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    chisaorito

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    chisaorito

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    月イチヴェラン第34回に参加しました!
    借りたお題は②「濡れた瞳」です
    幼少期と黒竜時代

    2025/5/31up

    【ヴェラン】「濡れた瞳のワケ」 ランちゃんが泣いている。
     黒竜騎士団の宿舎の奥。使わなくなった武器や掃除用具の置かれた部屋で。
     ひっそりと柱の陰に佇んで。
     たったひとり、碧い瞳を濡らしていた。


     ランちゃんに憧れている人は多かった。当然、俺もその一人。俺にとってランちゃんは、子供の頃からヒーローだ。
     だって、ランちゃんは、村の子供たちの中でいちばん強くて、賢くて、それからすごく綺麗で――誰より俺に優しかった。
     

     ランちゃんとの思い出のひとつ。
     風が強かった日のこと。
    「よし! みんなついて来てるか?」
     黒髪を風に遊ばせて振り返ったランちゃんは、水色の凧を両手でしっかり掴み、人数が揃っているかを視線で素早く確認した。
     村の外れにある小高い丘は、よくみんなで遊んでいた場所だ。その日も六人ほどが集まって、各々凧を手にしていた。
     ランちゃんは村の人気者。毎日ランちゃんの周りには人が集まった。
    「ヴェインがまだー」
    「ヴェイン、はやく、はやく!」
     村の子供たちに急かされて、当時小さかった俺は必死に上り坂を走った。
    「うう……、まって……」
    「ヴェイン! ゆっくりで大丈夫だって!」
     大きな凧を手にした俺に向かって、ランちゃんが声を掛けてくれた。チビの俺に対して凧は大きくて、風に煽られてヨロヨロしていた俺を見兼ねて、駆け寄って来てくれた。
    「大丈夫か、ヴェイン? 俺が持つか?」
    「うん、だいじょーぶ!」
     俺の凧は、ランちゃんに手伝ってもらったカッコイイ凧だ。ひとりでしっかり運んで、空に揚げたい。
     ランちゃんの瞳と同じ色で作った。「安定するから」って、凧に黄色のしっぽを付けてくれた。安定って、よく分かってなかったけどな!
     その日初めて空に揚げる予定だったんだ。
     丘のてっぺんで、皆揃って凧を揚げる。
    「うん、今日はいい風だから、走らなくても揚がりそうだ!」
     ランちゃんが風上を見て、様子を窺う。
    「凧の面に風がよく当たるようにして……」
     言われた通り、風下へ凧を掲げた。みんな真剣だ。だって、走らないで凧を揚げられたら、なんかカッコイイ!
    「風が強くなった瞬間を狙え!」
    「おーッ!」
     ひと際風が強くなった瞬間、「今だ!」ランちゃんの声を合図に、凧から手を離した。
     みんなの凧がふわりと舞い上がり、低い空がカラフルになる。
     俺の碧い凧も黄色いしっぽと一緒に空を飛んでいた。
    「すごい! ランちゃん、見て!」
    「あはは、うまいぞ! 安定してる!」
    「あんていって何ー?」
    「真っ直ぐ揚がって、ユラユラしたり、クルクル回ったりしてないってこと!」  
     左隣りでは、フラフラ彷徨った凧が草の中へ落ちていった。
    「あー、落ちたー」
    「次の強風を狙え!」
    「うん!」
     ションボリする村の子を、ランちゃんが励ます。ランちゃんの凧は、当然のように誰よりも高い位置で風を受けている。オレンジ色の凧は、なんだかお日様みたいだった。
     指先に凧糸がピンと張る感触が伝わる。そんな時にクイクイと凧糸を引くと、凧が高く揚がって行くんだって、ランちゃんが教えてくれた。
     言われた通りにすると、碧い凧がオレンジ色の凧に並んだ。
    「すげえ、ヴェインの凧がランスロットの凧に並んでる!」
     次々に褒められて、調子に乗った俺の手元が狂い、凧糸が緩んでしまった。その瞬間、碧い凧が真っ逆さまに墜落して行く。そうなると俺の技術ではどうしようもなかった。
    「あー!」
     ランちゃんが手伝ってくれて、一緒に作った凧。高く揚がっていた分、遠くに墜ちた。木々の茂っている方へ。
     慌てて駆けつけると、手の届かない枝に引っ掛かっていた。幸い、破れたりしていない。
     身長の何倍も高い枝に引っ掛かった碧い凧は、風に揺れていたけれど、落ちてくる様子はない。
     手を伸ばしたって、ジャンプをしたって、到底届かない。手や足を掛けられる枝もなく、登れなかった。隣の木に登ってみたら手が届くんじゃないかと思ったけど「高すぎるな……。ヴェイン、これは諦めるしかないな」って、ランちゃんの声が聞こえたから。
     何でも出来るヒーローにそう言われたら、小さな俺は諦めるしかなかった。
     ランちゃんに慰められながら、家に帰った後もグズグズしていた泣き虫の俺。
     日が傾いて来た頃、涙をこすってふと顔を上げると、ランちゃんがバンおじさんと一緒に門を潜る姿が見えた。おじさんの手には梯子がある。
     向かいに住むマイルズおじさんが「困ったなあ。家の屋根が壊れた」って言っていたから、直すのかもしれない。
    「俺も手伝わなきゃ!」
     何度も涙をこすってから家を飛び出したけど、ランちゃんもバンおじさんも向かいの家にはいなかった。
    「ふたりなら丘へ向かったぞ、ヴェイン」
     マイルズおじさんに言われて、俺はふたりを追いかけた。
     だって、ランちゃん。
     枝に引っ掛かった凧を見て、「高すぎるな」って。「諦めるしかないな」って。
     木によじ登ろうとしていた俺に向かってそう言ったのに。
     もしかして、ランちゃんは諦めてなかったの?
     必死に走って、途中で転びまた泣きそうになったけど、坂の上にランちゃんがいるって信じて駆けた。丘のてっぺんに着いてから、木々の茂っている方を見る。
     そこにはやっぱり碧い凧に手を伸ばしているランちゃんがいて。
    「……ランちゃん!」
    「ヴェイン」
     バンおじさんが支える梯子のてっぺんで、ランちゃんが勢い良く振り返る。
    「うわっ」
     その勢いのままバランスを崩し、背中から落ちてしまった。
    「ランちゃん……ッ!」
    「ランスロット!」
     落ちる直前に身体をひねったランちゃんは、凧の端を掴んでいて、凧と一緒に落ちてくる。
     おじさんの逞しい腕がランちゃんの身体を受け止めたのと、「あはは! ヴェイン、凧が戻ってきたぞ!」と笑い声が響いたのが同時だった。
     ランちゃんの笑い声と、バンおじさんの怖い顔を今でもよく覚えてる。
     小さい俺が木に登るのを諦めさせて、こっそり自分で取りに行ってくれたランちゃん。俺を驚かせたかったんだって。
    「驚いたのは僕の方だよ」とバンおじさんにゲンコツをくらって、涙目になってたっけ。
     優しいランちゃんのエピソードなら、もっといっぱいあるんだけどさ。
     ランちゃんが泣いていたエピソードは、あんまりない。
     子供の頃から、ずっと一緒に過ごして来たけど、浮かぶのはいつだってランちゃんの笑顔だった。
     どうしてひとりで泣いているのか。
     こんな宿舎の人気のない場所で。
     もしかして、今までもひとりで泣いていた?
     俺が泣き虫で、ランちゃんの前でよく泣くから、ランちゃんは泣けなかったのかな。


