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    kotobuki_enst

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    第三回茨あん利き小説企画に参加させていただいた作品です。振られたけど諦めて次に行けなかった茨の話。ぶっちゃけ自分でも話があっちこっちにいってちょっと読みにくいなと思いました。

    ##茨あん

    エラー・アンド・トライ「自分とお付き合いしていただけませんか?」

     七種くんは今しがた、目の前の自販機で買ったばかりのココアを差し出しながらそう言った。けれど私はその言葉にあんまりにも驚いて、それを受け取ろうとした手が止まってしまった。

    「……………………え?」
    「えぇえぇ勿論、あなたが『プロデューサー』としての立場も仕事も大切に思っておられることは重々承知しております!ライフプランなんて微塵も気にされていないことも、そして何より愛するアイドルにケチがつくようなスキャンダルなんて絶対に起こせないと己を律していらっしゃることも!」
    「いや、あの、私」
    「ですが自分なら、あんずさんにそのようなご心労をおかけする心配はありません。同業のようなものですからあんずさんの仕事には誰よりも理解のある自信がありますし、アイドルとしての自分のブランディングは完璧にコントロールしております!自分と付き合うことであなた自身にもあなたの大切なアイドルにも、絶対に不利益を与えることはないとお約束できますが」

     そこまで話すと七種くんは口を閉じて、彼とは対照的にまともに言葉を紡げない私をゆるりと見つめた。ほんの少しだけ笑っている。進めている案件がうまくいっている時とか、スポンサーから良い返事がもらえたと語る時とかの顔。
     私がずっとココアを受け取らないので、七種くんは私の手を取って缶を握らせてくる。自販機から取り出したての缶は熱いので、ハンカチに包んで。彼に手を取られた時に思わずびくりと震えてしまったことは、きっとしっかりバレているだろう。

    「いかがですか」



     人から告白されるのは初めてではなかった。転校して男の子と共に学校生活を送るようになって、ESで働きはじめて色んな職種の人と出会って、ありがたいことに私に好意を伝えてくれる男性には出会ったことがある。私は自分の恋よりも優先したいことがあって、それらは全てお断りしてしまったけれど。
     七種くんが私に好意を向けてくれていたというのは想定外だったけれど、これまでと同じように相手の想いをしっかりと聞いた上で、自分の気持ちを伝えて、相手の想いに答えられないことを告げればいい。プロデューサーとして私がやるべきことはわかっていて、慌てる必要も怯える理由もない。
     ではなぜこんなに動揺しているのかというと、七種くんからの告白は今回二回目であり、私はすでにお断りのためのルーティーンを済ませているはずなのである。そして私は、一度振った相手に再度諦めてもらうためにやるべきことはわかっていない。本当に本当の想定外である。

    「七種くん、私前にごめんなさいって言わなかったっけ……?」
    「そうですね。前回ご提案した時には残念ながらにべもなく断られてしまいましたが」
    「ご提案って」
    「なにぶん自分も男女交際の申し込みというのは経験がなかったもので!あんずさんのような情緒豊かな女性には建前も利害も放っておいて好意のみをシンプルに伝える方法が一番効くのではないかと考えておりましたがさすがあんずさん!骨の髄まで『プロデューサー』というわけですね!いやあ自分も見習わなければなりませんね仕事に対するその真摯な姿勢は」
    「うん、だからね」
    「というわけであんずさんが自分との交際によって起こりうるデメリットを洗い直し、その懸念事項を解消する形で今回ご提案させていただきました」

     そうきたか。
     私は口を開きっぱなしだったことを思い出して、ゆっくりと口を閉じた。







    彼女が「ごめんなさい」と答えた時、自分の頭は悲しむでも落ち込むでもなくすぐさま「何が気に入らなかったのか」と反省会を始めた。過去の汚名を返上して有り余るくらいの好感度は稼いできたと思っていたが。
     「あなたが好きです」などというひねりの無い口説き文句が気に食わなかったか。やはり花束の1つでも用意した方がよかったか。顔か、性格か、他に想いを寄せる男がいるのか。
     己の、アイドルという立場か。

