家が仕事場なクリエイターな正守。
クライアントからの急な変更依頼などがあり、なんとか三徹をして明け方にやっと仕上げて、さきほどデータを送って無事終了した。
眠い、もう布団に吸い込まれたい・・・
そのままベッドに倒れこむも、ぐぅぅぅと盛大にお腹がなる。
そういえば、集中するあまり昨日の昼からほぼ何も食べてない。
人間の欲望というのは素直なもので、睡眠の前に食欲が勝ってしまった。
しかたなく起き上がってキッチンに行き、冷蔵庫をあけるもののビールと水くらいしかない。
いつもコンビニばかりな上、3日にも家に缶詰めになっていれば食料も尽きる。
かと言って、徒歩3分ほどとはいえ、今からコンビニに行く気にもならない。
しかし感じてしまった空腹を紛らわすものは家になにもない。
ふと、ウーバーイーツというサービスがあることを思い出す。
今まで使ったことはないが、こういうときのためにあるのではないか。
まだ朝8時とはいえ、配達してくれるのだろうかと不安になりながらも、スマホから注文してみると、どうやらこの時間でもお店によっては対応をしてくれるらしい。
とりあえず選べる中から注文をすると缶ビールを片手にリビングのソファに腰かけた。
ピンポーン
遠くからインターホンが何度もなる音が聞こえてはっと目を覚ます。
どうやら短い時間ながら寝落ちてたようだ。
慌ててインターホンに出ると、モニターにさわやかな青年が映っていた。
「あぁよかった。いてくれて!ごはんお届けにきました!」
「今あける」
マンションエントランスのオートロックを解除してやる。
ほどなくして、玄関のインターホンがなる。
ドアを開けると、さきほどモニター越しに見た青年が立っていたが、さきほど以上にさわやかな笑顔が輝いていた。
「はい、こちらお届けの商品です。置き配指定になってないのにピンポン鳴らしてもでなかったからどうしようかと思いました」
「悪かったな」
「いえ、出てくれたので大丈夫です!!」
ニカッと笑う笑顔が徹夜明けの脳みそにはまぶしすぎるが、あまりに輝きすぎていて見惚れてしまう。徹夜明けに現れた天使か。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
目の前で手を振られ、こてっと首を傾げる姿を見て、胸にズキュンとなにかがささった。
か、かわいい。
今まで同性を相手にそんなことを思ったことは一度もなかったが、目の前にいる青年はこんなにも胸をドキドキさせてくれる。
「あったかいうちに早く食べたほうがいいですよ。チャリ飛ばして急いで持ってきたので」
「そうか」
「それにしても、お兄さん大丈夫ですか?徹夜明け?目の下すごいクマですよ」
「そんなにか。仕事で三徹したんだ」
「そんなに!?若いからって無理しちゃダメですからね。それじゃ!」
弁当を渡すと、そのままエレベータホームに走っていく後ろ姿を見つめる。
が、途中でくるっと踵を返すとこちらにスタスタと戻ってくる。どうしたのかとただ見守っていると、ポケットから瓶を取り出した。
「これ、よく行く配達先でもらったんですけど、よかったらどうぞ」
渡されたものを見ると、栄養ドリンクだった。
「配達いく先は決まっているのか?」
つい初歩的な質問をしてしまう。
「あ~いや。その時々オーダーが入ってくる順なので特に決まっているわけではないんですけど、この時間このエリアにいるメンバーが少ないし、いつも注文くれる人だと行くことが多くなるんですよね。だから顔見知りになってしまうっていうか」
「そうなのか」
「今度こそ。では!お兄さん、それ食べたらちゃんと寝てくださいね」
「また、この時間に注文すれば、君が届けてくれるのか?」
去っていく後ろ姿に思わず声をかけてしまう。
「その可能性は高いかもですね。また、もし俺だった場合にはよろしくお願いしますね」
親指を立ててニコっと笑うと、今度こそエレベータホールに走って行ってしまった。
弁当を受け取ったまま、しばらくドアの外に立って走り去った方向を見つめる。
今のはなんだったんだ。すごい衝撃だ。あの子にもう一度会いたい。そんな風に胸が躍るのは久しぶりだった。
リビングに戻って弁当を広げ、さきほど飲みかけだったビールとともに食べる。
