スィートスィーツクッキング お菓子。それは嗜好品であり贅沢品の代表格。
マシュ・キリエライトにとってはたまにドクターから貰うもの。美味しいとは思うが、好きかどうか判別できるほど情緒の育ちは足りていなかった。
しかしそんな時代は終わったのである。今の私はNEWキリエライト。毎秒心の成長を更新している成長期なのだ。
先輩やドクター、ダ・ヴィンチちゃん、スタッフの皆さんとサーヴァントの皆さんたちと一緒に食べるお菓子や料理の美味しさ、楽しさと言ったらない。そんな楽しみを、自分も提供してみたいと思うのは、贅沢で傲慢なことでしょうか。
「料理は初心者。そして君の性格であるならば、ふむ、最初はお菓子作りが良かろう」
料理をしてみたい。ご教示願えないでしょうかと、カルデアキッチンのメインメンバーのエミヤ先輩にお願いしてみたところ、そんな言葉が返ってきた。
「お菓子、ですか。その、素人知識ですと料理よりもお菓子作りのほうが難易度は高いように思えるのですが、先にお菓子でいいのでしょうか」
恥ずかしながら本当に包丁も握ったことがなくて。と不安げにする少女を安心させるように、褐色の青年は
「そうだな。一からじっくり時間をかけられ、食材に余裕とバリエーションがあるのであれば料理の方がいいだろう。しかし君は優先する任務とトレーニングに多くの時間を取られ、カルデアの食糧事情はそれなりに余裕はあるとはいえあまり遊びがあるわけではない。
料理というのは食材の大きさや火加減などに案外経験を求められるものなんだ。勿論極めるならばお菓子にも同じことが言えるが、庶民が食べて美味しいと思える水準くらいなら分量と手順をしっかり守れば十分な物ができる。真面目にコツコツと、だな。得意だろう?そういうの」
「っはい! マシュ・キリエライト、全力を尽くします!」
キラキラと、輝く眼で少女は応える。全ては先輩との美味しい楽しい時間のため!
なにを作ろう!
「お菓子作りかー。いいねえ、マシュは何か作りたいものとか食べたいお菓子はあるの?」
「いえ、製法だけでなく菓子類の種類にも知識に乏しく…。見た目や名前ならばある程度は知っているのですが、食べたことのあるものはあまり……」
おまんじゅうはどうですか、と一応名をあげられたものの、和菓子はあんこが難しいのだと初心者向きではないと却下されてしまった。ついでにチョコレート系もエミヤとキャットにより却下。ファーストインパクトが大事とのこと。なんの話でしょう??
「入門といえばやはりクッキーじゃないか?抜き型は無いが投影してもいいし見た目も愛らしい」
「キャット(却下)だレッドよ。クッキーとは工程少なく見目も良い。だがしかし!薄さゆえ油断すれば速こんがり!苦味強きものスィートな菓子とはいえぬ!!楽しんで作れる物かもしれぬが美味しく作るには初心者向けではないのだな」
「焼き加減だけ私らが見ててもいいけど、できるならマシュちゃん一人で作れるものがいいよね」
「いっそオーブンを使わないアイスクリームなんかも良いかもナ。ゼリーもよいがゼラチンは貴重品。寒い冬に暖かい部屋で食べるアイスは最高の贅沢だ!」
うっとりとゴロゴロ喉を鳴らすタマモキャット
「アイスクリーム…。暑い夏のものと聞いていますが、冬のアイスクリーム。そういうのもあるのですね」
「この間おやつに作ったパウンドケーキはどうかしら。多少焼きすぎても周りは固くなるけど中はフワフワだし、竹串で確かめられるから生焼けも防げるのでは? チョコはなぜか二人がやめておけと言うからなしにしても、王道のバナナや紅茶の茶葉を混ぜ込んでもシンプルなプレーンでも美味しいですよ」
「パウンドケーキ、先日いただきました。マーブル模様がきれいで、焼き立てのふわふわと次の日のしっとりしたものがそれぞれとても美味しくて!」
「それなら決まりだね!」
パウンドケーキを作ろう!