    「私、プロデューサーでいたいから」

     予想に反して毅然とした態度で、彼女はそう言い放った。自分に似た色の、自分より大きい瞳がじっとこちらを見据える。いつもほやほやと気の抜けた顔ばかり見せる彼女の、珍しい表情だった。

    「返答が抽象的ですね。自分の何がお気に召しませんでした?」

     お断りの返事をされた際に食い下がるのはあまり得策ではないのかもしれない。が、こちとら品性の欠片も持ち合わせていない最低野郎である。もしかすれば口八丁でどうにかなるかもしれない。
     それに、相手からフィードバックをもらい次に備えるのはどんな場合においても重要だろう。次、なんて女性がいればの話だが。

    「ごめんね、七種くんのことが嫌いなわけでも、何か不満があるわけでもないんだよ」

     彼女の視線が彷徨う。小さな口から「そうだなぁ」とこぼすのが聞こえた。彼女は口下手だから、きっと適切な言葉を探している。

    「七種くんが気に入らないんじゃなくて、七種くんと付き合う私が気に入らないんだと思うんだ」



     その後彼女になんて返事をして、どのように別れたのかはよく覚えていない。そこはきっと重要ではない。
     あんずさんからのフィードバックは何の役にも立たなかった。自分に不満な点も、改善すべき点も何一つないらしく、結局は彼女の気の持ちようの問題である。「タイプじゃないので」と言われた方がまだマシだった。

     彼女が自分以外の男に告白され、それを断る場面を見たことがある。相手の男は、自分とも関わりのある人物だった。エステレに勤めるADで、深夜帯のバラエティ番組を主に担当している。ESのアイドルをゲストに招くことも多く、あんずさんとも打ち合わせや収録現場などで何度も交流があったはずだ。
     視線をさまよわせ、不安げに首のあたりを手で触りながら彼女に好意と下心を押し付ける男の様子に、九割の嘲笑と一割の不安を抱いた。お前のような十人並みの容姿で己の都合しか頭になく、甲斐性もなさそうな男のために、あんずさんが自分の時間を割くわけがない。案の定、彼女は眉を限界まで下げながら男に二言三言言葉をかけた上でその場を立ち去った。人気のないテレビ局の細通路に、脱力した男だけがひとり残されていた。
     ほんの少しだけ不安を覚えたのは、彼女にとって恋愛対象外となっているのはアイドルのみであって、彼のような裏方の、人気商売でない人間は彼女の恋人になり得るのではないかという考えがあったからだ。しかし彼女は、いわゆる一般人であるあの男の告白もばっさりと切り捨てた。
     断り文句は聞こえなかった。アイドルではない奴の、何が気に食わなかったのか。顔か。将来性か。それは、自分なら持ち合わせる要素か。

     あれは半年か、いや一年近く前だったか。風の噂で、あの男にも晴れて恋人ができたと聞いた。話を聞いた時、変に彼女に執着することなくさっさと次の女に切り替えたその男の態度には好感すら覚えたものだ。
     おそらくそれが正解で、一番彼女のためにもなる選択だ。悪かったのは相性だけで、己に短所などない。互いの需要が合致する他の女を見つける方が、よっぽど建設的だ。

     あんずさんと同等かそれ以上に、自分の仕事に理解があって、アイドルと交際する上での節度を弁えていて、アイドルとしての自分も舞台裏の自分も愛してくれて、自分に敵意や害意を感じられず、どんな時も自分にふにゃりと笑いかけてくれて、でも時々は悔しがったり鼻を高くしたり様々な表情を見せてくれて。そんな女性を、探して、出会って、声をかけて、食事に誘って、他愛ないやりとりを重ねて、交際を、申し込んで?

