恋占い「じゃあ、また明日ね。ディオン」
「うむ、テランスも。また明日」
僕はディオンにばいばい、と手を振った。ディオンも手を振り返してくれて、そしてディオンは家の玄関の扉を開けた。そこから「お兄ちゃん、おかえり~」と声が聞こえてきた。きっとディオンの弟のオリヴィエくんだろう。「帰ったぞ」とディオンが家の中に入るまで、僕はつい黙って見届けてしまう。
「はぁ……」
僕は今日もディオンにこの気持ちを伝えられないまま、学校を終えて帰ってきてしまった。僕も自分の家の扉を開けて、「ただいま」と声をかける。
「あら、おかえりテランス。ご飯もう出来てるけど、食べる?」
「うん。ちょっと待ってて」
僕は家の二階に上がり、自分の部屋へと向かう。そして自分の部屋の扉を開けて、学校に使う鞄を、自分の机のそばに置いた。
「ふぅ……」
僕は、いったん自分のベッドにごろりと寝転がる。そして今日の学校の昼休みに言われたことを脳内で思い返していた……。
◆◇◆◇
「恋占いアプリ?」
僕とディオンは、同時に声を出した。
「そう、最近流行ってるんだって。しかも的中率がすごいんだ」
そう言って一緒に食堂でお昼ご飯を共にしているのはディオンと僕の友達のジョシュアだ。そしてジョシュアは兄のクライヴ先生とどうやら恋人同士らしい。
「でね。僕もまさかと思って、そのアプリを兄さんにやらせてみたんだ。そしたら僕と相性バッチリって回答が出てさ。お互いその画面が出てきたとき恥ずかしくなっちゃって。でも嬉しかったなぁ……」
ジョシュアは嬉しそうに顔を綻ばせながら、食堂で注文したお昼ご飯のボロネーゼを食べていく。なんだか本当に幸せそうだ。
「だから君たちも好きな人がいるなら、相性が良いかやってみたら? 良い結果が出るかもしれないよ?」
「ふむ……、恋占いか……」
僕は隣に座っているディオンをちらりと盗み見た。ディオンは顎に手を当てて、何か考え込んでいるようだった。
「……」
僕はディオンにバレないようにテーブルの上にあるペペロンチーノを、気もそぞろに少しずつ食べていく。……そう、僕は幼馴染のディオンのことが、好きだった。子供の頃からずっと、ディオンだけを見つめていた。ディオンが僕の恋人だったら……、と何度考えたことか。でも、僕の想いはきっと叶いっこない。でも……、伝えてみたいという気持ちもある。付き合ってくださいって一言言ってみたい。でも……。そう頭の中がぐちゃぐちゃになり、踏ん切りがつかないまま、お互い年を取って大学生になってしまった。友人のジョシュアなんて血が繋がっているのにクライヴ先生と恋人同士になれているのに。
僕はこっそりジョシュアにディオンのことが好きだと思い切って話したことがある。ジョシュアからの答えは「きっと大丈夫」とのことだったが本当だろうか……。
◇◆◇◆
「テランス! 部屋にいるんだろう!?」
僕はハッとして沈んでいた思考の海から抜け出し、ベッドから身を起こした。僕の部屋のベランダの方から声がする。ディオンの声だ。
「ディオン!」
僕は慌ててベランダへ行こうとしたが、遅かった。ディオンがもう僕の家のベランダに侵入してきていた。僕の部屋と隣に住んでいるディオンの部屋は同じ二階にあり、隣同士同じ場所にあった。だからベランダの柵からぴょんっと飛び越えれば、お互いのベランダを行き来出来てしまう。子供の時からそうして、夕方以降も遊んできた。小さなころはさすがに危ないからと怒られたが、もう大学生になったら何も言われなくなった。
「ん……? どうした? なんだか暗い顔をしているな」
「え? ううん。なんでもないよ」
いや、なんでもなくない。ジョシュアから聞いた『恋占いアプリ』のことを考えていた、なんてディオンに言えない。
「? そうか。まあいい。ところでテランス、ちょっとこれをやってみろ」
ディオンが僕の目の前に、スマホをスッと差し出してきた。そのスマホに表れていた画面はなんだか華やかで、「質問その1」と書かれている。
「ディオン? なにこれ?」
僕は何が何やらわからず、ディオンに訊いてみる。しかしディオンは「い、いいから! 早くしろ!」と言う。なんだろう? とりあえず僕は画面に出ている質問に、次々と答えていく。本当に何だろう? 質問の一つ一つがまるで心理テストのような内容だ。僕は黙々とスマホにタップしていく。すると……。画面がパッと切り替わった。
『おめでとうございます! テランスさんとの相性は、100%! きっと恋が実るでしょう!』
「…………え?」
「!? わああああ!!」
ディオンが慌てて僕からスマホを奪い取る。……え? 今の、なに?
