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    Jeff

    @kerley77173824

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    お題:「旅行」
    #LH1dr1wr
    ワンドロワンライ参加作品
    現ぱろです🙏
    2024/08/19

    #ラーヒュン
    rahun
    #LH1dr1wr

    Arrival 飛ぶのが好きだ。
     はるか昔、子供のころから。

     ヒュンケルは楕円の窓にこめかみを付けて、主翼の先を見る。
     上下し始めたフラップの向こうに、オレンジ色の朝日。
     最新鋭機のガラスは霜も降りず、視界はクリア。人工的な色膜が張られているようで、どこか味気ない。
     まだ眠っている家々の灯火を、朝焼けが優しく包み込む。
     夜よ、君らの役割は終わった。目覚めのときだ。
     
     ――皆様。
     当機は間もなく、着陸態勢に入ります。
     シートベルトをしっかりとお締めください。
     現地時刻は午前5時57分、外気温は摂氏14度。
     天候は曇り。
     滑走路の混雑が予想されております。
     そのため今後の状況次第では――
     
     大きく旋回するボーイング787の下に、街の全貌が見えた。
     思わず、隣席の男に手を伸ばす。
    「ラーハルト。起きろ」
    「……」
     相棒は興味なさそうに、横目でヒュンケルを睨む。
    「ヴェニスだ」
    「……目的地くらい知ってる」
     どうせ降りるんだ、そんなにはしゃぐことか。
     ぶつぶつ言いながらも、ラーハルトはじっと海岸線を見ている。

     このときが、大好きだ。
     と、ヒュンケルは改めて思う。
     未知の土地に降り立つ、このときが。
     たとえ次の瞬間、この巨大な生き物ひこうきごと、爆発炎上し消滅する運命だったとしても。

     見知らぬ人々、嗅いだことのない香り。
     聞き慣れぬアクセントと、好奇の視線。
     観光客向けの、簡素で高価な郷土料理。

    「この地上は、冒険に満ちている」
     声に出してみた。
     ラーハルトは呆れたように友を睨んで、狭いシートで身じろぎした。
    「俺が望むのは平穏だ。勝手に余計なもので満たすな」
    「そう言うなよ」
    「ビジネスにするべきだった。すでに腰が痛い」
    「一緒に着陸を見られないじゃないか」
     ラーハルトは黙って眉間を押さえていたが、やがてヒュンケルごしに、ぐい、と頭を突き出す。
    「見たぞ。満足か」
    「うん」
     ヒュンケルはにっこり笑って、彼の頬に耳を擦り付けた。
    「――なあ、これはただの旅行じゃない、俺たちの冒険のはじまりだ」
     うっとりと続ける。
    「きっと何か重大な事件に巻き込まれる。運河の魔力と仮面の誘惑。古代の怪物に襲われて、そして」
    「わかった、わかった。お前の想像力は尊敬に値する」
     そう言うと、ラーハルトは寝入るふりをした。
     ヒュンケルは唇を尖らせて、菫色の窓に額を付ける。
     そのまま目を細めて、たなびく薄雲をターゲットに選ぶ。
     
     あの雲の合間。
     白み始めた東の空を背に、異形の飛翔体が吠える。
     金色の翼が冷気を切り裂く。
     伝説の不死鳥か、雄々しき天馬か――
     いや、紫水晶アメジストの鱗もつドラゴンだ。
     それが良い。
     神の生き物を操り、地のすべてを睥睨する気高き戦士・ラーハルトを、その背に配置する。
     振りかざすは麗しい長剣、白銀の細工が太陽に煌めく。
     ……いや、槍だ。
     エメラルドの嵌った、稲妻を呼ぶ運命の槍。
     ずっと神々しくて、彼の長身に似合っている。
     
     天翔けるラーハルトの背にしがみついて、ヒュンケルは必死に強風をやりすごす。
     薄い空気と遠心力に苛まれて、あやうく振り落とされそうだ。
    『目を開けてみろ、わが友よ』
     ラーハルトの声。
     どうにか片目を持ち上げれば、星空と太陽の境目に陣取る、彼の微笑。
     丸い水平線の彼方に集うのは、無数の眷属、多種多様なドラゴンたち。
     あるじの帰還に興奮し、虹色の火を吐き、厳かな挨拶が折り重なり、この世のものとも思えぬ和音を成す。
    『これが――俺の見る世界だ』

    「ヒュンケル。おい、ヒュンケル!」
     強めに肩を叩かれて、は、と息を吐きだす。
     理想のヒーローが霧散していく。
    「正気に戻れ、準備しろ」
     現実にピントが合ってきた。
     着陸するなりあわただしくベルトを外し、ざわめきだす旅客たち。少しでもはやくゲートを抜けようと、皆躍起になっている。
    「残念だ。かっこよかったのに」
     嘆くヒュンケルを慣れた調子でいなし、ラーハルトが立ち上がる。
    「何を夢見てたか知らんが。久しぶりに大型の休暇、一か月の周遊だ。気を抜くなよ」
    「バカンスなんだから、気を抜くもんじゃないのか」
    「何か言ったか」
    「何でもない」
     大事な大事な妄想を、心のノートに速記して。
     ヒュンケルは散らばった私物をかき集めて、トートバッグに投げ込んだ。


     ラーハルトの祈りもむなしく。
     さしあたって彼らを待ち受けていたのは、早朝から二時間待ちの入国審査の列に加えて、きれいさっぱり姿を消したスーツケースのロストバゲージ手続きだった。

     大冒険の予感。




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