腹が満たされてそのままソファにもたれると、空いた容器の横にさきほどもらった栄養ドリンクが目に入った。
起き上がって手に取ってまじまじと見つめる。
たまに自分でも買うものとなんら変わりはない。それなのになぜか輝いて見える。
なぜだ?これを飲めばまた会えるだろうか。逆に飲んでしまったらもう会えないかもしれない。
そんな葛藤を抱きつつ、これはお守りにしようと仕事机の棚に見えるように飾り、そのままベッドに潜り込んだ。
寝不足もあってか、布団に入ってすぐに寝落ちて目覚めたころにはすでに日が傾いていた。
起き上がろうとして違和感を感じて布団をめくる。
さすがに粗相はしていなかったが、久しぶりにガチガチに勃っている。
疲れていたからだろうか。それにしても、夢であの子が出てきたような気がする。
朝の笑顔を思い出すと、なぜか胸がソワソワして仕方ない。
あんな笑顔の子に、こんな汚い大人の姿を晒すわけにはいかない。
寝る前にシャワーを浴びるのを忘れていたことを思い出し、そのまま風呂に向かうと体の汚れと一緒に欲望を流した。その後、3日ぶりに外の世界へと買い物へ出かけた。
翌朝、冷蔵庫には食べるものはあったものの、昨日のことが忘れられずまたスマホから注文をした。
しばらくしてインターホンがなってモニターを見ると、昨日の子ではないようだ。
とりあえずロックを解除して玄関で受け取る。別に今日の配達の彼には用はない。
弁当を受け取ると、ドアをバタンと閉めた。
明らかに落胆している自分がいる。昨日の彼もいつも来るとは限らないと言っていたじゃないか。
そう言い聞かせても、もしかしたらという淡い期待もあった。
届いた弁当を食べる気にもならず、コーヒーだけ入れると仕事部屋にむかった。
その後も何日もオーダーを入れるが、何度か同じ人が配達に来ることはあったが、初日に来た彼がくることはなかった。
自分でも受け取る時に不機嫌な顔をして、ぶっきらぼうに受け取っている自覚はある。
ただ、弁当が食べたいのではなく、彼に会いたいのだ。
どうしたら会えるだろうか。そんなことを考える日々が続いた。
前までは夜更かしして昼近くまで寝ている生活だったものが、あの日以来、朝起きる習慣になってしまった。
今日こそは、今日こそはと頻度は減りながらもオーダーを入れているがやはり彼が来ることはなかった。
ある朝、弁当ではなくおにぎりが食べたくなり、近くのコンビニまで出かけた。
おにぎりとみそ汁、そして栄養ドリンクを買ってマンションまで歩いていると、目の前に配達を終えて自転車に乗る彼の姿が見えた。
「あっ、あっ、君!!」
「え?」
振り返った彼は驚いた顔をしたものの、正守だと気づくと笑顔になった。
「あぁ、あの時の三徹のお兄さん」
変なあだ名がついたものだと思ったが、彼と話ができただけで舞い上がってしまった。
「君に届けてほしくてあのあと何回も頼んだんだが、なかなか来てくれなくて」
「すみません。大学の実習でしばらく泊りがけででかけてたので。今日から再開したんです」
「そうだったのか。もう君に会えないかと思った」
「配達員なのに大げさですね。別に俺じゃなくても」
「あの時、君の笑顔で元気をもらったから、どうしてもお礼を言いたくて」
よくわからない言い訳をしているが、なんとか彼を引き留めたい、その一心で会話を続けた。
「そう言ってもらえるならうれしいです。朝の配達なのでやっぱり元気なほうがいいかなって思ってやってたんで」
またも全開の笑顔を見せてくれる。
「今日から再開ってことは、明日頼めばまた会えるのか?また、朝、君の笑顔に会いたい」
「う~ん、タイミングにもよるんですけど、いちお気にはしてなるべく拾えるようにはしておきますね」
「そっか」
あからさまに落胆した正守の姿を見ると、その青年は申し訳なさそうに眉を下げた。
「指名できないしくみなんですよね。でもできるだけ頑張ってみます。あっ次のオーダー入ったんで行かなきゃ。それじゃ、また」
自転車に慌ててまたがった青年に、正守は袋をガサガサ探ると、自分用に買った栄養ドリンクを渡す。
「これ。こないだのお礼」
「そんないいのに。でもありがたくもらっておきますね」
正守をその場に残し、青年は走り去っていった。