君と見た四季彩、これからの道タイゾウ
プロファイターをひたすら目指す大学生。経営学部に入学し、後に会社の為に建築学も学んでいく。家の会社を継ぐつもりだが、言われるがままになるのを嫌い、自分の会社の事業にヴァンガードを関わらせたいと考えている。男女分け隔てなく接する安定の明るい性格で、特に女子へのアプローチは多い。入学式で席が隣同士だったキョウマに躊躇なく話しかける。
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キョウマ
今よりピアスの数が少ない。
ヴァンガードは中学から。高校生の時にプロチームへスカウトされるが、ある出来事により自ら辞退。カードに触れることもやめる。男女限らず周りから人気ではあるが、ほとんど喋らず周りを寄せ付けないようにしている。恋人♂がいた過去がある。
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大学の入学式から数週間経ったまだ冷たさの残る夜。少しずつ勝手を覚えてきた風呂から上がって寝間着に着替える。明日の準備を終えてベッドでひと息ついていると、自分のスマホに来た着信に気付き、電話をする。電話の相手は遠方の実家からだった。
「…ああ、今は基礎の復習をしてるところ。ゼミのクラスもそろそろ決まる頃だよ。……、大丈夫だよ。入学式からかなり経ってるんだから。」
土地はそんなに離れてないとはいえ、親元を離れて一人暮らしを始めた息子を気にかける母親からの電話に心配し過ぎだと苦笑いしながらも、その気持ちに感謝する。
「じゃあ、もう寝ないと。……、うん、ありがとう母さん。父さんにもよろしく。」
おやすみを言って電話を切り、スマホを机に置くと、眼鏡をかけた青年…黒崎キョウマは椅子に座り、鏡の前で慣れた手つきでピアスを外していく。
左に二つ。開けた数に意味なんてない。あるとすれば、初めて開けた時の記憶を忘れたくて。それは幸せだったものだが、今となってはもう思い出したくない記憶。分かっている。こんな事をしてもあの記憶が消えることはないなんて。
(…もう寝よう。明日も一限からあるんだ。)
これ以上考え込まないために鏡を仕舞うと、眼鏡を外してベッドに入り、部屋の明かりを消した。
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「で、なんで来てくれたの? すげえ嬉しいけどさ、何か行きたくなったきっかけとかあったのかなって。」
「…大した理由じゃない。」
「いいよ。知りたい。」
「……確かめたいから。」
山札をシャッフルし終えたキョウマは、上から手札となる五枚を引いて手元に置く。
「誰にも負けないと言っていた、お前のヴァンガードに対する気持ち。」
「…へへっ、やっぱり好きなんじゃん。」
「さっさと終わらせよう。長居するつもりはない。」
「そんなこと言っちゃうんだ。…いいぜ、そんなに確かめたいなら見せてやるよ。俺の本気。」
自分の本気をぶつけるために、彼と話をするために、その本気を確かめるために、ライドデッキの一枚をヴァンガードサークルに置いた二人は、開戦の合図を告げた。
『スタンドアップ・ヴァンガード!』
互いのユニットが持つスキルを駆使しながら攻防を繰り返していく。タイゾウはやっとキョウマと戦えて嬉しい半面、油断できない状況に冷や汗を流す。
(コールにもアタックにも、一切の迷いがない。おいおい、何がブランクありだよ…。めちゃくちゃ強えじゃん…!)