     どんな酷い怪我で痛い思いをしても、ランちゃんが泣いたのは見たことがない。
     剣の稽古をやり過ぎて、両手のひらの皮がべろーんって捲れて血が滲んだ時も。ソリ遊びで速度を出し過ぎて壁に激突した時も。
     あの時は、「ランちゃんの鼻が折れた!」って、俺が悲鳴をあげて泣いちゃったけど、ランちゃんはやっぱり泣かなかった。
     ランちゃんが泣いたのは、俺のお父さんとお母さんが天国へ旅立った時くらいかも。
     一緒に泣いてくれて嬉しかった。
     俺と淋しい気持ちを共有してくれるんだって。
     あと、遠足の日に寝坊して泣いたらしいけど、俺は目撃していない。きっと俺がいたら泣かなかったんだろう。
     今もひとりで泣いている。
     ランちゃんの横顔に伝う涙を、やや乱暴に手の甲で拭っていた。
     俺が拭ってあげたいけど、俺には泣き顔を見られたくないのかなあ。
     ランちゃんは、俺と思いを共有してくれないのかな。
     まあ、そりゃそうか。だって、俺なんか頼りないだろうし。
     ランちゃんは騎士団に入団した後、厳しく辛い鍛練でも泣いたりしなかった。平民出身で、貴族出身の団員にキツく当たられても泣かなかった。
     俺は悔しくて何度も泣いたけどなあ。
     ランちゃんが真摯に努力を続けているのにバカにされてさ!
     よく「お前がいるから俺は強くいられるんだ」って言ってくれるけど、あまり理解出来ていない。
     俺はランちゃんが傍にいてくれても、こんなに泣き虫だけどなー?
     いつだって強くて、俺のヒーロー。
     どうしてひとりで泣いてるの?
     誰にも知られたくない理由があるのか。
     それって、どんな理由だろう――。


