を開けると、簡易な階段が付いていて、頭を逆さまにして覗き込む。意外にも中は広く、静かに数段下りた後、扉を閉めた。幽かに聞こえていた「もう、いいかい」と言う鬼の声も聞こえなくなった。
真っ暗になった床下の奥へ行くのは怖くて、階段のいちばん下の段に腰掛けたんだよな。
暗くて、静かで、抱えた膝頭に顎をのせていると、眠気が襲ってきて、そのまま眠っちまって。
目が覚めたのは、人の気配がしたから。
いよいよ鬼が探しに来たのかと思ったけれど、聞こえてきたのは低い大人の声だった。俺は慌てて、階段の裏に身を潜めた。見つかったら怒られると思ったんだ。
暫く物音がしていたけど、大人たちが床下を覗くことはなく、足音も遠ざかった。
すっげえドキドキして暫く動けなかった。ちっちゃい俺は、小さく縮こまったまま心音が収まるのを待った。中々収まらない心臓を宥めながら、どのくらい待っただろう。
大人に怒られるのも怖かったけど、誰も探しに来てくれないのも怖かった。
みんな、俺を忘れちゃったのかも。
俺はここだよって言わないとって。
それで、ようやく床の扉に手を伸ばしてみたら、びくともしなかったんだよな。
腕を頭上に伸ばして力いっぱい押してみたけど、全く動かなくて。扉の上に物を置かれたみたいだった。扉を隠された?
かくれんぼどころじゃなくなって、大声で叫んだけど、村外の廃屋に誰か来るわけもなく、真っ暗な空間に閉じ込められた。
時間の経過も分からない。
こんな場所を知ってる人は少ないかもしれない。
どうしよう、誰も見つけてくれなかったら、夜になったら、魔物が出たら。
その前に誰か見つけてくれる?
ランちゃんは探してくれる? もし、ランちゃんが探してくれなかったら――。
――そうパニックになったところで目が覚めた。
大きく息を吸い込む。落ち着かせる為に、息を吐き出す。今のは夢だと言い聞かせる。実際、過去にあったことで、恐怖は本物だけど、今はこうして助かって、大人になっている。
俺は無事に暗闇の床下から出られたんだから。
何度か深呼吸をしていると、隣で眠るランちゃんが身じろいだ。
「……んん……」
「……っ」
いっけね。慌てて片手で口を塞いだ。ランちゃんを起こしちまうところだった。
夕食の後、ふたりの時間を過ごして、今、ランちゃんはぐっすり眠っている。
今夜は少し無理をさせてしまったかもしれない……というか、無理をさせた自覚があるから、ランちゃんの眠りを妨害したくない。
息を潜め、ランちゃんの様子を窺っていると、呼吸が安らかになってホッとした。
部屋の隅で火を灯している暖炉が薪の爆ぜる音を立てる。その音にランスロットの呼吸が重なった。仄かな明かりが、ランちゃんの顔を照らしている。
整った綺麗な顔だけど、眠ってる顔はいつも俺にはあどけなく可愛く見えるんだ。
薄く開かれた唇。スッと通った鼻梁。みんな「綺麗だ」って言うけど、どこも可愛くて、キスをしたくなる。特にオデコが可愛いよな。真ん中で分けている髪の間から、白い額が覗いてる。
すごくキスしやすいし、見てるとキスしたくなってしまう。おやすみのキスをして、もう一度眠りに就こうかな。
額に掛かってる髪を指先でよけて――
いやいや、キスなんてしたら起きちゃうだろ! 今、眠りを妨げなくて良かったと思ったところなのに!
伸ばしかけた指先を、髪に触れる寸前で止めた。
すぐ目の前にあるランちゃんの顔には、笑みが浮かんでいて、俺とは違ういい夢を見てるらしい。
心の中でおやすみのキスをした。
――かくれんぼをしていて、床下に閉じ込められた俺を発見してくれたのは、ランちゃんだった。
誰にも見つからないように隠れた俺。
誰も見つけてくれないばかりか、閉じ込められて出られなくなって。
涙も乾いた頃、頭上で物音がして、「ヴェイン、いるのか?」って問われた。
「ラ、ランちゃん……ッ!」
泣きながら返した声は小さく、でも、ランちゃんは聞き逃さずに、扉を開けてくれたんだ。
「ヴェイン、見つけたぞ!」
そうかくれんぼの続きみたいに笑ってくれたのは、俺を安心させる為だったんだろうな。
その後、悪夢を見ることもなく目が覚めると、腕の中にはランちゃんが収まっていた。
「……あれ?」
無意識にランちゃんを抱き寄せちまったか? それともランちゃんが自分から俺の腕の中に入ってきたのか?
もしかして寒かったのかな。
視線を動かすと、暖炉の火は燻って、部屋を暖めるには力不足だ。
「……ランちゃん、寒かった?」
囁きながら、引き寄せて毛布を引き上げると、腕の中から小さく「……うん」と返事があった。
「おっ、ランちゃん、起きてたの?」
「ああ、おはよう、ヴェイン」
「おはよ、ランちゃん。ゴメン、声が嗄れてるな」
コホン、とわざとらしくも可愛いらしい咳払いがする。昨夜乱れたのが、ちょっと恥ずかしいんだな。
「ゴメンな〜、いつから起きてたの? 腹減ったろ? 朝食は昨日作ったリンゴのコンポートを載せて、生クリームもたっぷりの……」
「ヴェイン、朝食はもう少し後で」
「ん?」
ランちゃんが好きな生クリームで甘くしたパンを断られると思わなくて、覗き込む。するとランちゃんはコンポートよりずっと甘い顔をして微笑んだ。
「お前の腕の中があたたかくて、出られないからさ」
「……っ!」
もー! なんでそんなこと言うかなー 俺はまた力いっぱいランちゃんを抱きしめた。
「俺だって、ランちゃんとくっついてるのが幸せで、ベッドから出られませんけどねー?」
「俺なんか、ヴェインの匂いが好き過ぎて、出られないぞ?」
「あっ、なんで張り合ってるの? それなら俺は……」
朝から始まった言い合いは、ムートがご飯の催促に来るまで続いた。
閉じ込められるなら暗い床下じゃなくて、こんな幸せな場所がいいよな、なんて思いながら、今も誰より輝いているランちゃんを腕の中に閉じ込めた。