【ヴェラン】「特別」 鞄に手を突っ込んで、そこに存在する巾着を確かめる。うん、確かにルピが入ってるぜ。パンパンに膨らんだ巾着の中でコインが触れ合って、ジャリっと音を立てた。
普段手にしない大金だ。
まだ騎士団に入団して数年。一兵卒の俺がお給金で貰う額より多いんだぜ こんな大金を「特別手当て」として貰っちまった!
「いいのかなあ」
遠征の帰り道で救助した人が、たまたま某国の偉い人だったんだって。あのおじいさんが偉い人なんて全然気付かなかったぜー。
捻挫をして動けないでいたおじいさんをおぶって、世間話をしながら山道を下りた。当然のことをしただけだ。ランちゃんだって、困ってる人がいたら同じようにするぜ〜?
でもそれが切っ掛けで国交が開けたとかなんとか?
難しいことは俺にはわかんねえけど、まあ国同士が仲良く出来るにこしたことはないもんな!
それで「特別手当て」が出たのにはビックリしたけど……。
「遠征帰りに迷った上、出くわした魔物を退治し村を救って、道中で人攫いに遭った貴族の娘を救い、同じく道に迷って怪我を負っていた某国の要人を救ったと……。それを全部ひとりでやったんだから、ヴェインは立派な騎士になれるな。それぞれから感謝の言葉が届いていて、俺も鼻が高いぞ!」
ランちゃんは晴れやかな笑顔でそう言っていた。
目の前にいる人に危険が迫っていたら助けるのは普通だろ。だから、特別手当ても辞退しようと思ったんだけど、ランちゃんが「こういうのは貰っておけ」と言うから、謹んで受け取ったけど……。
俺が陛下から直接報奨を賜った時のランちゃんは、ホントに嬉しそうでさ。
ランちゃんは、副団長になるくらいの実力の持ち主で、俺とは立場も地位も違って。俺のずっと先へと進んでいる。その背中をいつも見せてくれる。
そんなランちゃんが、俺の活躍を心から喜んでくれていた。
いつも「いつか、ランちゃんの隣に並びたい!」って言葉を笑わずに聞いてくれる。
俺が追いつくのを、誰よりも期待してくれている。待っている。
だから、今回のことも心から喜んでくれたのかな。俺、一歩近づけた?
いつだって全力で、これからも全力で追いかける。俺は、ランちゃんの期待に応えられる男になりたいぜ!
ランちゃんの喜ぶ顔を見たいんだ。
「次はいつランちゃんを笑顔に出来るかなあ…」
……って言っても、ランちゃんはいつでも笑顔を見せてくれるけどな! 人あたりが良くて、愛嬌のあるランちゃんは、当然幼馴染みの俺にもたくさんの笑顔を見せてくれる。
「ヴェイン!」
ほら、俺の姿を見つけて駆け寄って来てくれる時も、こんなふうに笑顔だから――って、ホンモノ
ランちゃんのことを考えていたから、幻を見てるのかと思った。
「ランちゃん!」
「こんなところにいたんだな。何してるんだ?」
間違いなく幻じゃないランちゃんが、弾んだ声で目を輝かせていた。
「えっ、えーと……」
俺は今、鞄を手に城下の目抜き通りで買い物をしようとウロウロしていたところだ。この辺りは、比較的高級な品物を扱う店が軒を連ねていて、慣れない俺は扉を潜るのに躊躇していた。
ウィンドウから見える値札には、俺たちの生まれた村では見たことない金額が書かれてるんだもん! 桁が違うんですけど〜! こんな高級店、当然入ったことなくて緊張する。それに仕事上がりの普段着で来ちまったしさ。
「おっ! そっか、そっか。特別手当てで何か記念になるものを買うのか? この店、入るか?」
「う、うん!」
セレクトショップっていうのかなあ? 鞄や、靴や、キーホルダーなど身につける物を扱っている店だった。俺にはあんまり縁のない店。
ランちゃんが手慣れた様子で店に入っていく。扉を押さえてくれるのが優しいよな〜。
店内に入ると、上品な女性スタッフが「いらっしゃいませ」とにこやかに微笑み、ランちゃんに声を掛けた。
「ランスロット様、先程までパーシヴァル様がいらしていたのですよ」
「ああ、今日入荷予定のものがあると、朝からソワソワしていましたから」
なんだか親しげだ。っていうより、スタッフさんがランちゃんと話をしたくて仕方ないみたいだ。
さすがランちゃん! モテモテだな〜!
