砂漠の止まり木(仮)3※今回の話はやたら長い陛下一人語りです。
※しかも大分女々しくなってしまった(滝汗)
※後ちょっと全年齢向きでない表現があるかも、です(汗)
サウスフィガロの酒場にて、
「(俺もそろそろ年貢の納め時かな……)」
行儀悪く木目粗いテーブルに頬杖をついてふう…と重たいため息をつくジェフ氏。
こうやって気分転換と称して(下手な)変装をしてサウスフィガロの酒場に繰出すようになったのはいつからになるだろうか。確かあれは帝国とのいざこざが片付き、世界を厭い、人格が壊れた魔導士を退治し国に戻ってしばらくしてからだろう。当時着ていた薄汚れた衣装を城の機関部がある地下室で見つけてしまい、興が乗って腕を通してみたことから始まった。彼の人の名前に因んだ(※ここらへんは公式裏設定で当時のフィガロの近衛兵、故ジェフリー・マクラウド氏です)偽名を操り、自分はもう一人の人物へと成り果てる。この時はフィガロの王、というのを忘れて、ただの一個人でいられることに愉快さと気軽さを感じていた。城下町に繰り出せば、新鮮な気分で散策できるようになってしまって。周りの住人達は自分が統治している主とは知らず、気安く接してくれる。楽しくなって今では新たに増えた趣味の一つになりつつあった。気ままに歩き、そこで休憩がてら酒場に入った。大衆の憩いの場では絡んでくる男どもを軽くいなし、寄ってくるレディ達と楽しく談笑し、城の中でやったら苦言と呈されるだろう、粗雑なやりとりを楽しんでいた。
今回もそうやって気晴らしにきたつもりだったが、本日はちょっと違った。やはり先ほどやりとりが自分の精神的に応えたのだ。
自分の側近やもはや肉親と同じくらい親しい感情を持つばあやとのこと、そして大事な片割れである弟マッシュと久しぶりに揉めてしまった。
わかっている。彼らが全て自分を思ってのことで言い合ってしまったことに。後継者がいない不安も重々承知している。自分とて万能の神ではない。視察に向かった先で怪物たちに襲われることもあるかもしれないし、ある日流行り病にでも罹ってぽっくり逝く可能性だってある。その時この国はどこへ向かってしまうのだろうか。考えるのも恐ろしい。
仮にそうなったとしたら王位を継ぐのは弟のマッシュだろう。今の彼も王の器を持っている。しかし本人が「オレは一度王位を捨てた者。こうやって兄貴の隣にいるのだって奇跡だと思っているくらいだ」そんないじらしい台詞で自分を支えてくれている。
無論そんな無責任なことにならないよう配慮はしているが。
だということに。彼等の思いに報いることができない。
国のため、ひいては自分のため。政略的な結婚になるとは言えど自分は嫁いできてくれた相手を慈しむことができる。隣に座る伴侶の笑顔を糧に己の使命を全うすればいい。そしていずれその相手との間に自分の子供を授かるだろう。その美しい伴侶と、愛しくなるだろう我が子とともに更に良い国であれと、治めていくのだと思う。きっとどちらも惜しみない愛を与えることができるだろう。そしていずれ我が子が次のフィガロを継いでくれる。その時こそ本来の自分の役目が果たされた、と実感するのだろう。
妻となるのは帝国との戦争の際疎開した美しい貴族出身か、運良く戦火を逃れたツェンかアルブルグの王族の女性になるのだろう。(先ほど持ってきた釣書のなかにあったかもしれない)
だが………、
ふと窓から光が差し込んでいるのに気づく。視線を向けると雲の切れ間から日の光と空が目に飛び込んできた。まだ災厄の名残を残しつつも確かな空があって……。
ああ、今頃彼の人はこの空のなか駆け回っているのだろう。ひたすら自由に、己の思うがままに。
風に靡くプラチナブロンドが。黒いベルベット調のコートの裾が。飛空艇の舵を握る裂傷の痕が残る白い指先が。こちらに気付き私を映す切れ長の紫水晶の瞳が。気高く飛空艇を操縦する立ち姿が。
今も残像として目に焼きついている。
