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    1ミリもえっちじゃないエロトラップダンジョンの話
    由←巡

    さもサモと若干のクロスオーバー

    #由巡

    踏破せよエロトラップダンジョン!あるいは恋を失わない男の話 玄関を開けるとそこは異様に無機質な小部屋であった。


     ふつーに出勤準備をして家を出たら何故かマンションの通路ではなく正四方形の部屋だった。引き返そうにも吸い込まれるように室内に引き寄せられて、背後にはすでにドアもなく壁になっている。

     そして目の前には、同じくちょっとつんのめった形で立ち尽くしているわけわからん状況に処理落ちしてそうな由基。その背後にもすでにドアは無い。



     異常事態を越えた異様事態ではあれど、伊達に修羅場をくぐっていない。俺も由基も数秒たたず立て直し、周囲を警戒観察する。

     二十平米ほどの部屋。俺と由基が出てきたのが対面の壁。俺から見て左の壁にドア、右の壁にバカでかいモニター。
     ――ヴォン。電子音が鳴りモニターに、なんか、ニュースでよく個人情報を保護するために使われるやつみたいな磨りガラス越しのシルエットが映る。いや、ナニコレ?

    「ようこそ。我がダンジョンに」
    「なんだテメェ! そのふざけた声とシルエットは!!」
     よく聞く妙に甲高い音声変換が癇に障る。
     マジでなんなんだよこの状況。

    「驚くのも無理はありません。しかし、状況はそう複雑ではありません。私はただ、超条さんあなたに貸した分の対価を取り立てに来ただけですよ」
    「…………あ」

     巡……? と訝しげな声をあげる由基を横目に主犯の正体に思い至る。そして動機、というか理由にも。

    「悪ぃ由基。これ、俺の案件だわ」
     中将P。と告げるともうそれで事情を察した由基から、よりにもよって……という思念が伝わってくる。
     いや、しょうがないじゃん。喫茶店に助けを求めに行ったらたまたま居たんだもんよ…、中将Pが貸しを売りつける機会を逃すわけないだろ……。

    「状況は理解出来たようですね。こちら、我が社が新たに開発した『エロトラップダンジョン』となっております。お二方にはこのダンジョン十階層を踏破していただき、その模様を独占配信させていただきます」

     発禁コンテンツですので、プライバシーには十分に配慮させていただきますのでご安心を。なんて安心要素のない事を変声機越しでも冷徹さが滲む声が告げる。
     ブツン――。
     黒光りする電源の落ちたモニターをしばし見つめ、とりあえず由基と状況を整理する。


    「また面倒な事になったな。一体どんな借りを作ったんだ?」
    「やー、ガキ共がサッカーしてたらヤバそうな祠? を壊しちまったって言ってたから、ネビ山さんとこに行ったんだよ」
     そしてたまたま居た中将Pさんに貸しにされた。と
     はい、そのとおりです……。
    「運が悪かったな。中将Pさんが出張っている以上、ここから正攻法意外で脱出出来るとは思わない方がいいだろう」
     寧ろ、正攻法でないから貸しを返したとは云えないと言われた方が厄介だ。
     由基の言葉に頷く。あっち側のアレソレにはこちらがその道理を知らないのだからヘタな策や不義理を働かないのが吉。

    「それで、なんだって? 『エロトラップダンジョン』??」
    「『エロトラップダンジョン』……。なんだそれ、知ってるか由基」

     ふるふる。とお互いに首を振る。
     『エロ』と『トラップ』と『ダンジョン』。もう、一つでお腹いっぱいなところを盛りすぎだと思う。

    「ダンジョンってあれだよな。昔巡とやったゲームなんかに出てくる、モンスターとかがいる洞窟とか建物とか」
    「そうそう、RPGな。トラップも普通に罠でいいだろ、罠付きのダンジョン」
    「それで……」
    「うん……」

    「エロだけが異質だな」
    「発禁コンテンツとか聞き逃がせないことも言ってたな中将P」

     お前のオカズに無いのこの語彙。あるわけないだろ。とやんややんやしたところで答えもヒントも出ないので、突撃以外に選択肢はない。


    「丸腰だろ由基。俺からあんま離れすぎんなよ、どんなトラップやモンスターが出ンのか分かったもんじゃねぇ」
     せめて武器の一つでも恵んでくれよ。内心で零しつつ、無駄に重い扉を開けて一歩踏み出した。