少し世間話をして、直ぐに俺の元に来てくれる。スタッフさんが残念そうな顔をしていた。ゴメンナサイ!
「この店は、パーシヴァルの付き合いでよく来るんだ」
ランちゃんの同僚赤髪のパーシヴァルさん。隣国ウェールズ家の三男坊だって聞いてる。上流貴族の人は、この店のプライスに驚いたりしねえのか〜。
俺は腰が引けちまう。
「ランちゃん……」
「ふふっ、大丈夫だって。何か気になるものがあったんじゃないのか? ヴェインはオシャレだからな〜。アクセサリーが欲しいのか?」
そう言って、俺が店の外から眺めていた棚に近づいて行く。俺が見てたのしっかりバレてる!
その棚の上には、シルバーアクセサリーや、革製の小物が並んでいた。革の手帳もある。バンおじさんに似合いそう。革とシルバーの髪飾りは、エレインおばさんに着けて欲しい。
シルバーのブレスレットは、華奢な作りで、ランちゃんの腕に似合いそうだった。
初めて貰った『特別手当て』は、特別な人に使いたくて、俺の家族はもういないから、家族同様のバンおじさんやエレインおばさんへの贈り物に使いたかった。
なによりランちゃんに贈り物をしたい。
今まで誕生日やクリスマスくらいしか贈り物を出来ていないから。
日頃の感謝を込めて、普段より奮発して――って思ってるんだ。
「おっ、ヴェインに似合いそう」
「え?」
「ほら、このバングル。シルバーのゴツいやつ。お前の逞しい手首に映えるんじゃないか? んー、でもシルバーは手入れが大変か。ヴェインの瞳と同じ色の石が埋め込まれていて、綺麗だなあ……」
気に入ったのか、ランちゃんは姿勢を屈めてまじまじと眺めている。手を触れないように気遣っていた。
ランちゃんはよくこんな風に「お前の髪の色みたいだ」とか、「ヴェインの瞳の色に似てるな」とか言う。俺に似た部分があると気に入るみたいで、なんだかくすぐったい気持ちになるんだよな〜。
俺を気に入ってるみたいでさ。
そりゃ、ランちゃんは長いこと俺と親友をやってくれてるんだから、気に入ってくれてるんだろうけど……。
俺はランちゃんを思い出す色の物をいくつか持ってるけど、その色を見るたびに気持ちが明るくなって、前向きになる。パワーをもらえるんだ。
それはランちゃんを気に入ってるからじゃなくて……誰よりも大切な人だから。自分がそうだから、つい、ランちゃんもそうだといいなって考えてしまう。
「ちょっと腕に嵌めさせてもらうか?」
姿勢を正したランちゃんが、今にもスタッフさんを呼びそうだから、慌てて止めた。
「あの、ランちゃん! 買いたいのは俺のじゃないぜっ!」
「え? お前の『自分へのご褒美』じゃないのか?」
ランちゃんは怪訝な顔をしたけど、ご褒美ならランちゃんの笑顔を貰ったし! ランちゃんが笑ってくれたら、他はなにもいらない。
「おじさんたちと、ランちゃんになにか贈りたくて」
正直に伝えると、ランちゃんは眉を寄せた。
「ヴェイン、自分の為に使えよ」
「自分の為だぜ? 俺が贈りたいの! この革の手帳とか、髪飾りとか……、ランちゃんのはまだ悩み中だけどさ。どうかなあ。これを贈ったら、見るたびに俺が頑張ってるって思ってくれるかなって」
寄せられていた眉が、困ったように下がった。でも、口元は優しい弧を描いている。
「全くお前は……、じゃあ、父さんと母さんへの贈り物は、俺も半分出そう」
「え? なんで?」
「人への贈り物ばかり買っていたら、お前の物が買えなくなるだろ」
確かに値の張るものばかりで、いくつもは買えない。でも、俺は自分の物を買うつもりはなくて……。
「それでヴェインはさ、俺とお揃いの物を買わないか?」
「え?」
「うん、それがいいな。よく使うものか、やっぱり身につけられるアクセサリーがいいか。あ、ほら、シルバーリングもあるぞ」
え? ええ? リング?