こちらの二年前から燻っている想いを大事に抱えているとは露と知らずに。
彼の人は自由に世界を駆け回っているのだ。
再び重いため息が漏れ出る。
自分の心の中に未だに住み続けている人物。
それが問題だった。結婚という選択肢に踏み切れないのはとある人物へとみっともない恋情と執着だった。個人の感情を優先させるだなんて、今までなかった。勝手気ままに女性を口説いてきたが、それ王との天秤は常に保っていた。それが明らかに傾いてる事実に自分でも驚いているのだ。
あの帝国との戦争の際、縁あって仲間になった一人の男。……そう、男、だ。自分と同じ性を持つ人物。旅の最中に出会った得体の知れない男に自分は心底惚れてしまったのだ。これまで生きてきた中価値観が覆る衝撃。最初は否定していたが、それが覆ることはついぞなかった。
出会った当初の印象は最悪だった。帝国へと進入するために必要になった飛空艇。その持ち主である彼を利用しようとしたのだが最初だった。持ち主のことを知るきっかけに、私はあからさまに眉を顰めていたと思う。いくら気に入ったとはいえ、人一人を本人の意思関係なく攫い貰い受けると堂々と予告上を送りつけた男。確かに彼のオペラ女優はとても美しく、傾国の美女もかくやだが、女性の意思と権利を無視しし、所有するという考え方をする輩を受け付けるはずがなかった。なので、その男が所有する飛空艇が目的とし、それを貸してくれるなら持ち主にはほとんど興味がない、むしろ邪魔をしてくるならそれ相応に対処をつけるつもりだった。
しかし、なんの縁か、彼は自分たちに手を貸してくれた。しかも目的を同じとする仲間として友として行動もしてくれた。当初は得体の知れない人間に警戒をしつつ日々過ごしていく中、同じ目的、同じ時間を過ごしていると趣味嗜好が似通っていて、尚且つ機械系等の造詣の深い話が出来るということがわかった。同い年で腹を割って話す、というのは自分の中ではなかなか得がたいもので。最初の印象が最悪だったが、それさえ抜きにしてしまえばとても気の合う友人になっていた。考え方の違いはあるけれど、それも彼の魅力の一つだった。
だが、同時にその何にも囚われない自由な生き方に嫉妬を覚えた。自分が欲しくて、絶対に諦めないといけなかったもの。それをあの男は容易く操るのだ。
ある日なんのおりか、弟にも漏らしたことのない弱音を漏らしてしまい、自分らしくない、と卑下しそうになった時彼は不敵な笑みを浮かべて、
「その強大な帝国を相手にしてんだ。そう簡単に済むわけないだろ」
「お前んところでも手に負えなかったから今があるんだろう?」
「だからオレ達がいる」
「ぶっ潰して日常を取り戻してやるぜ」
なんとも頼もしい台詞に、私は呆気に取られるしかなかった。今まで叱咤激励をするのは自分の役目だったからだ。こうやって人と対等に話をできるだなんて、何年ぶりになるだろう。自由を愛し、空を愛している彼は黄金の砂漠の重荷に足掻いていた自分を呆れもせず同情もせず、ただあるがままに対等な友人として扱ってくれた。
そこからはとても楽しくて居心地が良く、まるで悪友のようだ、と思っていたのも束の間、どういった誤作動を起こしたのか、いつしか本能で彼を求めるまでになっていた。
きっかけは敵の攻撃を喰らった彼の身を受け止めたことだった。吹っ飛ばされてきた彼を見て、反射的にかばったのだ。なんとしても助けたい…!妙な信念が働き身を投じて彼を受け止めた。衝撃は辛かったが、彼が硬い地面に叩き付けられなくてよかった、と心底思った。しかし、もとよりダメージが深かったらしく、瀕死状態の彼に慌ててしまった。ぐったりとした彼を抱き起こすと、そこからふと鼻に掠めるものが。自由に伸びた彼の長いプラチナブロンドから香るシャンプー、身に纏っている香水、嗜むシガレット甘いの香り。その瞬間、ズクリとあらぬ部分が疼いた。いや、いやいやいや、何を考えてるんだ、自分は……、と思う暇もなく、今度は彼のほうから寄りかかっていた肩に顔を擦り付けて、「マジやべー、…………イッちまいそう…」どこか恍惚した表情(かお)で呟かれたものだからたまったものではなかった。