    「なあ、由基」
    「…………うん」

     五階層を踏破して、各階の間の階段に腰掛け、俺たちは膝を突き合わせていた。

    「なんか、俺が思ってたのと違うんだけど」
    「完全に同意だ、なんか、なんかこう……、いいのか? あれで」

     第一階層。なんかモゾモゾウゴウゴとうごめく目に痛い蛍光ピンクの床と壁。まあまあでかい空間なので壁には近寄らず、床は革靴の下の感触が気持ち悪かっただけで済んだ。クリア。
     第二階層。犬型のモンスターが出てきた。襲いかかるそれらを心が痛むが念動力で優しく投げ飛ばす。クリア。
     第三階層。壁から天井までを埋め尽くす、カエルのような、筒状の中にある大量の卵と、複数の巨大な腕。腕を引き千切ってドアまで走る。クリア。
     第四階層。打って変わって機械のアームと、俺でも存在を知ってるようなやらしいオモチャの数々。当然、念動力でぶち壊して、クリア。
     第五階層。パーティールームかよ、という具合の得体のしれない光線が乱反射する部屋。発生源のマシンを念動力で破壊。クリア。

     俺たち今まで階段登る以外は全部念動力でぶち壊すしかしてないけどいいのかこれで? 感が否めない。
     いや、エロ展開とか御免だから別にいいんだが……。中将Pも、予想通りの撮れ高が取れなくてもダンジョンクリアを返済にすると言った以上は追加で返済を要求してはこないだろう。


     ピンポンパンポーン。
    「中将Pです。成人向けコンテンツに手を出そうとしたのですが、人間向けの調整がいまいちだったようですね。ただ今から、『エロトラップダンジョン踏破RTA』に企画を変更します。最下層からダンジョンが崩壊しますので、ご両人頑張って走ってください。」
     命の危険は流石にお助けしますよ。
     ピンポンパンポンー。



    「「ふざッッけんな!!!」」


     
     ゴゴゴ……! なんて崩壊音(おそらく)が奥から響いてくるのを聞きながら二人して階段を駆け上がる。

     嫌な肉感のある壁が迫りくるのを念動力で押し返して走り抜ける。クリア。スライム状のモンスター? がみっちり詰まった部屋を海を割るように道を作り駆ける。クリア。わざとらしい宝箱。無視。クリア。部屋の天井から色付きのガスが散布される。体に届く前にトップスピードを維持して走る。クリア。落とし穴を踏み抜く、浮けるので問題なし。クリア。


    「セーフ!!!」

     最後の階段を駆け上がり扉を開け、腹の立つ『クリア〜〜♪』の機械音声を聞き終わる前にもんどり打って地上に転がり出る。

     ぜえぜえと息切れをおこしている由基を尻目に、ざッけンな、インディ◯ジョーンズじゃねぇんだぞ。と悪態をつく。マジで怖かったんだけど、背後から迫りくる崩壊音。


    「悪かったな由基。巻き込んじまって」
     気にするな。とそこの自販機で買ったスポドリを受け取って呷った由基が返す。さすがの罪悪感でスポドリは奢った。

    「それにしてもなんで由基がいたんだろうな。借り作ったのは俺だけなのによ」
    「? そんなの、中将Pさんが俺たちがまだ相棒だと思ってたんじゃないか?」
     解消してから俺はあの人と会ってないし。いや、俺はまだ巡の相棒の座を諦めるつもりはなくよって今現在も相棒()くらいの名乗りは許されるはずだが…………。
    「あ、あー、そうかもな」

     ああくそ、そういうことかよ。

     この時ほど、由基に読心術が備わっていないことがありがたいと思ったことはない。
     元相棒だから、面識がある相手だから、現在の相棒の一本木が十代だから、そんな理由よりももっとずっと、しっくりくる理由に思い至ってしまった。

    『俺が由基に恋をしているから』

     これは中将Pにとって、『恋愛リアリティショー』だったわけだ。ドキドキのハプニングとエロスに、俺が一歩踏み込む様子を娯楽として消費しようとした。想定以上に俺が仲を進展させるつもりがなかったので、ジャンルを変更せざるを得なかったというところだろう。

     どうした? 訝しげな由基に、何でもねェよと目を細める。
     いつか、いつかお前が誰かに恋をするときまで、きっとこの熱は冷えないからそれでいい。

     午前の光が眩しかった。
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