「呪いのカメラ?」
「うん、何か妙に引かれてね。いくらって聞いたらタダで譲ってくれた。勝手に写真が出てくる呪いのカメラ。何処かわからないものが写っている写真が現像される」
兄が呟きながら写真を私に手渡す。そこには白い彼岸花が写っていた。
「勝手にフラッシュが焚かれて出てくる。何処かの景色だったら人物の一部だったり。店主がそう言ってた。ついでに今までの写真が入ったアルバムまで貰った」
「いつから」
「それが・・・僕が事故にあった日からカメラが動き出した」
私は写真を見つめる。白い彼岸花は見たことがない。これは何処なのだろうか?
「お兄ちゃん、これ何処かわかる?」
「分からないよ、記憶もないし」
小指で頭をかきながら答える。
「でも、これが撮られた場所に行ってみる価値はあると思うんだよね。まあ、実在していればの話だけど」
どこかふわふわした兄は、このカメラについてあまり深く考えていないようだ。
「麻里、ひとついい?」
「どうしたの?」
「このお守りとお札」
兄は壁にかかったコルクボードを親指で差した。そこには沢山のお守りやお札がかけられたり貼られていたりした。これは私が兄の記憶が戻ることを願っていろんな神社で買ってきたものだ。
「僕のためとはいえ無関係なものばかりだ。これなんて安産祈願だよ、まだ結婚してないのに」
お兄ちゃんが苦笑する。確かに言われてみるとその通りかもしれない。私は自分が買ったものを思い出して恥ずかしくなった。
「ごめんなさい。迷惑だった?」
「いや、そんなことはないけどさ」
「じゃあ、今度一緒に買いに行こう?」
「んー、いいけど」
上の空な兄は生返事をする。兄が私のことをどう思っているのか不安になった。
「ねえ、私と出かけるの嫌?」
「えっ、どうして?」
「だって上の空なんだもん」
「ああ、そういう訳じゃないんだよ。ただ・・・自分が誰なのか思い出せないだけ。伊月暁人、同級生に聞いたりしたけどありすぎて分からないや」
「だから! それは気にしないでって言ったじゃん!」
「ごめん、そうだね。もう大丈夫」
兄は笑顔を見せた。少しぎこちなく感じたのは気のせいではないはずだ。
「とにかく、これからもよろしくお願いします」
兄は深々と頭を下げた。その姿を見た私は微笑み返した。
「こちらこそよろしくね」
私たちは兄妹なのだから。するとドアチャイムが鳴る。
「私が出るね」
ドアを開けるとそこにいたのはKKさんだった。なんだか機嫌が悪そうに見える。
「あの・・・何か?」
「暁人はいるか?」
「いますけど、どうかしましたか?」
「お前には関係ないことだ」
冷たく言い放つと部屋に入り込んでくる。そしていきなり兄の胸ぐらを掴んだ。
「暁人、あのカメラどこにある?」
「カメラ?」
「昨日お前が寄った骨董屋に置いてあったカメラだよ。店主に聞いたらお前に譲ったって」
「やっぱり呪いのカメラ?」
「そもそも店主が俺のところに依頼して、それでだな」
「きゃぁっ!」
KKさんが兄に詰め寄っているといきなり破裂音が聞こえてきた。コルクボードに掛かっていたお守りの一つが弾け飛んだのだ。
「いきなりなんだ?」
「わからない・・・」
口論になりかけていたKKさんと兄が呆然とした状態でいるとブチブチと音を立て一つ、また一つとお守りが弾けていく。
「何が起きてるの?」
台所からカタカタと音が聞こえてくるとマグカップが飛んできた。私は思わず目をつむってしまう。
「危ない!」
兄の声と同時に食器棚のガラス戸が割れた。破片が飛び散ると私は怖くなって泣き出してしまった。
「うぇ~ん」
「麻里、泣くなよ。僕は大丈夫だから」
お兄が抱き締めると私は離れないようにしていた。
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台所からマグカップが飛び、食器棚のガラスは割れて、コルクボードにあるお守りとお札が意味をなさず、破れて弾け飛んでいく。
「嘘だろ? 」
暁人は妹を抱き締めながら安心させようとしている。まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
「おい、暁人。これはどういうことだよ?」
「知らないですよ! 僕だって驚いてるんですから。今までこんなことはなかったのに!」
写真立てのガラスにヒビが入り、本棚の本が飛び出している。まるでこの家の中を誰かが走り回っているようだった。
「なに!もう!」
こんなことは初めてだったので暁人も混乱しているようだ。
「麻里、麻里、大丈夫だからね」
暁人は妹を安心させようと優しく声をかける。するとピタリと止み、部屋の中は静まり返った。
「なんだったんだ? 今の」
「わかりませんよ。僕だってあんなの見たことないですし」
「それよりカメラはどうなった?」
「あっ、そういえば」
暁人はカメラと一緒に一冊のアルバムを見せてきた。
「勝手に写真が現像される呪いのカメラと今まで現像されてきた写真が纏められたアルバムです」
「・・・お前が持っとけ」
「えっ・・・」
「いいから」
「は、はあ・・・」
暁人は困惑しながらカメラを手に取った。すると一枚の写真がヒラリと床に落ちる。そこには黒い池の畔に咲く白い彼岸花が写っていた。