いざにゃとかくぬい1/いざにゃとぬいぐるみ今日も野良猫のいざにゃは横浜の街をぴんと尻尾を立てて歩いていました。
いつものようにゴミ捨て場で残飯を漁っていると顔に傷のある小さなぬいぐるみが目に入りました。
まんまるな顔に凛々しい目と口をしていて、それがいざにゃには宝物のように見えたのか尻尾でぬいぐるみを大事に抱えるとゴミ捨て場を後にします。
とことことぃざにゃがダンボールの隠れ家に戻ると、拾ってきたぬいぐるみをまじまじと見つめては前足でじゃれてみました。
おもちゃが欲しかっただけなのかもしれませんが、いざにゃはぬいぐるみに爪を立てないように触って尻尾で優しく撫でてあげたりもしました。
眠る時には丸まった身体の中にぬいぐるみを包んでいます。
それからいざにゃとぬいぐるみはずっと一緒でした、遠くまで餌を探しに行くのも苦にならなくなりました。
ゴミ漁りをして人間に追い払われたりしながらもいざにゃはぬいぐるみをちゃんと守っていました。
いざにゃは野良猫ですが、どこかのおうちで生まれた猫でした。
でもいざにゃだけ他の兄弟とは色が違って生まれました、いざにゃが子猫のうちに捨てられたのはそれだけが理由でした。
それからいざにゃは強い猫に育ちました、人間に追いかけられても石を投げつけられても素早い動きで逃げられたし、時には爪で引っ掻いてもやりました。
それが当たり前だと思いながらもいざにゃは兄弟の夢を見る度に、ミィと小さな声で鳴きました。
いざにゃは本当は寂しかったのでしょう、捨てられたぬいぐるみに何かを思うくらいに。
捨てられても、人間に作られたこのぬいぐるみは誰かに愛されていたはずで、それがなくなった方が哀しいことじゃないかと。
可哀想とも羨ましいともつかない気持ちがいざにゃの尻尾を動かしていました。
いざにゃとぬいぐるみはそれからずっと一緒にいましたが、ある日いざにゃはカラスに襲われてしまいます。
その時にぬいぐるみをカラスに奪われてしまいました、いざにゃは必死に追いかけましたがカラスは遠くに飛び去ってしまいます。
ミィミィと鳴きながらいざにゃはぬいぐるみを探しました、お腹が空いているのも忘れて探している内に雨が降り出します。
いつもなら雨宿りをするいざにゃですがそれどころではないいざにゃは雨の中をとぼとぼと歩いて、遂に力尽きてしまいました。
カラスに突かれていないだろうかとぬいぐるみの心配をするいざにゃがミィ、ミィと鳴いています。
その鳴き声に気づいたのかひとりの人間がいざにゃを覗き込みます、雨から逃げてきたのかびしょ濡れの顔にはあのぬいぐるみのような傷がありました。
「良かった、生きてる。」
もう少し頑張れと人間がいざにゃを雨の当たらない場所に避難させてやり、いなくなったと思ったら荷物を抱えてすぐに戻ってきました。
びしょ濡れになった毛皮を拭いてふわふわのタオルを巻いて暖かくなるものをいざにゃに当てて冷えた身体を温めてくれました。
人間なんて引っ掻いてやりたいのに、ぬいぐるみを探さなきゃいけないのに、いざにゃは何故か安心してしまいミィミィと鳴いて人間の腕の中で丸くなりました。
食べられないからかカラスはぬいぐるみを路肩に落としていました。
雨はほとんど止みましたが水溜りに転がったぬいぐるみは汚れてしまっていました。
ぬいぐるみはいざにゃに言葉をかけたりは出来ませんでしたが、どこに行くにも一緒にいてくれたいざにゃのことが好きでした。
前足や尻尾でおもちゃにされるのも楽しくて、ずっといざにゃと一緒にいたかったのです。
いざにゃは怪我をしていないだろうか、またいざにゃに会いたい、尻尾で包んで色々なところに行きたい、いざにゃの側にいたい。
ぬいぐるみの顔に転がる雨粒が涙のように溢れました。
「あいつ帰ってこねぇな…ん?なんだこれ。」
真っ白でふわふわした髪の人間がぬいぐるみをつまみ上げます、紫色の大きな目がいざにゃに似ています。
じっと見つめている内にははっとおかしそうに笑いだしました。
「オマエ、ガキの頃のあいつにそっくりだな、おもしれーからあいつに見せてやろ。」
ぬいぐるみは拾われてハンカチに包まれました、尻尾じゃないけれど何故か嬉しくて仕方なくなっていました。
いざにゃじゃないのに、いざにゃじゃないとダメなのに。
「イザナ!」
「おせーぞカクチョー!」
「いや、猫見つけてな、すまん。」
「濡れネズミが猫拾ってる場合か。」
イザナと呼ばれた人間はカクチョーのびしょ濡れの頭をワシワシと撫で回しながら段ボールの中の猫を覗き込みます。
カクチョーに助けられたぃざにゃは穏やかに眠っていました。
「イザナに似てたから…ほっとけなかった。」
「…偶然だな、オレもお前に似てるものを拾ったぞ。」
イザナは段ボールの中のいざにゃの横に傷のあるぬいぐるみを置くと、その顔を見たカクチョーが本当だと笑いました。
眠っていてもいざにゃはぬいぐるみの匂いに気づいたのかミィ、ミィと何度も鳴いて尻尾でぬいぐるみを探しました。
ぬいぐるみがいざにゃの尻尾に触れるといざにゃは大事に自分の側に寄せました、ミィと鳴くいざにゃにぬいぐるみが笑ったように見えました。
「なんだよ、オレが拾ったのにオマエのおもちゃになるのかよ。」
「いいじゃないか、猫もぬいぐるみだって嬉しそうだろ。」
「あー、はいはい、おら、下僕と猫が風邪ひく前に帰るぞ。」
飼っていいのか?と顔を明るくしたカクチョーが聞くと、拾っておいて捨てるのか?と意地悪く聞き返すイザナにカクチョーがイザナ、ありがとう!と少し噛み合っていない返事をすると、イザナは少し呆れていました。
いざにゃが目を覚ますと知らない家の中にいました、そういえば人間に拾われたといざにゃは思い出しました。
外に行ってぬいぐるみを探さないとと思ったいざにゃですが不思議とぬいぐるみの匂いがこの部屋からしています。
いざにゃが匂いを辿ると高いところに綺麗になったぬいぐるみがぶら下がっていました。
ミィミィと大きな声で鳴くとカクチョーとイザナが飛んできます、ぬいぐるみを取ろうと飛び跳ねているいざにゃにカクチョーはぬいぐるみを渡してあげます。
いざにゃはいつものように尻尾でぬいぐるみに触れて、大事に尻尾で包んでいました。
「お前の下僕はそいつなんだな、お前を拾ったのはこいつだけどオレの下僕だからな。」
「イザナ、猫にやきもちは…痛っ!」
ひっぱたいたりしていてもお互い嬉しそうなイザナとカクチョーを見て、いざにゃとぬいぐるみはじゃれてるようだと思いました。
イザナとカクチョーに見つけてもらったいざにゃとぬいぐるみは、これからもずっと一緒です。