「な、なぜ画面に結果がすぐ出てくるのだ……!!」
ディオンは慌てて僕のベランダへ走って行こうとする。きっと自分の部屋のベランダに逃げる気だ。待って、どういうこと? 相性? 恋が……、実る?
「待って! ディオン!」
僕は思わずディオンの手を掴む。今のって、まさか……、そういうこと!?
「は、離せっ! テランス!」
ディオンは僕の手を振りほどこうと手を激しく動かす。ディオンの顔は真っ赤になっていた。微かに目には涙が滲んでいるのが見える。僕はディオンのその姿に我慢が出来ず背後からぎゅっと抱きしめた。
「て、テランス……?」
「ディオン……、僕、間違ってないよね? 今のって、『そういうこと』だよね……?」
僕の心臓とディオンの心臓がバクバクと激しく高鳴る。僕、信じていいの? 突然こんな……、夢みたいなこと……。僕は恐る恐る口を開いた。
「ディオン……、僕の事、すき、なの……?」
ぴくん、とディオンの身体が小さく揺れる。しばらくの沈黙のうち、ディオンは可愛らしく、こくん、と頷いた。
僕はディオンの身体をそっと離す。ディオンは自分の身体を抱きしめ、もじもじしている。なんて、なんて可愛いんだろう……。
「ディオン、そのアプリ、ディオンも答えてよ」
「え……、あ……」
「ね? 大丈夫だから……」
「う、うむ……」
僕はディオンに教えられ、当たると噂の恋占いアプリをインストールし、起動させた。自分のプロフィールを入れて、それから恋を実らせたい相手……もちろんディオンの誕生日などを入力していく。そして先ほど僕がやった質問コーナーの画面が出てきた。本当は相手の事を考えて自分で入力しなければいけないところを、ディオンは間違った情報は入れたくないとわざわざ僕に入力させたのだろう。それがディオンの墓穴を掘ることになるとは思いもせず……。
ディオンは画面を見ながら質問に答えていく。その様子を僕はじっと見る。ディオンの頬が薄紅色に染まっている。僕はディオンのその様子が可愛くてどうにかなってしまいそうだった。そして……。
『おめでとうございます! ディオンさんとの相性は、100%! きっと恋が実るでしょう!』
同じ結果が出た。画面はクラッカーがパンっと紙テープと共に紙吹雪が舞っている。
僕たちはしばらく黙り込んだ。まさかこんな形でお互いが好きだということが判明してしまうなんて。このアプリを教えてくれたジョシュアに感謝しなくては。僕は恥ずかしくて俯いてしまっているディオンの両肩にそっと手を置いて、こちらに振り向かせた。
「て、テランス……?」
「キス……、してもいい? ディオン……」
「……!」
ディオンはどうしたらいいのかわからないようで、あたふたとしてしまっている。僕も心臓が爆発してしまいそうだ。でも、もう僕の気持ちはとまらなかった。
「ディオン……、ずっと、好きだったよ……。子供の頃から、ずっと……」
ディオンがハッとした顔をして僕を見る。そしてディオンの綺麗な琥珀色の瞳からぽろりと、涙がこぼれた。
「私も……、好きだ……。テランスのことが、ずっと……、けど、言えなくて……、言ったらこの関係が壊れてしまいそうで、怖くて……」
「ディオン……」
……もうお互いに言葉はいらなかった。僕はディオンの綺麗な唇に自分の唇を近づけてゆく。ディオンの目が閉じる。あともう少しで唇が重なる……。
「ちょっと、テランス! いつになったらご飯食べるの! あとディオンくん~! 来てるんでしょ~? 一緒にご飯食べていく~?」
僕たちは突然の母の下の階からの呼びかけに思わず身体を引いた。
「う、うん! 食べるよお母さん!」
「あ、も、申し訳ない! ご飯は私の家で食べますから!」
「そう~? ディオンくん遠慮することないのに~」
そして階下の母の気配が消えて、僕たちは安堵のため息を吐いた。そしてつい、お互いの顔を見つめる。
「また今度……だな」
「うん、僕たち、恋人同士になったんだから……、いつでもできるよ」
「恋人同士……」
ディオンはその言葉にうっとりとした表情をした。僕はもう我慢できなくなり、ディオンの頬にそっと、キスをした。
「てっ、テランス……っ!」
ディオンは顔を真っ赤に染めて、僕がキスした頬に手を当てる。
「続きはまた今度ね? ディオン……」
「う、うむ……」
そうしてディオンは僕のベランダからディオンのベランダへと帰っていった。……なんという一日だったのだろう今日は。僕は力が抜け、へなへなと座り込んでしまった。
……、これから、ディオンとどんな生活を送るのだろう。一緒に手をつないで学校に登校? 誰もいないところでキス? 休みの日は外でデート? そして……、夜は……。
「ちょっとテランス! 料理が冷めちゃう!」
ハッと母の声で妄想の世界から帰り、僕は慌てて一階へと下りていったのだった……。