多分次はしばらく許してくれない「助かったー! あんがとな、なっちゃん」
言った瞬間にやらかしたと気づいたが時すでに遅し。目の前にいるなっちゃんとは似ても似つかぬ男は、その美貌を凍らせたのだった。
「あ、いや間違えた、わりー」
「…………別に」
気にしてないよ、と笑顔で言うが全然目が笑ってない。
臼井雄太と同じ所属になって数ヶ月、たまにヤルようになって一ヶ月と少し。雄太がここじゃ俺にしか見せないような顔して笑ったり顰めっ面したり馬鹿にした顔見せたりするようになったのが……まあ、少なくとも、東京にいた頃好きだった人と呼び間違えたらまずい関係ではあるな。俺が悪い。
シャツのボタンが取れた。流石に俺だってボタンくらい付けられるし裁縫箱も持ってはいる。なっちゃんが持たせてくれたのだ。でもその中に使える色の糸がなかった。そんで雄太に相談したら丁度いい色の糸を持ってた。貸してって言ったら、無駄に糸を使われたくないからと雄太がシャツを取り上げた。
ベッドに腰掛けた雄太がボタンを付けてる間、俺は隣に座って器用に動く指を見ていた。気が散ると雄太は迷惑そうだったが無視した。
で、雄太の作業が終わり、針は裁縫箱に仕舞われて、シャツは俺の手に返された。でも俺はそれを傍に置いて雄太の手を取り、感謝の言葉を告げて、キスして、ついでにもうちょっと不埒なことを、と思っていたのだが。
ここで俺の口から出てきた「なっちゃん」は子どもが先生のことを「お母さん」て言っちゃうみたいなもんだ。それ以上でも以下でもない。東京で散々世話になったから、今雄太に世話されて、つい「なっちゃん」て言っちゃっただけで、雄太をなっちゃんの代わりにしてる訳ではない。けして。ていうかお前、お母さんて言われたことあるだろ、そういうタイプだろ。それと一緒だ。
雄太の手を離さないままで、俺なりの誠意を込めて伝えてみたが。雄太の返答はといえば。
「……水樹は俺をお母さんなんて呼ばなかったけど」
俺が「なっちゃん」の話をするか、雄太が「サッカー関係ない水樹」の話をするか。そうなると碌なことにならねーのは最近学んだ。ベッドいる時に水樹と比べんじゃねーよ。今のはカチンときた。先になっちゃんと言ったのはそっちだろと雄太の雄弁な目が告げている。
「……そろそろ手を離してくれないか」
「いやだね」
雄太の右手をそのまま俺の口元へ、その手の甲に王子様みたいなキスを、という当初の予定は捨て去った。代わりに指の股を舐めてやる。ひくりと眉間に皺を寄せた雄太。いい顔だ。その澄ました顔を暴くのは水樹じゃない、俺だ。噛み付くようなキスを浴びせてやったら、犬だなお前と鼻で笑われた。
「なっちゃんにはこんな風にしないくせに」
「当たり前だろ、お前はなっちゃんじゃねーもん」