「なあ正守、今晩はふたご座流星群なんだって。だから、」
「よかったじゃん。夜のお勤めのとき、時音ちゃんと見れるね」
一緒に登校してきた別れ際、言いかけた言葉の続きを言わせぬよう被せて笑顔で言った。
「あ、授業始まるから教室行くね」
ちょうどチャイムがなったため、良守の顔を振り返らずに教室に向かった。だから、正守の後ろ姿を見つめる良守がぐっと唇をかみしめ眉をよせていたことには気づかなかった。
夜も更けたころ、正守は屋根に上がり空を見上げていた。
この季節の夜はさすがに凍えそうなほど寒くはなっているが、結界を作ってその中に寝ころんでいたので、それほど寒さは感じない。澄んだ空気の夜空を見上げるのが心を落ち着かせるようで好きだった。
すると目の前を一筋の光が流れていった。
「あっ」
そういえば良守がふたご座流星群だと朝言っていたのを思い出した。きっと今頃、時音と一緒に空を見上げているんだろう。それを良守の口から聞きたくなくて、朝は言葉の途中で遮ってしまったのだが。
良守が時音を好きになるのは当然といえば当然だが、自分ではないのがくやしくないと言えば嘘になる。
本当は自分が隣に並んで一緒に見たかったとは言えない。
そんなことを考えながら星が流れる空を見上げていると、遠くで人の話す声がかすかに聞こえ、家の門に続いて玄関を開け閉めする音が聞こえた。良守が帰ってきたようだ。
いつも通りきっとそのまま布団に潜りこんで寝るのだろう。今戻っていって見つかっても面倒くさくなりそうなのでもう少し経って、良守が眠りについたころに戻ることにした。
しばらくそのまま寝転がって空を見上げていると、良守が近づく気配がして起き上がる。
「おい、なんでこんなとこで寝てるんだよ」
「お前こそなんでここってわかったの?」
「双子なんだからお前がどこにいるかなんて気配くらいすぐわかる!」
なぜか機嫌が悪い。
「あっそ。で、何の用?」
あえて突き放すようにいう。こちらは結界の中、良守は外だから相当に寒いだろうとは思う。
「あ、あのさ。隣に座っていい?」
「座れば?」
そうは言うものの結界を解く気はない。自分が小さいのなんてわかっているが、時音と夜空を眺めてきたと考えるだけで胸がチリチリと痛む。その意趣返しのつもりだった。
「だから、あの。結界解いてくれないと隣に座れないだろ?」
「お前が切界すればいいんじゃない?早くしないと風邪ひくよ?」
「だから、もう!そういうことじゃなくて!」
癇癪を起した子供のようにうまく言葉にできなくてイライラしているのを見ていて面白くなる。こうなることがわかっていてわざとやっていた節もある。
「もう!!!わかれよ!!お前の結界に入りたいの!」
そこまで言われたら仕方がないと自分に言い聞かせて、一度解いたあと良守も一緒に結界で囲む。
「で、なに?座れば?」
チラッと見上げれば、その場に立ったまま何か言いたそうにしている。しばらくどうしようか悩んでいたようだが、そっと正守の横に腰を下ろした。
「なんでそうやって意地悪ばっかりするんだよ」
膝を抱えてもじもじしながら小声で言った。その原因が自分なのが嬉しくもあるが、あまり度が過ぎると泣きかねないと思って、今度は優しく声をかける。
「ごめん。つい。良守がそうやっていじけるのが可愛くってさ」
「お前いっつもそうじゃないか」
「そう?」
わかっていながらあえて気づかないフリをする。そっと触れた指先が冷え切っていることに気づき、手を握ると、分かりやすいくらいに顔が赤くなるが、そっと握り返してくる。きっとしばらく手をつなぐことがなかったから照れているに違いないだけなのだが、そんな反応をされたら勘違いしてしまいそうだ。
「で、なんか話があったんじゃないの?」
「お前とふたご座流星群が見たかったのに、お前が無視するから」
「なんで?時音ちゃんと見たんだろ?」
「時音とは別にじっくりなんて見てねぇ。これは、お前と見なきゃいけないような気がして」
目を合わせるでもなく、斜め前に視線を落としながら言う。
「なにそれ」
「だって双子だろ。ふたご座の2人もすっげぇ仲良かったっていうし俺たちみたいじゃん」
「ふーん。でも、片方は死んじゃうんだよ?」
「そ、そんなの…」
知ってて突っ込まれるとは思っていなかったんだろうか。
「じゃあさ、俺が死んじゃったらどうする?ふたご座の2人も兄ちゃんのほうが死んじゃうし」
「そ、そんなことは俺がさせない」
慌てて否定する。
「そんなのわかんないじゃん?お前と違って正統継承者でもないから烏森でやられちゃうかもしれないし、もしかしたら事故とかで明日にはいなくなっちゃうかもだし…」
あらゆる不幸な可能性を並べていると、隣で鼻をすする音がする。慌ててそちらを見ると、良守が泣いているではないか。
「なんで、おまえは、いっづもそーゆーごと言うんだよぉぉ。お前がいなくなったら俺も生きられないよぉぉ」
そこまで大げさな話にするつもりはなかったのだが、良守は涙でぐちゃぐちゃになりながら離さないようにと必死に手を握り締めてくる。
「そんなに泣くなよ。別に本当のことじゃないし、冗談に決まってるじゃん」
「お前がいなくなるのなんて、やだ。お前がいなくなったら俺も一緒に」
「バカなこと言うなよ。正統継承者がそんなこと言って怒られるよ」
「正統継承者がなんだっていうんだ。俺はずっとお前といたいのに」
「わかった、わかったからもう泣くなよ」
泣かせるつもりはなかったのに結果としてここまで泣かせてしまったことに罪悪感を覚える。肩をそっと抱き寄せてやると、良守は正守にぎゅっとしがみついてきた。いつだって良守は寂しくなると正守にしがみついて、二人はいつもくっついていた。いつまで経っても変わらない。周りからもいつも二人は一緒ねと言われていた小さいころを思い出す。今は良守の気持ちが正守と同じレベルでなかったとしても、一緒にいたいというのは嘘ではないだろう。
「ほら、流星群見るんだろ」
「あ、そうだった」
2人は一緒に空を見上げる。すると、ちょうど大きな流れ星が流れた。
「正守とずっと一緒にいられますように」「良守とずっと一緒にいられますように」
2人同時に願い事を呟いて顔を見合わせて笑う。
「やっぱり俺たち双子だな。もうずーっと、ずっと、ずっと一緒だからな」
「良守約束だからな」
「当たり前だ」
そう言いながら、つないでいた手をすっとずらすと小指どうしを絡めて指切りをした。