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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
    過去ジャンルなど含めた全作品はこちらをご覧ください。
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    zeppei27

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    企画3本目、りひとさんからいただいたご指名の諭吉で、『バウムクーヘンエンド』です。完全に独立した単品だよ!史実で妻帯者だから、ばっちりですね!特に贈る側が気づかないのが好きなので……業が深い仕上がりになりました。
     リクエストありがとうございました!

    #隠し刀
    #小説
    novel
    #福主福
    #RONIN

    輪違 めでたい話である。人と人が縁付き、新しい家門を形成し、将来の繁栄を子子孫孫まで伝えようとする。家族ができる、人生を共に歩む相手ができる、それだけでも十分喜ばしい。
     そんなものは、畢竟自分には縁遠いものであったのだと隠し刀は痛感していた。家を持たず、自由に生き、己なりに人と人との縁を理解し不器用に繋いできたつもりであるが、所詮は枠外の存在である。
    「おめでとう」
    覚悟を決めるために口中で台詞を反芻しながら、長屋で一人、祝儀の品を作る。人生で初めて作るものが、一番の友人のためとは幸運だろう。自分がまた一つ、人らしくなった証だ——この胸をじくじくと痛ませるくだらない想いも含めて。
     何もかも気づくのが遅く、全て手遅れだった。誰も悪くはない、強いていうならば己の不始末と言える。鮮やかな楓が染め抜かれた風呂敷の中に、秘蔵の葉巻をたっぷり詰め込み、仕入れたばかりのウヰスキーボンボンなる菓子を添えたところで、隠し刀は深々とため息をついた。どれほど作業が進もうとも、頭の中は遅々として回らない。数日前に勝海舟邸を訪れた時から、自分の時間は止まったままだった。
    「福沢に用事か?あいつなら、ここんところは忙しくってな。ちょいと暇を出したんだよ」
    勝海舟邸に入った隠し刀に、邸の主人は開口一番にこちらの真意を見抜いた。勝との付き合いはそう長くはないが、人間観察に優れた幕府の重鎮には容易に想像されたらしい。
    「忙しい?留学から帰ったばかりだろう。寧ろ、帰国後の仕事はこちらで行うと思っていたが」
    「人間、仕事ばかりが人生じゃないってね。何、あいつも年貢の納め時って奴だ。奴さん、とうとう祝言をあげるんだよ。年齢も年齢だ、おまけに留学もして前途洋々、国許が放っておく道理も無ぇからな。留学して早々始まった話だ、お前さんが知らないのも当たり前よ」
    「祝言」
    言葉の意味を把握するまでしばしかかり、ついで勝が続けた由来がどうだの相手がどうだの、といった話を咀嚼するまで相当に長い時間を要した。普段から表情も口数も少ない人間であったから良いものの、そうでなければ途方に暮れた様子がバレてしまったことだろう。頭が真っ白になった証拠に、どう返事をして帰宅したかも覚えていない。
     福沢諭吉との交誼は、片割れを探す過程で偶然始まったものだった。飯塚伊賀七を介した向こう見ずな冒険や、諭吉たっての願いで黒船に侵入し『拝借』をするなど、尋常ならざる出来事を重ねたのは全くもって数奇な運命である。ウヰスキーでしこたま酔い、裸脱ぎになった諭吉を屋根に放り投げたのも、道場で散々居合の犠牲になったのも良い思い出だ。
     ただの友情とは言い難い。正気の沙汰ではないことに骨を折り、相身互いに夢を語って心配する。夢と呼べるものは隠し刀にさしてなかったものの、西洋を目指し国を大きく発展させようという諭吉の夢は輝かしく、可能な限り後押ししたいと願ったのは確かである。