つい(色んなところが)硬直してしまったが、駆けつけた仲間の姿を見て、なんとか冷静に戻ろうとするのに苦労した。
その当時はまだ自覚はしてなかったが、ある日失態を犯したことで否が応にも自覚せずにはいられない事態を招いてしまった。
ある日の酒の席でのこと、いつからか心のもやもやを抱えていた自分は、酩酊した意識のまま本能的な行動を起こしてしまった。なんと彼に襲い掛かってしまったようなのだ。『よう』とはまるで他人事のような言い方になってしまうが、なんとも情けないことだが、深く酔っていたようで、記憶が一部欠けてしまっていたのだ。だが、彼との行為はその後も生々しく思い出させる。深く、熱く、ただ獣のように彼に食って掛かっていたことを。身体はしっかりと覚えていたのだ。
事が済んだ翌朝、鬱陶しげに長い美しい髪をかきあげげんなりとした彼が「お前、よくレディに誠実云々言ってられんな。あんな凶暴なもん隠して女抱いてたなんて嘘だろ」…今まで暴かれなかった本能に呆れた顔をされた。
自分の性癖は至ってノーマルだったのだ。これまでのレディ達とは壊れやすいガラス細工を扱うように慎重に触れて、繊細な花弁を愛でるように女性の美しさを褒め称える。甘い言葉はとろりと溶け合い、極上の蜜そのものだと思った。それは彼の言う『格好付け』の言葉通りだろう。
それなのにあの日、アルコールの魔力で箍が外れ、理性が消え去り本能が大暴れをし、とんだ醜態を曝してしまった。
大体あいつだって悪い!押し倒された時点で全力で張っ倒してくれればいくら深い酩酊状態であっても目が覚めただろう(むしろ永眠されていたかもしれない)
………ただの見苦しい言い訳だ。
今言えることは彼は迫った私を拒まなかった。
そこから自覚した気持ちと愛の言葉を彼に伝えたのだが、返ってきた答えは辛辣なものだった。眉を思いっきり顰め、嫌そうに「めんどくせー」の一言。彼の気持ちを考えずに行った告白は確かに不誠実なやり方ではないし、場合によって最低な遊び男のいい訳だろう。
うやむやなうちにこの一件でしばらくの間彼との関係は決して良いもの、とは言えなくなった。
そして
一人の傲慢な独裁者ともう一人の壊れた魔導士によって世界が破壊された。仲間もちりじりになり絶望的な状況だったが奇跡的にも皆生き残り、世界を守ろうと集うようになった時から不毛な関係が始まった。本来なら女性のみを相手にしていた彼が選んだのが、彼に好意を抱いている自分。なんでも興が乗ったとか、相性が良かったとか、この疲れきった世界でイイ女探すのは手がかかる、ということで私が選ばれた。この男はなんて残酷なことを言うのだろう。私は彼に惚れているというのに。本来性欲だけを解消する、気持ちが伴わない関係を結びたいと思わなかった。そういう行為は気持ちが重なり合ってこそ。一時と言えど、これまでベッドを共にしたレディたちとは確かな愛があった。
だが、この頃には自分も疲れていた。常に後手に回っていた帝国との諍い。最悪の状況を避け切れなかった自分を責め一年間放浪し、辿り着いた港町で自分の国が砂に埋まったままでてこないと伝え聞く。危うく自国の民達と遥か昔から築いてきた城を魔物のせいで喪うところだった恐ろしい事実に、ふつりと保っていた自制とか理性とか諸々が崩れ去り………。彼に触れられる合法的な手段に自分は容易く乗ってしまった。
ベッドの中の彼は挑発的に笑い、濡れた紫水晶の瞳が妖しく煌かせて、傷痕だらけだが綺麗な白い肌を高揚で染め、全身で高めあった。なんとも言えない官能に理性を吹き飛ばして夢中になっていた。まるで動物のように、いやそんな生温い言葉ではない、獣(ケダモノ)のように相手を喰らいつく。