     ひとつだけ思い当たるとしたら、失恋しかないんじゃないか。
     ランちゃんが、誰かに叶わぬ恋をしている。
     相手は想像つくんだ。ランちゃんは騎士団に入団してから、ずっと心酔している人がいる。
     俺を前にした時と全然態度が違うもん。
     考えた瞬間、胸がぎゅううぅっとめちゃくちゃ締め付けられて、「う……っ」と、呻いてしまった俺は馬鹿だ。
    「……ヴェイン」
     ハッとしたランちゃんが顔を上げ、濡れた瞳で俺を見つめた。それからもう一度我に返って、手の甲で目元を拭う。
     俺もハッとして口を両手で抑えてたけど、出してしまった声はなかったことにならなかった。
     ランちゃんは少し困った顔をして、首を傾げた。まだ濡れている目元へ指先をあて、「これは、あれだぞ。目にゴミが入って、痛くて」聞いてないのに、言い訳をした。
    「ランちゃん……、俺には話せない?」
     その瞳が濡れているわけを。
    「ヴェイン」
    「ランちゃんはさ、副団長になるくらい凄いヤツだけど……! 俺は全然追いつけなくて、頼りないヤツだけど! 俺、やだよ! ランちゃんがひとりで悲しいのは! 俺に分けてくれよ!」
     ずっと一緒に過ごして来た。ランちゃんは俺の悲しみも一緒に背負ってくれた。
     いつも優しくて、強い。
     少しでも近づきたいし、俺だってランちゃんを支えたい。力になりたい。
    「『お前じゃダメ』って言うなら、いっぱい努力する! 強くなるから、だから……!」
    「ストップ、ストップ!」
     気付いたら、ランちゃんの両肩を掴んで言い募っていた。
     黙れと言うように、細い人差し指が俺の唇に触れている。
    「ランひゃん……」
     口を塞がれても無理矢理喋ったら、変な音が出て、ランちゃんが笑った。唇から指先が離れていく。
    「ふふ……っ、大丈夫だ、ヴェイン。これは、その……嬉し涙だから」
    「嬉し涙」
     ランちゃん、嬉しくて泣いてたの?
     それならいいけど! いいけど!
     ランちゃんが悲しかったり、辛かったり、痛くないなら!
     でも俺の胸は痛んでしまった。
     ランちゃんの喜びを共有できないなんて、最低だ。
     ランちゃんの失恋を想定していた俺は、その逆の出来事で喜んでいるとしか思えなくて。
     ああ、失恋したのは俺かあ……。
     なんだか急に世界が色褪せた。
     この悲しみは、ランちゃんと共有出来ないや。
     なんだ、ランちゃんと共有できないこと、本当はいっぱいあるんだ。知らなかった。
    「ヴェイン? 何か辛いことがあったのか?」
     碧い瞳が俺をのぞき込んでいる。
     子供の頃に揚げた凧を思い出す。
     あの凧は、ランちゃんが俺の元へ届けてくれたけど、ランちゃんが俺の元へくる日はないんだ。
    「うえ〜? なんもねえけどお〜……、それよりさ、ランちゃんの嬉しい話を聞かせてくれよ」
     ギュッと拳を握って声を出した。ランちゃんは、俺の変化に敏いから、気付かれないようにしないと。
    「……笑わないか?」
    「え? なんで笑うの」
    「いや、そんなことで……って……、まあ、言わないか」
    「うん?」
     ランちゃんは俺から視線を外すと、部屋の中をゆっくり見回した。
     黒竜騎士団の宿舎の奥。この部屋はすっかり物置になっている。鍛練で使っていた木剣や、手入れが悪くて使わなくなった武器が乱雑に置かれていた。掃除用具も置かれているから、俺は意外と来る場所だけど。
    「ヴェインがさ」
    「……俺?」
     ランちゃんの口から、今、俺の名前が出ると思わなくて、肩がはねた。
    「正騎士になってくれて良かったなって思ってた。知らない間に陣を張るのも上手くなってたし、斥候もこなしてさ」
    「うん……」
     ランちゃんが何を言うのか予想がつかなくて、口を引き結んで頷くしか出来ない。
    「小さい頃、あんなに剣の稽古が痛くて怖いって泣いてたのに」
    「えー、だって本当に痛くて、怖かったし! ランちゃんの手のひらの皮はべろーんってめくれるし!」
    「あははっ、そんなこともあったな。……あの頃、正直ヴェインは騎士になれないんじゃないかって思ってたよ。お前は優しいから」
     優しいのはランちゃんだ。
     俺みたいに魔物によって両親を失う人がこれ以上増えないようにって、そんな思いで騎士を目指して。
     人を守る、国を守る――その思いで剣を手にした俺たち。
    「そんなヴェインが、辛い思いを乗り越えて、正騎士まで来たんだって思ったら嬉しくてさ。お前が今も隣にいてくれて、嬉しいんだよ、ヴェイン」
    「ランちゃん……」
     俺が隣にいるのが嬉しくて、泣いてたの? そんな風に思ってくれるのか?
     確かにそれは、奇跡みたいなものだろうけど。
     どこかでなにかが違っていたら、今、隣にいなかったかもしれない。
    「今も隣にいて、お前が俺を信じて、想ってくれるから、お前だけは味方だって思えるから、だから俺はずっと強くいられるんだ」
     剣の稽古で皮がめくれても、マメが潰れても、いつも綺麗な手がゆっくりと伸びてきて、俺の手をそっと握った。
    「――一緒にいてくれるか?」
     いつまでとか、理由とか、何も言わないけど。
     俺がランちゃんから離れるハズないだろー!
     傍にいていいって言うなら、空の果まで一緒にいる!
    「一緒にいさせて下さい!」
     俺はそう返して、ランちゃんの身体を抱き寄せた。
     この先、ランちゃんの瞳が濡れるのは、嬉しい時だけだといいなと願いながら。
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