     諭吉は限りなく親友というよりも——家族に近い存在であった。恐らく相手にとってもそうではないか、と感じられたこともしばしばある。念のために付け加えると、薄雲太夫で鍛えられたため、ちょっとした優しさを勘違いして育てた想いではない。
     迫りくる懐かしさに負けて、ささやかな宝物を入れた文箱を押入れから取り出す。楓が散る千代紙が貼られた文箱は、いつぞや振り売りが持ってきて気に入ったものだった。しまいこんだ時間を思い出しながら蓋に手をかけるも、手が強張っていっかな開くことができない。人の首も平気でひねり上げるこの隠し刀が!文箱は猫よりも軽いというのに、鋼のようにずっしりと重たい。この重さは己の過失に対する罰だ。
    「おめでとう」
    自分を殺すために呟き、一呼吸して蓋を開ける。最初に目を奪うのは、朱色の可愛らしい胸飾りだ。小さな楓がより集まった細工物は、諭吉と二人で横浜の骨董通りで見つけたのだった。西洋では胸元に飾るんですよ、という彼の服装には合わないという理由で、何故だか隠し刀に贈ってくれたのである。あの時、諭吉はなんと言っていた?
    「前々から、あなたに家紋をお渡ししたいと考えていたんです。ほら、あなたは僕の家紋を気に入っているでしょう?これは家紋の代わりというわけではありませんが、僕の気持ちです」
    自分はといえば、ろくろく己の心もわからず頷くのみだった。思い返せば、舞い上がっていたのではないかと推察される。家紋、それはこの国の人間にとっては一種の家族の証だ。一定の身分を持つものは、一族郎党の証として小さな小さな意匠に願いを込める。
     諭吉の家紋は、ただただ彼の好みだけで作られたもので、好きという以上は何もない。だからこそ、家という存在を持たぬ隠し刀にとって、彼の発言は大層魅力的に響いた。周囲の人間は元々の家紋を持つ者ばかりだ。諭吉が家紋を譲れるとすれば、確かに自分くらいなものだろう。誰よりも親しい友人!家族となりうる人!そんな相手は初めてだった。
     ブローチの下にしまった紙束は、ほんの少し触れただけで開く勇気がわかなかった。あるものは黄ばみ、あるものは濡れた痕を残した紙は、海を渡って以降に諭吉が送ってくれた数々の手紙だ。生真面目で筆まめな人らしく、見知らぬ土地の文物や人のこと、勝を含めた仲間たちとのふざけたやりとりが綴られている。表現豊かで軽妙洒脱な文章が彼の人となりを滲ませて、まるで目の前で語っているかのようだった。
     何度も何度も読み返したために擦れた紙は、今でも触れただけで内容をありありと思い出すことができる。
    『あなたにも、この開けた国を観てもらいたいと切に願います』
    伊賀七を経由し、遥か過去からの声を受け取って、どれほど嬉しかっただろう。諭吉の留学が決定しても実感がわかず、いざ別れるとなって初めて抱いた心の穴が叫んだのは、彼に会いたいという一事だった。日が経つにつれて、再会したらば話を聞きたい、話でなくとも声が聞きたい、聞けずともその顔を見たいという風に欲望はこんこんと湧き出でて、とうとう一つの形を成した。
     縁は、円である。手と手を取って離れずに、完璧で無限を描くもの、そうあれかしと隠し刀は願った。友人や家族もどきでは生ぬるいとようやっと理解し、己の愚かさを呪う。全てを取り戻そう。円は、また描けば良い。
     だが現実は全て手遅れで、最初から自分が枠外の存在であったことを自覚させるばかりだった。もし、もっと早くに諭吉への想いに気づけていたらば、今日は違った姿をしていたろうか。伝えたらば、彼は今度こそ家紋を譲ってくれたかもしれない。そうして自分は丸く描いた幸せに包まれて、満足しきっていられたか?
    「おめでとう」
    ありもしない未来を全部手折って、文箱をしまう。開けることは二度とないだろう。祝儀の品を再度確認し、隠し刀は風呂敷の端を丁寧に結んだ。

