マレビトのコアを抜き出した右手をゆっくりと戦慄かせた暁人が、なにも言い出さないままに走り出しても、KKはおどろかなかった。むしろ、おさまらぬ衝動にエーテルをたぐりよせたいと思った瞬間、身体が動いていたので、おのれが主導権を取っているのかと錯覚した。
でも違った。暁人のからだはKKの手の内にはない。暁人は自分の意思で駆け出していた。でも、両手両足をかろやかになげだして、肺を弾ませて走る暁人の足の親指の、地面をけるくせは、風のエーテルを呼ぶゆびさきが空を引っ掻くやりかたは、あまりにも覚えがあり、寸分のくるいもない。KKはわらう。おまえ、すっかりオレのかたちになっちまって。
しかし、KKは自覚していた。オレの『いつも』も、また変わっている。わかくのびやかな筋肉に任せて衝撃をいなすやりかたは、すくなくとも前の自分にはなかったものだ。ふたりにあったはずのあたりまえの差異は、いまは違和なくまじりあって、境界線なく身体が動く。
だけど、身のうちにあふれる力だけは違った。共鳴して、より大きくなっていく。暁人の身体に満ちる豊かなエーテルは、KKのどこかにある芯みたいなものを、かあんと打つ。それはKKに響きわたり、より大きくなって、暁人に返され、またうちかえされて、大きくなる。ふたりのあいだをぐるぐると力がはねまわる。このまま二人ぐるぐる回ってたら、バターになってとけちまうかもな。KKは浮かれた頭でわらった。暁人の口があわせて笑みをうかべたのもわかった。
ふたりは仔犬みたいに渋谷の空をはねまわり、すべりおち、駆け上がった。いまこの明けぬ夜に沈む街はふたりの庭だった。風景がめまぐるしく変わる、音に気づいたマレビトが、わずか空を見上げて首を捻る。地面にへばりつく人々を笑う。
ああ、寒い。しかし燃えるように熱い。冷えた頭が指令を出す、次の屋根は三歩。からだは応えて叫ぶ、もっと早く、高く!
頭と身体を意思で繋ぎとめて、夜を、夜を駆ける。ひろげた腕に風を受けて、走る!