私の今回の料理講師はエミヤ先輩になりました。
現代菓子の知識と経験ではカルデアの料理担当メンバーの中では随一だからという理由です。初心者である私には他の方々の感覚や目分量の工程が多めの調理は難易度が高く、講師役には向かないだろうとのことでした。
「ご指導よろしくお願いします! エミヤ先輩!」
「ああ、今回はバナナブレッド、バナナ入りパウンドケーキを作ろうと思う」
目の前には、整頓された調理道具と食材が並べられています。計量も調理の内、ということで食材はそのまま置かれています。
「今回のレシピは、『田舎風』つまり『郷土菓子』の要素を多めにしてみた。バナナブレッドは日本でも一般的な菓子だからな。マスターも幾度か食べたことがあるだろう、プロの作品と比べられては敵わないからな。日本人であるマスターの口に合う程度にアメリカの要素をプラスして手作りの良さを引き立てるレシピだ」
な、なるほど。調理を教えてくれるだけでなく、私や先輩のことを考えてレシピを考えてくださったことに、心がじんわりと温かくなります。
お礼を言うと、エミヤ先輩は軽く頷いて、レシピはしっかり読み込んできたか聞いてきます。
他の皆さんにも、レシピは事前に最後までしっかり読み込むこと、と口を酸っぱくして言われていました。手順や事前準備をしっかり理解しなければ作業効率はがくんと落ち、失敗に繋がるのだそうです。料理に限らず他のことにも通じることです。このレシピは暗記するまで読み込んできました! そこまではしなくていいと笑われてしまいましたけれど。
材料は、バター、三温糖、卵、強力粉、重曹、アーモンド、バナナ、バニラエッセンスです。
バターと卵は常温に戻しておきます。他の材料も冷やしておく必要は無いので、全ての材料が常温です。
バナナ以外の分量を計ったあと、まずはアーモンドを3ミリほどの大きさになるようにフードプロセッサーにかけます。カリッとした食感が残り、それでいてパウンドケーキのしっとりふわふわとした食感の邪魔にならない細かさということらしいです。
次は柔らかくなったバターと三温糖をボウルに入れ、泡だて器で白っぽくなるまで混ぜます。そこにといておいた卵を3回に分け、少しづつ加えます。
「この工程では、バターと卵が分離しないよう卵は少しづつ、泡だては素早くこなしてくれ。だが、クッキーではないので次に加える粉でリカバリーは可能だ。油断せず、しかし気負いすぎないように」
エミヤ先輩のエールを背に、カチャカチャとバターと卵を混ぜ合わせます。しっかり馴染んで黄色くなったと思うのですが…。確認してもらうと、満足そうに合格をもらえました。
残しておいたバナナをペースト状にします。バナナを先に潰してしまうと、酸化して変色してしまうからです。味に影響はなく、混ぜ込んで焼いてしまうのであまり気にしすぎなくともいいそうですが、今回はきれいな状態で作ります。
バナナ2本をペースト状に潰します。残ったバナナは上の飾りにするために、横3つ、縦に半分に切っておきます。
バターと三温糖と卵を合わせたものに、ふるっておいた粉類をさらにふるい入れます。ガシャコンガシャコンとふるい器のレバーを引くのはなんだか楽しいです。
粉類を全て入れると、泡だて器からゴムベラに持ち替えて、切るように混ぜます。ここで決して練らないように! とレシピに赤線が引いてあったので、とても緊張します。粉が見えなくなったら、砕いておいたアーモンドとペースト状のバナナを加えて、ツヤが出るまでまたゴムベラで混ぜます。
ここは感覚や経験が大切とのことで、エミヤ先輩がストップを入れるまで、としてもらいました。
オーブンの予熱を始め、クッキングシートをしいたパウンド型に出来上がった生地を流し込みます。トントンと軽く型の底を打ちつけて、てっぺんに飾り用に分けておいたバナナを断面が上になるよう、斜めに置きます。これにより焼きバナナのねっとり甘い味わいもプラスすることができるそうです。
「これで一息つけるな。焼き上がるまでお茶でも飲んで持とう。紅茶でいいかな?」
とうとうケーキをオーブンに入れました。ちゃんと膨らむでしょうか、焦げたりはしないでしょうか。緊張と不安でドキドキと鼓動が早まります。
「オーブンのタイマーは少し早めに設定してあるし、パウンドケーキは重曹の力で膨らむから分量さえきっちりしておけば膨らまないなんてことはそうそうないさ。もしも失敗したのなら、また何度でもチャレンジすればいい」
失敗作になってしまったら、マスターに内緒で我々で食べてしまおう、と言われてしまい、少し安心しました。そうです、何度でもチャレンジしても良いのです。これは、私が諦めなければならないものではないのですから。
オーブンの電子音が鳴り、そっと天板を取り出します。竹串を真ん中に刺して抜くと、生焼けの生地はついていませんでした。
ホッとして、ケーキクーラーに乗せて粗熱を取ります。まだ焼き立てで柔らかいので、切り分けることはできません。
このケーキはもっちり系のケーキなので、しっかり冷ました明日以降が美味しくなるそうです。
明日、先輩はこのケーキを美味しいと言ってくれるでしょうか。私が初めて作ったケーキを、
明日が不安で、でも、なんだかワクワクするような心地で、キッチンを後にするのでした。
バナナブレッド分量
バナナ3本(うち2本ペースト。1本飾り)
強力粉120g
三温糖100g
バター60g
卵1個
アーモンド50g(アーモンドダイス、またはアーモンドスライスを使うと楽。ナッツなら何でも良し)
重曹2g
175℃のオーブンで40分焼く