    ***

     忙しい日だった。否、忙しさは間断なく続いている。慶事は半ば他人事、面倒くさい儀式や手続きで奔走しなければならない諭吉はここのところ、毎日が半ば無駄なように感じられていた。世間の人は、一体どうして手間をかけたがるのだろう?全く理解できそうにない。
     唯一の救いは己の妻が、やや四角四面ながらも(追々お互い折り合っていけるだろう)気立てが良く、家族を成す喜びが家で待ってくれていることである。夫婦仲で揉めている同輩たちと異なり、自分は運が良い方だとしみじみ感じられる事実だった。
     本当ならば、今頃は留学で得たものを報告書の形にまとめて、一刻も早く幕府の改正や民間の教育に身を入れたいところである。勢い付いて帰国しただけに、ある程度予定と予想があったとはいえ、祝言に関わるもろもろの雑務は煩わしくてならなかった。
     故に、ご友人が来訪されましたよ、と妻が呼びに来た際にはまたぞろ面倒かと眉間に皺を寄せて出迎えてしまったのも道理だろう。無愛想この上ない。案の定、客は諭吉の顔に『早く帰ってくれ』と書かれているのを読み取って、いささか面食らった様子であった。
    「ああ、あなたでしたか。お久しぶりですね」
    相手を確かめて慌てて相好を崩すと、古なじみである隠し刀は唇の端を上げた。どうやら機嫌は良いらしい。少しやつれたろうか。互いに忙しい身の上であるため、帰国して以降じっくり話を聞く機会がなかったことに、諭吉は今になってようやく気が付いた。横浜では頻繁に会っていたというのに、たった一年で世界はなんと変わってしまったことだろう。
     懐かしさで胸がいっぱいになっていると、隠し刀はそっと抱えていた風呂敷包みを手渡した。ふわ、と中から甘く苦い香りが漂う。自分が好きなものを察知し、諭吉は益々頬を緩めた。
    「色々準備をしていたらば、遅くなってしまった。……おめでとう、諭吉」
    「ありがとうございます。あなたに祝っていただけるなんて、僕は幸せですね」
    どうやら彼の目的は、他の客同様に自分を祝うことであるらしかった。恐らくは勝から聞いたのだろう。所在を知らないとはいえ、どうせならば己で直接伝えて祝ってもらいたかった、などと図々しい考えが頭をよぎって諭吉は苦笑した。
     隠し刀は、人でなしである。実際、初対面の時点では全く人らしさを備えていなかった。常識はずれで、ただ真っすぐに目的だけで生きている人に対し、当初抱いたのは当惑と憐憫だった。そう長く関係はすまい。果せるかな、合縁奇縁というもので、どういうわけだか周囲の人々も巻き込んで二人の仲は続いていた。段々と人らしさを増してゆく隠し刀の姿に目を奪われ、いつしか和を結ぶに至ったのは自然な流れだろう。
     あの頃、自分は純粋に楽しく、目指したいものだけにまい進できた。今も同じ気持ちではあるものの、戻るべき港を得た身分では無鉄砲も無責任も頂けない。いつまでも独り身の風来坊ではいられやしないのだ。
     だからこそ、自由の象徴である隠し刀からの祝いは殊更に身に染みた。もうあの頃の自分ではない――あり得たかもしれない自分の未来の一つを、辿るだろう他人を間近で見られるのは幸運である。
     あれこれ思うも、なかなか言葉がまとまらない。そうこうするうちに隠し刀は、忙しいだろうからまたの機会に、と相変わらず訥々とした物言いを残して風のように消え去った。
    「今度はいつ会えるでしょうね」
    何を話そうか、と思うだけで心が浮足立つ。楓の柄が美しい風呂敷包みを胸に抱いて、諭吉は自室に引き下がった。問題がなければ、後で妻にも披露しよう。隠し刀は少々物騒だが、きっと彼女も気に入ってくれるに違いない。
     隠し刀と結んだ和は、これから先も続くだろう。その輪をぐるぐると渦巻かせて描く年輪を想像し、諭吉は束の間の休息を楽しんだ。


    〆.
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    Replies from the creator

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
    18819

    zeppei27

    DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。
    前作VD話の続きでもあります。
    >熱くて甘い(前作)
    https://poipiku.com/271957/11413399.html
    心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
     隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro
    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。諭吉が隠し刀の爪を切る話。意味があるようでないような、尤もなようで馬鹿馬鹿しいささやかな読み合いです。相手の爪を切る動作って、ちょっと良いですね……