キョウマが使用するユニット、ガーンデーヴァのアタックを受けてドライブチェックが行われる。スキルによってクリティカルが一つ多くされているため、ヴェルストラはダメージを2回受けることになる。ガーンデーヴァの放つ緋炎の矢が、砲弾のように容赦なくヴェルストラへ放たれる。
「ドライブチェック。ファーストチェック、セカンドチェック…、ドロートリガー。1枚ドローし、カルガフランにパワー+1万。」
「っ、ダメージチェック。ファーストチェック、セカンドチェック…、ゲット!ヒールトリガー!ヴェルストラにパワー+1万!ダメージ回復!」
「…バルナイアのブースト、カルガフランで、もう一度ヴァンガードにアタック!」
「ここは…、完全ガード!」
「バトル終了時、バルナイアを裏でバインドし、1枚ドロー。ターンエンド。」
ヒールトリガーを引き当てたおかげで持ち堪えることができ、タイゾウはあぶねー…と息をつく。
「運が良かったが、あと1つで6ダメージ。次で決めさせてもらう。」
「…あははっ。」
「? 何がおかしい。」
「いや、やっとキョウマと戦えて嬉しいし、触れてない期間があったとはいえ、めちゃくちゃ強いなんて…。こんなの、楽しすぎて笑っちまうだろ!」
「…──。」
「お前は違う? 時間も忘れちゃうくらい楽しいってならない?」
「っ、俺は…。」
こんな状況でも、楽しいと言って笑ってみせるタイゾウに、キョウマは胸の奥が熱くなるのを感じ、手札を持つ手を少し強める。それは、ずっとしまい込んでいた、忘れようとしていた楽しいくらいの興奮。ヴァンガードでしか感じることの出来ない気持ち。
「まだ分からなくてもいい。俺はただまっすぐ、お前に俺のファイトをぶつけるだけだ!
俺のターン、ペルソナライド!」
ペルソナライドによる前列のパワー上昇に加え、1枚ドローし、タイゾウがコールしたユニットの中には、あの日キョウマが渡したカードがあった。
「そのカード…っ」
「早速使わせてもらうぜ。せっかくのご厚意を使わないままにするなんて失礼だからな。
ヴェルストラで、ヴァンガードにアタック!スキル発動。オーダーゾーンにあるフライシュッツ・マクシムを再稼働、このターン中のヴェルストラのパワー+5千!
さあ、こっから反撃だ!がっしがし行くぜ!」
「く…っ」
セットオーダーのプロダクト稼働によるパワー減少、リアガードの退却を受け、ガーンデーヴァが無防備な状態になってしまう。
「手札は残ってる。まだ防げる。…”まだ終わらない“!」
「…!ははっ、いいじゃん!そのくらいぶつかってくれた方が倒しがいある!」
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キョウマの方を向いたその琥珀は、揺るぎない意思に色を煌めかせている。風に吹かれた花びらが、二人の周りで揺れる。
「成人になる頃に、会社経営の一部を任されることになってる。そこで少しでも認められれば、上回生の頃には本格的に会社の立ち上げを許される。向こうは忙しさや何やらに負けて、ヴァンガードのチームと両立なんて出来ないって、現実を突きつけるつもりなんだろうけど、俺からしたら、そんなの受けて立ってやるって話だ。
ヴァンガードのチームも、俺が自分の会社で立ち上げたい、企業グループ内でのヴァンガード事業も認めさせる、それが俺の目標なんだ。」
「……。」
今ここに大人がいれば、夢物語みたいな話だと、現実はそんなに甘くないと怒るだろう。キョウマですら、ヴァンガードも会社も続けるなんて、しかも接点のない事業に繋げるなんて本当に出来るのかと言葉にしようとした。
その言葉を口にしなかったのは、不思議と、タイゾウなら、この男ならやってのけてしまいそうだと、そう思えてしまったからだ。そのビジョンが、安易に想像出来たからだ。
「…って、こんな話、大学で話したのはキョウマが初めて…、あっ。」
「ん?何だ?」
