Parade 祝祭に賑わう街道。
桃色のリボンとヴァニラの香り、透けるような上等な生地。
平和を享受するパプニカが生み出す最高峰の織物が、様々な形をとって街を埋めている。
ラーハルトは直立不動のまま、行き交う人々の笑顔をゆるく追っていた。
――先に行ってるわね。
仲間たちは一人、二人と彼を離れて、城を目指して駆けていった。
正午の鐘が鳴る。
十二時十五分の鐘。
十二時三十分の鐘。
勇者と王女の邂逅を記念した、年に一度の祝いの宴だ。国民は城下の広場に集い、美しく成長した二人がお出ましになる。
正義と融和の象徴たる若いカップルを見上げて、人々は歌い、キスを投げ、心からの愛慕を捧げるのだ。
そして、ダイの腹心の部下ことラーハルトは――彼らの背後に控えて怪しい動きに目を光らせながらも、養父バランの若き日を思って涙する、はずだったのだ。
「……」
四十五分。
姿勢を崩して、適当な柱にもたれかかった。
ため息とともに、きつい礼服の襟を緩める。
淡いブルーの晴天だけを見上げて、ひたすら待った。
ミルク色の雲に、カラフルな魔法の炎が踊る。
楽音。
間欠的に沸き起こる遠い歓声は、どこか眠気を誘う。
からん――からん――からん――。
十三時の鐘が鳴って、さらに数分後。
心細げな、さりさりという足音が忍び寄ってくる。
背後で止まった。
「やっと来たか」
ラーハルトは目を閉じたまま、振り向かずに言う。
「すまない。身支度が……遅くなって」
ヒュンケルは拳を開き、また握って、所在なくマントをいじる。
レースのシャツと金糸の編みこまれたジャケットを、完璧に着こなしている。それくらいの教養は叩き込まれている男だと、ラーハルトはよく知っている。
さっきまで着飾った市民であふれていた街中は、もう人影まばらだ。
式典も半ばの時間帯なのだから、当然だ。
「俺はダイ様の警護にあたる予定だった」
「そうだったな」
「立派なお姿で、人間たちを祝福しておられることだろう」
「ああ」
「特等席で見られる予定だったのに」
「そうだな」
「部下失格だと思わないか」
「思う」
「お前が遅れるから」
「すまない」
「謝って済むと思っているのか」
「……すまない」
ラーハルトは眉間の皺を解いて、目を開ける。
体を起こすと、相棒の正面に立った。
「それで、どうする」
ヒュンケルは目を瞬かせ、ラーハルトを見返す。
「どうって」
「この懲罰じみた服を脱いでからにするか、このまま行くか」
と、すたすたと郊外に向かって歩き始める。
城とは逆の方へ。
「ラーハルト?」
「この前飲んだ、偏屈な親父の酒場だ。あそこなら、祭りの日でも通常運転だ」
「……」
「飲むぞ、ヒュンケル」
まったく、とか、くそったれ、とか呟きつつ前を行くラーハルトを呆然と見つめて、ヒュンケルは俯いた。
泣きそうな顔で笑ってから、正装した半魔を追いかける。
恋慕と言うにはあまりに単純で。
嫉妬と言うにはあまりに複雑な。
――ラーハルトを取られたくない。愛する弟弟子にすらも。
ヒュンケルの幼く意味不明な衝動を、ラーハルトは時々、黙って許容する。
「この格好で乗り込んだら、さすがにあの親父も仰天するだろうか」
「しないな。そういう店だ」
「そうかな」
「驚かないに賭ける。勝ったら奢れ」
国家の祭典を抜け出して、不届きものが二人。
観客のいないがらんどうの街道を、のんびりと歩いて行く。
昼下がりの陽光に、壮麗な装いが不釣り合いに煌めく。
暇を持て余した若い男神の、小規模なパレードのよう。