獅子神さんが村雨先生の食事量に疑問を抱く話 村雨礼二はよく食べる。あの細い体のどこに入っているのか不思議なほど、肉をパクつきスイーツをほおばる。自分の手料理を食べて、時々「悪くない」(これは、かなり気に入ったという意味だ)と言われるととてもうれしい。ただ、自分で作るからわかるのだが、明らかに摂取カロリーと消費カロリーが見合わないのだ。村雨が運動するところはちょっと想像できない。ふと、以前テレビで特集されていた話を思い出し、ダイニングで食後のコーヒーを飲んでいる本人に話しかけた。
「お前、隠れて吐いたりしてないよな?」
マヌケめ、という顔で見返された。
「なぜわざわざ直接尋ねる?その程度のことは観察しただけでわかる。吐きダコ、胃酸の臭い、あなたレベルでも気づけるポイントは多くある」
「いや、ふつうわかんねえよ。まあでも、そういうことはしてないってことか」
「ああ。心配するな。あなたの手料理はすべて私の血肉となっている」
村雨が手を自身の胸から腹まで滑らせる。オレの作ったものが、こいつの体を作っている。かっちりと着込んだ服の下には、うっすらとあばらの浮いた胸、片手でつかめる腰、暗闇でも仄かに光るような白い肌があることをオレはすでに知っている。そして、その肌が上気し汗が浮かぶところも。
――いや、今、村雨は食後のリラックスタイムを満喫していて、オレは食器や調理器具の片づけをしていて……
「あなた、私に欲情しているな?」
鋭い視線がオレを貫く。そうだよな、全然そんな雰囲気じゃないところで勝手にオレがその気になってても困るよな。でも、村雨の目を誤魔化せるはずもなくて、視線だけで肯定を示した。キツイ皮肉でも飛んでくるかと身構えていると、
「悪くない。私がそのように仕向けた」
村雨が椅子から立ち上がり、すたすたと近づいてきてキッチンで後片付けをしていたオレの手を取った。
どこから村雨の手のひらの上だったのか、とか、もうちょっとわかりやすく表情に出してくれてもいいんじゃねえの、とかは置いておいて、この素直じゃない男のことがたまらなくなって抱きしめると、いつもよりほんの少しだけ体温が高くて、村雨もオレと同じだと知る。
「コーヒーはもう飲んだのか?」
「あなたこそ片付けがまだあるのでは?」
答えは決まっているくせに。村雨以外のすべてのことは明日の自分に任せるとして、重ねた手を引きながら寝室へ向かった。