「すっかり慣れきっちゃったけど、名前で呼ばれるの嫌だったよな。わるい、気をつける…。」
「いいよ。」
「…え?」
さすがに嫌がっていた呼び方は困るよなと、言い直そうとするタイゾウの言葉を遮る。その目はふいと、タイゾウを逸らしていたが、照れを隠しきれていない頬は微かに染まっていた。
「キョウマでいい。……俺も、タイゾウって呼ぶから。」
もう嫌に思わなくなったから自分からも名前で呼んでみれば、タイゾウは少し黙った後、申し訳なさそうな顔をする。
「…ごめん、よく聞こえなかった。」
「え? だから、タイゾウって呼ぶからって。」
「…ごめん、もう一回。」
「だからっ、……。」
そんなに小さい声で言ってないのに、どうして聞こえないんだとタイゾウの方を向く。その顔は申し訳なさそうにしている…が、口元は名前を呼ばれた嬉しさを隠しきれずに緩みきっていた。
「おい、聞こえてるだろ。」
「いやあ、呼ばれなかった分補充しとこうかと。」
悪びれもなくそう言うタイゾウに対し、キョウマは冷めた顔をすると、缶をゴミ箱に捨てて鞄を持ち、タイゾウから離れようと速く歩き去る。
「…もう帰る。また大学でな、清蔵。」
「ええっ!戻すなよ、俺が悪かったから!なあなあ、もう一回だけ!俺の目を見てちゃんと呼んでみてよ!キョウマ〜!」
「ああもう、うるさいっ!暑苦しいから抱きつくな!」
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「全くだよ。あまり笑わない可愛くないやつより、女子と付き合った方がいいだろうに。」
「そうか? キョウマって結構笑う方じゃん。」
「え?」
「学食のスイーツが残ってた時とか、良いカードを引き当てた時とか、…あ、あとドライブチェックでトリガー出た時とか。俺や皆みたいに分かりやすくはなくても、なんとなく、今嬉しいんだなって分かる時あるよ。」
「そう…なのか? 無意識だから自分でも分からなかった。」
キョウマ自身も分からない程のさり気ない笑みや仕草に気付くタイゾウに、無自覚は恐ろしいなと苦笑いする。
「もっと笑ってみろって。ほら、頬をにーって上げてさ。」
「や、やめろ。つつくなっ。」
「いいじゃん、何事もチャレンジしなきゃだろ。」
「しなくていいっ!」
タイゾウは風呂上がりの柔らかい頬をつつきながらキョウマをからかっていたが、ふと、彼と向き合った状態になったことで改めて普段と違う姿に気付く。
(髪下ろしてるの、初めて見た…。)
普段の髪を結い上げたきっちりとした姿とは違い、前髪も下ろしていてどこか幼く見える雰囲気に、可愛いという言葉が出てこようとした。
「タイゾウ?」
「…へ?」
「どうかしたのか?急に黙って。」
「あ、いや…えっと…。」
自分が友達に対して感じたものを誤魔化すように言葉を濁し、タイゾウは別のことに話題を変えた。
「そういえばさっ、キョウマっていつピアス開けたの?」
「え?」
「入学式の時に開いてるの見てさ、意外とヤンチャしてるなーって思って。」
そんなことを思って見てたのかと、式の時のタイゾウを思い出しては呑気だなとキョウマが話せば、当の本人は苦笑いした。なんとか誤魔化せたという安堵の意味も含めて。
「開けたといっても、自分でやったのは一つだけだよ。初めてやったから下手くそだし。」
「え?どっちもじゃないんだ。」
「……耳朶は、友人が開けたんだ。その子にピアスを教えてもらった時に。」
「へえ…。後々増やす予定なの?」
「いや、もうするつもりはない。結構痛いんだ。…痛くて、他の事を忘れてしまえるくらい。」
そう言ってピアスを撫でるキョウマの顔に影が落ちる。その表情は、一瞬どこか辛そうに見えた。タイゾウが呼びかけると、キョウマはなんでもないと顔を上げる。そこにはさっきまでの辛そうな様子はない。タイゾウはその素振りに微かな違和感を感じた。
(はぐらかされた…?いや、気のせいか?)