指輪? ランちゃんとお揃いの?
「碧い石と黄色い石が埋め込まれてるやつがあるぞ。いいな、これ」
「いやいやいや 待って、ランちゃん!」
また屈み込んで、商品を見ている。碧い色はランちゃんの瞳の色に似ていて、黄色い石は俺の髪の色だ。
「どうした? イヤか?」
「俺がイヤなわけないだろー! ランちゃんこそ、俺とお揃いなんて……」
叫んだ後、あっという間に語尾が小さくなった俺を見て、ランちゃんがフワリと微笑んだ。とろけるような、甘い笑顔に、店内の女性スタッフが息を呑む気配がする。
わかるぜ、俺も心臓止まりそう!
ただただ、慈しむような、愛しさが溢れている笑顔。
子供の頃から見慣れている俺だって、呼吸も鼓動も止まりそうになるんだから、初めて見たら卒倒しそうだ。現に、スタッフのお姉さんがよろめいた。棚を支えに立っている。
「ヴェイン」
「はい」
「お前とお揃いの物を身に着けたら、俺だって『ヴェインが頑張ってる』って思うよ。見るたびに『俺も頑張ろう』って思うだろうな」
「……うん、俺も」
お揃いのシルバーリング。指で輝く碧い石を見るたびに、ランちゃんと一緒に選んだんだって、ランちゃんと一緒に買ったんだって思い出して、きっと俺のパワーになる。
ランちゃんもそうなんだ。
俺もランちゃんのパワーになれているんだ! こんな嬉しい言葉を聞けるなんて、思わなかった。
「そ、それじゃあさ、ランちゃん!」
「うん?」
「俺に指輪を買わせて!」
「おっ、『特別手当て』で買ってくれるのか?」
「任せて! ――すみません!」
女性スタッフに声を掛けると、足元がふらつきながらも、笑顔で傍に来てくれた。
「このシルバーリングを下さい! 碧い石のついた物と、黄色い石のついた物!」
「あははは、うっかり値段を見るのを忘れてたな!」
ランちゃんの瞳が潤んで夜の街灯の光を映していた。涙が出るまで笑っている俺たち。
指輪は、予想以上の金額だった。俺の巾着の中身はルピ一枚になって、革の手帳も髪飾りも買えなくなってしまったんだ。
「うおー! また頑張ってお給金で買うから待っててくれよー、おじさん、おばさんー!」
ニムエ村の方に向いて叫ぶと、ランちゃんが反対方向を指差した。ニムエ村、逆方向だ。
「ふふっ、指輪ありがとうな、ヴェイン」
早速黄色い石のついたリングを指に嵌めているランちゃん。俺も碧い石のついたリングを嵌めた。
「ううん、俺もめちゃくちゃ嬉しい!」
手を広げて掲げる。ランちゃんの瞳がそこにあるみたいな色だ。
「どんな時もヴェインが傍にいるみたいで、きっと俺の支えになってくれるな」
石を人差し指でなぞって呟く声が聞こえた。
「えー、ランちゃんを支えるのは俺がいいんですけどー」
「どんな時も?」
「どんな時も!」
「健やかなる時も、病める時も?」
「えっ、めっちゃ支える」
「喜びの時も、悲しみの時も?」
「喜びは倍に! 悲しみは半分に! ……って、ランちゃん、これって……」
誓いの言葉?
俺が贈ったリングに誓いを立ててもいいのか?
そう、言葉にするまで、ランちゃんはただただ微笑みを浮べて、俺を見つめて待っていた。