彼は私の上に乗りかかり、「そんな温い動きしてると、こっちから食っちまうぞ…?」「オレを屈服させてみろよ」くくっと蠱惑的に笑い喉を反らす。グラグラと煮え滾る思いを込めて白い喉元に齧り付く。
互いに体力が尽きるまで互いを貪り尽くしていた。
そんな不毛だが甘美な関係を続けてきたが、いずれ終わりがくる。世界を壊そうとしていた哀れだが非道な人間だったものを粛清することで世界はこれ以上理不尽な危害受けることはなくなった。残ったのは荒廃した大地に、淀んだ海、霞んだ空、そして……、
これからこの世界を生きていこうと、絶望を抱えつつ、希望を持って歩いて行こうとする人間たちだった。
旅の苦楽を共にした仲間たちを希望する故郷や駐在所へと送り届けた飛空艇のオーナーは、あっさり皆に離別を告げると自由な空へと旅立っていった。本当にあっさり関係は終わった。
私の気持ちを置き去りにして。
………ああわかっている。わかっているともさ!女々しい恨み節という事は。ただの理不尽なやつあたりだ。彼は去り際言ったのだ、「後はあんたの役目を果たせよ、王様」と。それは関係の終焉を表していた。
立場のある自分が情けなく縋った所で彼は軽蔑の目を向け、触れることはおろか、友人としての関係さえ終わりを告げるだろう。
そして二年間、がむしゃらに世界復興の為尽力を注いだ。彼を忘れるだけでなく、実際王たる自分が民達を導くのは当然のことだった。そのうち彼のことも過去として精算できるだろうと踏んでいたが、甘かった。二年、短いのか長いのか、彼を忘れることはできなかった。
こんな不毛極まりない恋情を抱いてる自分はとても情けないやら滑稽やらでどうしようもない人間だ。
そう、結婚したくないわけではない。彼と結婚できればいい、そんな愚かな考えが頭の隅に焦げ付いて拭い去れないのだ。
二年間、己の臣下達は自分の心配をしつつ、国の繁栄、存続のために正妃を迎え入れろと言ってくる。忙しくてそれどころじゃない、とつっぱねる。国に戻ってきてしばらくは許されたが、それもそろそろ限界だろう。
自分の気持ちに見切りをつけなければ…。
だがやはり、
隣にいてほしいのはただ一人なのだ。
本音と建前がグルグルと頭の中を巡り、酒の力を借りて鬱憤を晴らすために目の前のジョッキを傾けようとすると、
「なあ今日飛空艇を見たぞ」
「ああ…?飛空艇って、今じゃ物資運びしている空飛ぶ船のことか…?」
「そうそう。世界がこんなことになる前は今の船じゃなくて賭博船ブラック・ジャック号で気ままにギャンブルを楽しんでいたセッツァーが乗ってる船だ。そんな奴が今じゃあ世界最速のファルコンを操って人助け、なんてやってんだから世の中わかんねーもんだよな」
「あの世界を救った英雄の一人、か」
ふとカウンターから声が聞こえてきた。いつもなら特に気にも留めない会話なのだが、出てきた人物の名前につい反応してしまった。話ではどうやら彼は元気にやっているようだ。ホッとする反面、些細だが彼の名前だけでも敏感に反応するとは、ああやはり未練がましい、と自分が情けなくなる。何度目かになる埒の明かないため息をつこうとすると、
「そういや俺、あいつ関連のおもしれー話知ってんだよ」
「ああ?なんだそれ」
「これは他の奴らも知らねー結構激レアな情報だぜ」
「もったいぶるな。さっさと話せよ」
「へへっ、あの男はなぁ、実は……………『 』なんだぜ」
「はあ!?あの男がか!?」
「ああそうだぜ。信じらんねー話だと思うだろ?だけど確からしいぜ」
「マジかよ…!あんな見た目でなぁ…。で、なんでお前がそんなこと知ってんだよ?」
「ああ、知り合いに聞いたんだよ。そのときの話がまた傑作で、それで………」
「随分と面白そう話をしているな。俺にも聞かせろよ」
ドンと男達の机に置かれた上質な酒瓶。持ち主の穏やかな声と楽しそうに笑み結ぶ口元。
だが。
男たちを見下ろす青い瞳は陰りが混ざり合い、ゾッとする冷たさを放っていた。
※パスは『1024』です