『子供』麻人を保護してから翌日、絵梨佳と麻人を起こそうと部屋に行くとベッドの上で麻人が絵梨佳に抱きついて眠っていた。サイズの合わない寝巻きで眠る麻人の姿が可愛かった。安心しているのか口の端から唾液を垂らして熟睡していた。
「・・・凛子、おはよう」
絵梨佳が目を覚ますと私に気が付いて起き上がった。私は二人分の朝食を作るために台所に向かった。
「おねーちゃん・・・?」
絵梨佳が起きるとそれにつられて麻人も起きたようだ。寝ぼけた状態で目蓋が上がらずほわほわとしている。
「牛乳飲む?」
「・・・のむ」
冷蔵庫から牛乳を出して、コップに注いでいく。私がコップを手渡すと両手で持ってコクコクと飲んでいる。
「おばさんは?」
「ん?あぁ、私はいいや」
私の返事を聞くとまたコクリと喉を動かした。飲み終わるとコップを渡してきた。
「ありがとう」
私は頭を撫でると嬉しそうにはにかんだ。
「麻人くんは今日どうするの?」
「えっと、おねーちゃんといっしょにいたい・・・かな」
「別に良いけど・・・」
昨日の時点で絵梨佳に懐いてるのは分かっていたので特に驚きはない。ただ、絵梨佳と一緒に居たいと言うとは思わなかった。
「じゃあ、ご飯食べたら遊ぼうか」
「うん!」
麻人は満面の笑みを浮かべた。そんな顔を見るとこちらも自然と笑顔になる。朝食をテーブルに運び、三人で食べる。食べ終わって食器も片付け終えて一息ついた頃、インターホンが鳴った。玄関を開けるとそこにはKKが来ていた。
「あら、KK」
「あのガキの件でエドに話したんだが・・・」
「まだ痛むの?」
昨日、麻人がKKにいきなり金的をかましてからずっと擦っている。正直ちょっと可哀想だと思った。
「どうも子供が出せる威力じゃねぇ。あの威力、どう考えても大人と同等だ」
「子供って意外と力あるものよ?ましてや加減というものを知らないし」
確かに普通の子供ではないと思う気もするが、髪型も不思議で揉み上げだけが長い髪型だし、何かしら訳があるのだろう。
「親についての特徴とか聞かなかったのか?」
「それについてはまだ聞いてない」
「まぁ、それは本人から直接聞いた方が良いかもな」
「それもそうだな」
絵梨佳の方に目をやると、麻人が寄りかかっていた。
****
《一ついいかい?ここはいつから託児所になったんだ?》
「お前そんなのも録音してたのか」
《子供を拾ったと聞いたが未就学児とはこれいかに?》
「俺に言うんじゃねぇよ、絵梨佳に言え」
アジトでエドがボイスレコーダーを再生して俺に訪ねてきた。詳細は絵梨佳の方が詳しい。今は凛子が買ってきた画用紙とクレヨンで床に転がりながら何かを描いている。
「何を描いてるの?」
「うーん、ないしょ」
絵梨佳が麻人に聞くとニコニコしながら答えた。黒のクレヨンを片手に真剣に描いている。何を考えているのだろうか。
《その子が例の子か?随分と小さいな》
「年齢を聞いたけど五歳と答えてた」
《二人で面倒を見るのか?》
「ああ、親が見つかるまでな。気付いたら独りぼっちだったって」
《親がいなくなったということは何らかの事件に巻き込まれた可能性があるかもしれない》
「そうなると捜索願が出されてるはずだろ?」
《もし出されてなかったとしたら?》
「誘拐された可能性か・・・だが、身代金の要求がないなら違うか・・・」
《そもそも誘拐なのか?その前にどうしてこうなったかの経緯を知りたいのだが・・・》
「それも本人に聞いてみるしか」
《それもそうか・・・あぁ、そういえばその子供の名前はなんていうんだ?》
「麻人と言っていた。植物の麻に人という字を書くらしい」
《ふむ・・・では》
エドはボイスレコーダーを下ろすと麻人に近づいていく。
「麻人君、少し質問をしても良いかな?」
「ん・・・だれ?」
エドはボイスレコーダーを使わずに麻人に話しかけた。麻人は不思議そうに首を傾げている。
「僕はエドだ」
麻人の目線に合わせて屈んでから優しく言った。麻人は目をぱちくりさせながらもじっと見ている。麻人は本当に素直に育っている。恐らく両親に大切に育てられてきたのだろう。この子には何か事情がありそうだと皆考えていた。
****
《この事を踏まえると、誘拐や事件の線はなく、虐待やネグレクトといった可能性もなかった》
麻人への質問を終えたエドは席に戻った。
「つまりどういうことだ?」
《つまり、彼は天涯孤独の身である可能性が高いということだ》
「本当に親がいないってことか・・・」
《ただし、父親の特徴を聞いた時だが》
エドがボイスレコーダーを下げ、俺に肉声で話した。
「麻人君の父親はどうやら君と似通っているんだ」
「はぁっ!?」
困惑して大きな声を上げ俺の声に反応したの麻人がビクッと肩を震わせた。
「KK!」
「あぁ、悪い・・・」
絵梨佳に注意され、謝った。絵梨佳を見ると心配しているのか不安な表情を浮かべていた。
「・・・それで、どこが似ているんだ?」
《外見情報は殆ど君に似ていた、それに性格も。あとは携帯に赤いスポーツカーのストラップを着けていたことも》
確かに俺の携帯には昔息子が好きだったスポーツカーのキーホルダーがついている。今でも着けているが、それを他人に見せたことは無いし、見せた覚えもない。
「おい待て、それじゃまるで俺が父親みたいじゃねぇか」
「KKが父親?確かに奥さんも子供もいたけどね」
「それはもう過去の話だ。大体」
「KK、麻人くん寝ちゃったよ」
絵梨佳に言われ、見ると麻人がうつ伏せの状態で眠っていた。少し減った黒いクレヨンを片手に幸せそうな寝顔をして眠っている。側には画用紙が散らばっていた。片っ端から描いたのだろう。
「見るだけなら、いいよね?」
「見るだけならな」
何を描いたのかと思い拾い上げた途端、目を疑うような光景があった。そこに描かれていたのは黒い何かだった。口を大きく開けているように見え、全体図を見ると山椒魚のように見える。しかし、その口の中には、人間の歯のようなものが生えているのだ。
「なんだ、これ・・・」
「さぁ、分からないわ」
他にも複数もの細長い腕と脚を持った頭が赤く塗りつぶされた人物の絵や、灰色の肌をもった人型の何かだったり、何対の脚を持つ黒い蜥蜴のようなものを描いていたりもした。
「KK・・・」
絵梨佳が手にしていたのは枯れた花が差してある絵だった。花瓶の中の水は血のように赤く描かれて、大量の芋虫が今にも動き出しそうなほどリアルに描かれている。
「これは、一体・・・」
《この絵は、この子が描いたのか?》
「うん」
《もしかするとこの子は僕たちにはわからない何かを抱えているかもしれないな》
エドの言葉に俺と凛子はゆっくりと頷いた。