『開幕』「あ・・・なんだ?」
目が覚めて身体を起こすと公園のベンチの上だった。俺は死んで亡霊になって消える前に暁人の身体に憑依してあの日の夜の渋谷を駆け巡った。最後は別れて俺は消えた、はずだった。なのに今ここに存在していると言う事実があった。鞄を探ってスマホを取り出すと日付があの事件の1ヶ月後だった。何が起きたのかわからない俺はとりあえずアジトに向かうことにした。
「あら、KKも?」
アジトに着くとそこには凛子と絵梨佳、それに
「お前は、誰だ?」
白いワンピースを着た絵梨佳と同じくらいの少女がいた。
「もしかして暁人の妹の・・・?」
「伊月麻里です。兄のことをご存じのようで」
「ああ、知ってるよ」
「えっと、あなた方は兄とどういう関係なんですか?」
「俺達は・・・」
事情を説明すると彼女は少し納得いかない様子でいた。
「そうですか、私が入院していたときにそんなことが・・・」
「で、暁人とは再会できたのか?」
「それが、兄の姿を一度も見ていません」
俺は耳を疑った。だってあれだけ会いたがっていたんだから普通ならすぐにでも会いに行くはずだろう。それなのに会いに行っていない?
「家の方は?」
「所在がまだ・・・」
「麻里は私が見つけて住まわせている状態なの、絵梨佳とは上手くやっていけてるわ」
年が近いからか凛子は妹のように可愛がっているようだ。確かにこんなかわいい子と一緒にいられるなんて羨ましい限りだ。
「まずは身辺調査から始めましょうか」
「そうだな、何かわかるかもしれないし」
それからは暁人について色々と調べることにした。学校や交友関係、住んでいる家などを調べたが結局何もわからなかった。
「手掛かりなしね」
「こりゃお手上げだな」
暁人の同級生に聞いたが大学にも来てないし見かけてない。バイト先も調べたがずっと無断欠勤らしい。
「一体どこに・・・」
「私は諦めたくない!絶対に会うんだから!」
麻里の言うことはもっともだがここまで見つからないとなるともうどうしようもない気がする。
「麻里ちゃん、その気持ちは分かるよ」
絵梨佳が麻里に優しく声をかける。
「でもどこかに隠れているのならいつか必ず見つかると思うんだ。きっとこの世界のどこかにいるはずだから」
「ありがとう、絵梨佳ちゃん」
2人はすっかり仲良くなったみたいだ。やっぱり近い年で同性同士だと打ち解けやすい。
《KK、凛子、ちょっと見て欲しいものがあるんだ》
エドがボイスレコーダーを再生して俺と凛子を呼んだ。
《最近起きた事件なんだが、場所が彼の通っていた大学で起きていた》
暁人の通っている大学で変死事件が起きているという記事を見つけた。全身に噛み傷のような跡があり出血多量で死亡しているというものだった。
《これに関連したものが他にも》
病院内で看護師が突然血を吹き出して倒れたと書かれていた。またある場所では密室内で衣類には何ともないのに肩に噛み傷が合った死体が発見されたというものもあった。
《今までにこんなことはなかった。彼が最後に僕の方に連絡を残した日からこのようなことが起き始めたんだ》
「まさか、あいつが関わってるっていうのか?」
《可能性はある、ただまだ確証はないけどね。それにこの連絡にも気になる点があるんだ》
〈こっちにきてください たのしいことありますよ〉
エドのスマホに表示されている暁人からのメッセージ。これを最後にして暁人は失踪した。日付を見ると3週間くらい前だ。
「私と絵梨佳がこの世界に戻って麻里を見つけたのが半月前でKKは一週間前」
《で、僕とデイルが渋谷に戻って来たのは事件から3日が経った辺りだ。そこから彼が公衆電話を使って僕の方に連絡をして、しばらくしてからスマホにメッセージを残して失踪》
「一体暁人に何が起きたんだ?」
俺達がいない間に何かあったのか?暁人が消えたことに関係があるのか?そもそもなぜ暁人だけ消えたんだ?
《考えられるとしたら何者かによって拉致された、もしくは───》
俺達が知らないところで何か起きているんじゃないかと不安になった。もし仮にそうだったとして暁人を拉致するような奴がいるのか?一体何のために?
不意にドアチャイムが鳴る。
「俺が出る」
ドアノブに手を掛けようとした瞬間、おぞましい気配に俺は思わず手を離す。
「なっ!?」
「どうしたの?」
「あ、ああ・・・なんか、誰かいるような気が・・・」
凛子が俺の隣に立ってゆっくりと扉を開ける。
「・・・誰もいないじゃない」
「そう、だよな」
誰もいないことを確認して扉を閉めた途端、悲鳴と物音が聞こえてきた。急いで部屋に戻ると、尻餅をついた麻里の姿があった。
「おい、どうした?」
「・・・さっき、玄関の前に・・・黒い影みたいなのがいて・・・」
「え?」
「な、何か言ってた・・・」
「何を?」
「・・・来たよ」
そういった途端、台所の水切りかごがひっくり返されマグカップが飛んできた。机の上に置いていた資料が散らばっていきそれが弾け飛んだ。
「な、なんだよ・・・」
「なに、これ」
パソコンの画面は乱れ、一部はヒビが入り畳の床に落ちる。コードがブチブチと千切られていく。棚が倒され、荷物が散乱する。まるで部屋の中で誰かが暴れているようだった。
「な、なんなのこれ」
「わからない」
写真立てのガラスにヒビが入るとそこで収まった。
「終わった、のか?」
「ひぃぃっ!!」
バンッという音と共にカレンダーに血の手形が付いた。血が垂れて床に落ちていく。麻里の目尻には涙が溜まっている。すると恐怖のあまり部屋の片隅で縮こまってしまった。
「大丈夫よ、麻里ちゃん」
凛子は麻里を抱きしめて落ち着かせようとする。絵梨佳も麻里のそばに駆け寄った。軽くパニックを起こしており口をパクパクとさせていた。
「なぁ、凛子」
「何?」
「今この部屋に何かいる」
「麻里は何かを見たようね、霊視は?」
霊視を使うがなにも見えなかった。
「なにも見えねぇ、こんなのは初めてだ」
「お・・・お、お」
「麻里ちゃん?」
「お、お兄ちゃん?」
麻里の口から出たのは暁人のことだった。まさか、暁人がいるというのか?でも姿は見えない。
「どこにいるんだ、暁人!」
俺は叫ぶが返事はなかった。それから1時間ほどしてようやく落ち着いた。その間ずっと俺達は麻里を見守っていた。
「ごめんなさい、取り乱してしまって」
「いいんだ、気にするな」
麻里が落ち着いてくれたのでほっとする。だが、これが悪夢の始まりだとはこの時は知る由もなかった。
「フフフッ」
子供の笑い声が何処から聞こえて来たのを俺達は知らなかった。