     そんなのは、糞食らえだ。

     好きになった女性があんずさんだったのではなく、あんずさんだから好きになって付き合って欲しいとまで考えたのだ。彼女に出会わなければ、誰かに死ぬまで隣にいて欲しいと願うことも、こんなにも無様な執着心を抱くこともなかったのに。







    「あの、気持ちは本当に嬉しかったんだけど、私今誰かと付き合ったりするつもりはなくって……」
    「自分との交際に他に何かご心配な点が?」
    「そうじゃなくて、今は仕事を優先したいから……」
    「自分は絶対に、あなたの仕事の邪魔はいたしませんよ」
    「うん、そうだろうけど、私は……!」

     今回の告白でわかった点がある。彼女は自分との交際が不可能であるという絶対の理由を持っていない。そして多分、脈はないわけでもなさそうだ。
     これは相性の問題ではない。頑なな彼女に、いかにして「まあいいかも……?」と思わせられるかの勝負である。毒でも愛でも何でもいいから流し込んで、凝り固まった彼女の考えを溶かして崩してぐずぐずにしてやればいい。
     この告白は、プロデューサーに向けて恋を売り込むためのセールストークでありプレゼンテーションである。

    「ああそれとも、もっと雰囲気を重視した方がよかったでしょうか?確かに職場の休憩スペースの一角でなんてまるで商談のようでロマンもへったくれもありませんもんねぇ!次回は夜景の見えるレストランでも押さえておくとしましょう!」
    「次回なんてないです!というか、何度来られても同じです……!」

     ぷりぷりと怒りながら踵を返しこの場を立ち去ったあんずさんの様子に笑いが込み上げてくる。低い位置で結ばれたポニーテールが左右にぶんぶんと揺れていた。
     あんなことを言っておきながら、どうせ仕事の打ち合わせだとか新しいプロモーションの検討だとか仕事をエサにして適当に言いくるめればノコノコ付いてくるのだろう。
     ああ愉快。次は薔薇の花束でも用意してみようか。
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    kotobuki_enst

    DONE人魚茨あんのBSS。映像だったらPG12くらいになってそうな程度の痛い描写があります。
    全然筆が進まなくてヒィヒィ言いながらどうにか捏ね回しました。耐えられなくなったら下げます。スランプかなと思ったけれどカニはスラスラ書けたから困難に対して成す術なく敗北する茨が解釈違いだっただけかもしれない。この茨は人生で物事が上手くいかなかったの初めてなのかもしれないね。
    不可逆 凪いだその様を好んでいた。口数は少なく、その顔が表情を形作ることは滅多にない。ただ静かに自分の後ろを追い、命じたことは従順にこなし、時たまに綻ぶ海底と同じ温度の瞳を愛しく思っていた。名実ともに自分のものであるはずだった。命尽きるまでこの女が傍らにいるのだと、信じて疑わなかった。





     机の上にぽつねんと置かれた、藻のこんもりと盛られた木製のボウルを見て思わず舌打ちが漏れる。
     研究に必要な草や藻の類を収集してくるのは彼女の役目だ。今日も朝早くに数種類を採取してくるように指示を出していたが、指示された作業だけをこなせば自分の仕事は終わりだろうとでも言いたげな態度はいただけない。それが終われば雑務やら何やら頼みたいことも教え込みたいことも尽きないのだから、自分の所へ戻って次は何をするべきかと伺って然るべきだろう。
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    kotobuki_enst

    DONE膝枕する英あん。眠れないとき、眠る気になれないときに眠りにつくのが少しだけ楽しく思えるようなおまじないの話です。まあ英智はそう簡単に眠ったりはしないんですが。ちょっとセンチメンタルなので合いそうな方だけどうぞ。


    「あんずの膝は俺の膝なんだけど」
    「凛月くんだけの膝ではないようだよ」
    「あんずの膝の一番の上客は俺だよ」
    「凛月くんのためを想って起きてあげたんだけどなあ」
    眠れないときのおまじない ほんの一瞬、持ってきた鞄から企画書を取り出そうと背を向けていた。振り返った時にはつい先ほどまでそこに立っていた人の姿はなく、けたたましい警告音が鳴り響いていた。

    「天祥院先輩」

     先輩は消えてなどはいなかった。専用の大きなデスクの向こう側で片膝をついてしゃがみ込んでいた。左手はシャツの胸元をきつく握りしめている。おそらくは発作だ。先輩のこの姿を目にするのは初めてではないけれど、長らく見ていなかった光景だった。
     鞄を放って慌てて駆け寄り目線を合わせる。呼吸が荒い。腕に巻いたスマートウォッチのような体調管理機に表示された数値がぐんぐんと下がっている。右手は床についた私の腕を握り締め、ギリギリと容赦のない力が込められた。
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