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カフェを出ると、空は夕日によってオレンジ色に染まっていた。後はこのまま帰るだけだなとタイゾウは身体を伸ばす。その後ろをついていくようにキョウマは黙って一緒に駅へと向かう。
「スイーツ美味しかったなー。今度俺のおすすめ探しとくから、夏休みに入ったらまた行こ。」
「……。」
「あ、この前チームで話したんだけどさ、今度うちの拠点で練習しないか?皆お前に会いたがってたから、すげえ楽しみに…。」
「タイゾウ」
「ん?」
足を止めてタイゾウを呼べば、タイゾウは何かあったのかとキョウマの方を向く。キョウマは初めて会った時と似た冷たい青の瞳をタイゾウに向けた。
「大会なんだが、俺は参加しない。」
「…え?」
その場所だけ、時が止まったような感覚だった。突然殴られたような感覚にキョウマの言葉がうまく聞き入れられず、タイゾウはもう一度何と言ったか尋ねる。
「一緒に、チームにはなれない。だから、この話は無かったことにしてくれ。」
「ち、ちょっと待ってくれ!なんでまた急に。前向きに検討してみるって言ってくれただろ。俺がキョウマと一緒に組んで、ファイトしてみたいって話した時も、あんなに嬉しそうに…。」
聞き間違いだと思いたかった言葉を向けられて、タイゾウは理由を教えてほしいとキョウマの肩を掴む。キョウマはふいと、目をタイゾウから逸らして言葉を続ける。
「…嫌なんだ、俺が。」
「え?」
「考えてみれば分かるだろう。チームじゃない誰かが入るより、元々所属するメンバーで組んだ方がいい。その方が、実績としても受け入れてもらえる。」
「だからそれは…!」
「チームを認めてもらうんだろう。ヴァンガードの事業を認めさせたいって目標もあるなら、こんな大事な時に部外者が立ち入るわけにはいかない。」
「部外者じゃない!」
「…っ。」
自分が誘いたいと、大会で一緒に優勝を目指したいと思える存在を、自分をそんな風に言わないでほしいと伝えるために、タイゾウは再び自分を見たキョウマの目から逸らさないために自分の気持ちをぶつける。
「キョウマは俺の大事な親友で、最高の相棒だ!お前のことを納得しないやつがいるなら、俺が何度だって説得する!だから…!」
「…何も知らないから言えるんだろ。」
ぽつりと落とした言葉と共に、キョウマが自分の肩を掴むタイゾウの手を払う。
「お前のその場限りの願いでチームを危険に晒そうとするな!俺のことも知らないくせに…っ。」
これ以上、俺を引き止めようとしないで。そう口にするよりも先に出てきた言葉に、キョウマは気付いたようにタイゾウの方を向く。タイゾウは少し目を見開き、やがてその顔に影を落とす。
「あ…、ちが、俺は…っ。」
「……分かった。」
キョウマの声は、タイゾウの言葉によって遮られた。顔を上げてキョウマを見るタイゾウはいつものように笑いかける。残念そうに、申し訳なさそうにして。
「確かに、リーダーの我儘でチームが危なくなったら話にならないよな。お前の都合も知らないで、強引な誘いだったな、悪かった。」
「…──っ、……。」
違う、お前は悪くない。悪いのは…──。そう言おうとした唇は震え、うまく言葉が出ないまま、キョウマは黙り込む。
「あ、でも大会は見に来てくれよ。お前の応援、すげえ嬉しいから。」
今度は優勝しちゃうから、と無理矢理切り替えるようにそう笑って伝える彼に、何も言わずに小さく頷く。
「じゃあ、また連絡する。」
いつもなら互いが電車に乗るまで見送っていたが、タイゾウは一緒に駅に入らぬまま、先にキョウマへと背を向ける。タイゾウが自分の前から居なくなっても、キョウマは俯いたまま動けなかった。
家に帰り、寝室へと入るが、キョウマは明かりを付けぬままベッドに身体を沈める。腕で覆った瞼の裏に思い出すように映るのは、タイゾウの苦しそうな笑顔。拒んでしまった。自分を選んでくれた彼の手を、その言葉を突き放してしまった。
(いいんだ、これで。誰も、傷つかなくなるなら…。)
──『なんでお前なんだよ。』──…
ぴくりと、思い出された声に反応するように手が震える。その声はキョウマを責め立てるように容赦なく忘れさせないように言葉を突き刺す。
──『お前がチームに誘わなきゃ、こんなに苦しまずに済んだんだよ!』──…
「…──ッ。」
耳を塞いでもノイズは消えない。この言葉は絵空事じゃない。自分が傷付けた、彼から向けられたもの。
──『強引な誘いだったな、悪かった。』──…
タイゾウにさせたくなかった悲しげな笑顔と一緒に謝られたことに、ぽとりと、シーツへと涙が落ちる。雫は止まらず、そのままキョウマの頬を濡らしていく。
「タイゾウ、…ごめん、ごめんなさい…っ。」
明かりのない暗い部屋で、悲しい嗚咽が響き続けていた。