『杞憂』あれから数日が経った頃、麻人の描く絵は不気味でおどろおどろしいものばかり多い。何か悪い夢でも見ているように思えるが寝顔からはそうとは考えられず、寧ろ幸せな夢を見ているように思えた。ただ、私に懐かないのが少し不満だ。絵梨佳に懐いているのを見ていると少しばかり嫉妬心が芽生えてくる。大の大人が子供相手に嫉妬しているのもあれだが現状、幸せなら大丈夫だ。麻人が私を見た途端、強ばった。私から何かを感じ取ったのだろう。
「ほーら、大丈夫だから。凛子は怖くないよ」
絵梨佳がそう言うと麻人はゆっくりと近づいてきて、私に抱きついた。そして、ギュッと抱きしめてきた。私も負けじと劣らず、抱き返す。
「どうせ何にも守れてないくせに」
耳元で一瞬、そんな声が聞こえた気がした。それはどこかで聞いたことのあるような声で、でもどこなのかわからない。
「凛子、どうしたの?」
「なんでも、ない・・・」
戸惑いながら私は麻人を撫でてあげた。すると、嬉しそうな顔をして私の胸の中に収まった。その笑顔を見ると、なんだかとても懐かしい気持ちになった。子供を産んだことすらないのに不思議なものだった。すると麻人は私から離れて絵梨佳のほうに寄っていった。そんな様子を眺めながら、ふと思うことがあった。この幸せはいつまで続くのかということだった。いつか終わりが来るんじゃないかと考えてしまうのだ。
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《KK、何か悩み事でもあるのか?》
「まあ、あのガキが気になってるだけだ。父親のことも」
外見と内面に共通点が多く、尚且つ携帯に赤いスーパーカーのストラップを付けていると。
《あと動物が苦手なところも共通しているところとか》
「うるせぇ」
そこまでそっくりだとあたかも自分が父親であるかのように感じてしまいそうになる。それではダメなのだ。あいつは俺の子供じゃない。血の繋がりがあるかどうかなんて関係ない。そもそも俺は全てを捨て・・・
不意に携帯が鳴った。画面には『凛子』の文字があった。
「もしもし、どうしたんだ?」
《KK、早く来て》
震えた声だった。それだけで嫌な予感がした。急いで向かうと、凛子が玄関で待っていた。
「どうした!?」
「こっち!」
リビングに向かうと、麻人の泣き声が聞こえてくる。慌てて駆けつけるとそこには絵梨佳の姿があり、麻人を抱えていた。部屋の中は食器が飛び、破片が散乱している。
「何が起きたんだ?」
「麻人くんが急に泣き出して、部屋の中の物が勝手に動いたりして・・・それで・・・」
ポルターガイスト現象が起きていたということか。こんなことが起きるとは思ってもいなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「大丈夫、KKが来たから」
絵梨佳がそう言ってもなお、麻人は泣いていた。
「やれやれ、また仕事が増えちまったな」
俺はため息を吐きながらも麻人に近づき、優しく頭を撫でてやった。すると、落ち着いたようで次第に泣き止んでいった。それから食器類の片付けを手伝った。その間ずっと麻人は絵梨佳の傍から離れようとしなかった。
「すっかり絵梨佳に懐いてんな」
「もう四六時中一緒にいるよ。ご飯食べるときもお風呂入るときも寝てるときだって一緒だよ」
「そうか・・・」
「羨ましいの?」
「別に・・・」
何かざわついているような気がする。これはなんだろうか? 胸の奥がモヤモヤするような、締め付けられるような感覚に襲われる。
「気のせいか・・・」
きっと疲れているせいだと思った。
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KKが帰った後
「わかってるけど、私はあなたを危険な目に合わせたくないの」
「うん・・・」
凛子はいつも私のことを考えてくれる。私はそれが嬉しい。でも、少しだけ申し訳ない気持ちになる。自分が守られている存在なのがどうしても嫌だった。
「早いけどお風呂一緒に入ってくるね」
私は麻人くんと手を繋いで浴室に向かった。脱衣所に入ると服を脱いで、麻人くんの服も脱がせた。それから二人まとめて洗った。泡だらけになると、楽しそうな声を上げて笑っていた。
「♪~♪~♪~」
二人で湯船に浸かっていると麻人くんの背中が目に入った。
「・・・?」
背中にアザのようなものが広がっていた。ぶつけた記憶がないので不思議に思った。
「どうしたの?」
「うーん、なんでもないよ」
私は麻人くんに抱きついて、身体をくっつけて温めることにした。それに安心したのか麻人くんは笑顔になってくれた。
「嘘つき」
一瞬そんな声が聞こえたような気がしたが、私は気にせずそのまま温まることにした。
大学の帰り道、誰かが言い争う声が聞こえてきた。その声のする方に行くと二人の男がいた。一人は尻餅をつき、もう一人はその上に乗っかっている状態だ。
「上に乗っからないで!」
「そもそもお前が目を離すからだろ!」
「だからと言ってこんな風になるわけないじゃん!移動するだけで『力』使っちゃったし!」
「てかここどこだ!?」
「携帯圏外だよ!」
上に乗っかっていた男は俺より年上で、もう一人の男はサングラスを掛けていて分からないが俺と同い年くらいの青年だ。
「どうだ?」
「うーん」
サングラスをかけた青年が片手で頭を抱える。
「だめ。波長が合わないから何処にいるか分からない」
「どれくらいかかるか?」
「よくて三日、悪くて一週間。でもあっちから反応さえ出れば直ぐに見つかるのに・・・あ!そこの君!」
サングラスの青年がこっちに気づいた。
「ちょっとお願いがあるんだけど・・・」