    >前作:黄金時間
    https://poipiku.com/271957/11170821.html
    >まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    鹿爪 冬は、朝だという。かの清少納言の言は、数百年経った今でも尚十分通じる感覚だろう。福沢諭吉は湯屋の二階で窓の隙間から、そっと町が活気付いてゆく様を眺めていた。きりりと引き締まった冷たい空気に起こされ、その清涼さに浸った後、少しでも暖を取ろうとする一連の朝課に趣を感じられる。霜柱は先日踏んだ――情人である隠し刀とぱり、さく、ざく、と子供のように音の違いを楽しんで辺り一面を蹂躙した。雪は恐らく、そう遠くないうちにお目にかかるだろう。
     諭吉にとっての冬の朝の楽しみとは、朝湯に入ることだった。寒さで目覚め、冷えた体をゆるりと温める。朝湯は生まれたてのお湯が瑞々しく、体の隅々まで染み通って活きが良い。一息つくどころか何十年も若返るかのような心地にさせてくれる。特に、隠し刀が常連である湯屋は湯だけでなく様々な心尽くしがあるため、過ごしやすい。例えば今も、半ば専用の部屋のようなものが用意され、隠し刀と諭吉は二人してだらけている。
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    zeppei27

    DONE企画4本目、加糖さんよりご指名頂いた黒田で、『分け合いっこ』です。豪快さと可愛さの合わせ技、黒田君はいろんなものを何の気なしに分け合ってくれるような気がします。多分他意はないんだ……あるって言って!
     リクエストありがとうございました!
    太陽の共食い 薩摩藩上屋敷は夏真っ盛りだった。縁側をみっしりと埋め、前庭に敷いた筵一面に広がる夏の成果に、黒田清隆は目を疑った。江戸に来てから久しいが、このような異様な光景に出くわすのは初めてである。
    「西瓜……だと?」
    「その通りだ、黒田」
    朋輩たちがわらわらと興味本位で群がる様に呆然としていると、のっそりと大きな影がさした。いついかなる時も沈着冷静な人は誰であろう、大久保利通である。流石に彼ならば事情を知っているに違いない。こちらの困惑を見て取ったのだろう、利通は淡々と続けた。
    「篤姫様が、暑気払いにと御下賜されたのだ。京の都から取り寄せたらしい。……一人一つだ!欲張るでないぞ!」
    「承知しもした!」
    すかさずちょろまかそうとした輩がいたのだろう、利通の一喝ですぐさま場の空気が引き締まる。確かに、薩摩の暑さに比べれば江戸の夏など可愛らしいものだが、暑いには変わりない。西瓜のみずみずしい甘さは極上に感じられるだろう。篤姫も小粋な計らいをしてくれたものだ。
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    zeppei27

    DONE企画2本目、うさりさんよりいただいたご指名の龍馬で、『匂いを嗅ぐ』です。龍馬は湯屋に行かないのでなんというか……濃そうだな、などと具体的に想像してしまいました。香水をつけていることもあり、変化を楽しめる相手だと思います。
     リクエストありがとうございました!
    聞香 千葉道場の帰り道は常に足取りが重い。それなりに鍛えている方だが、疲労は蓄積するものなのだと隠し刀は己の限界を実感していた。所詮は人の身である。男谷道場も講武館も、秘密の忍者屋敷もすいすいとこなしたところで、回を重ねれば疲れるのも道理だ。
     が、千葉道場は中でも格別であった。理由の一つは毎度千葉佐那が突撃してくることで、一度は勝負しないと承知してくれない。そうでもなければ、「私に会いに来てくださったのではないですか」などとしおらしい物言いをされるので弱ってしまう。健気な少女を健全に支えたつもりが、妙な逆ねじを食わされている形だ。
     佐那だけならばまだ良い。性懲りもなく絡んでくる清河八郎もまあ、どうにかなる。問題は最後の一つで、佐那が坂本龍馬と自分との手合わせを観たいとせがむところにあった。彼女は元々龍馬と浅からぬ因縁があり、ずるい男は逃げ回るばかりで年貢を納めようとしない。その癖、隠し刀の太刀筋が観たいだのなんだの言いながら道場までついてくる。佐那は龍馬と手合わせできないのであれば、二人が戦う様を観たいと譲歩してくれるというのが一連の流れだ。
    3110

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