美人さんと私:からだを拭く 美人さんはすごい美人。顔は青娥の美女。顔は。
「噛みつきの毒牙足りないじゃなイっ!」
桜唇からほとばしる、語尾の一音だけひときわ甲高い高音の言語はまるで意味不明だ。だが彼女が私に敵意を見せることはない。
私は彼女の首から下の、およそ人間とはかけ離れた身体を、すぐ近くの川の水で濡らしたリネンの白布で丹念に拭いている。このあたりには毒きのこが多く生息し、呪いの滲んだ胞子をあちこちに撒き散らしている。服を着てくれない美人さんの身体は私がこうして拭いて守ってやるしかないのだ。
「さぶいぼ払って謝礼十万ん!」
彼女の、細く、喉仏がグンと突き出した首を拭くと、美人さんはくすぐったそうに身をよじらせてそういった。
「夕餉には飯の種をお願イ!」
自分で拭くとでもいうのか、私の手の布に手をのばす。三本しかない指──どれにも大きな鋭い鉤爪がついている──が私の肌をかすめる。
「だめだよ美人さん。美人さんは拭くのがへたくそなんだから、やらせてあげられないよ」
と私がいうと、丸く曲がった暗いみどりの背を震わせたあと、きれいな唇を尖らせて不満がる。話の分からない人ではないのだ。
森の中は当然虫が多い。とくにこの辺りには呪いを媒介する蚊がよく飛んでいる。蚊除けの香焚いてはいるが、耐性のある奴もいる。いまそんなしぶとい蚊が、小柄な美人さんのガリガリに痩せた腹の三つあるヘソの右端に留まった。
「美人さん、蚊!」
私がいうと、
「鷲なら餌付きはじめがおすすメッ!」
美人さんが慌てた。
私は商売道具の神の杖のどがった先っぽを美人さんの腹に当て、なんとか蚊を追い払った。
ところが。
そのときうっかり杖の上部を左右にゆらゆら振ってしまったのである。
私は奇跡排出人、人呼んで奇跡屋だ。神のフラストレーションを奇跡とし排出する仕事をしている。この杖はそのための道具。振れてしまった杖に嵌められた透明な水晶が、ふと玉虫色に濁る。そして奇跡が紡がれた。
奇跡は、ランダムに、なんの理由もなく理不尽に起こる。
今回の奇跡は、美人さんと私の間に、みごとな五十のシャボン玉を作りたもうた。
「家族誌の永続性に意義あるのおッ!」
美人さんはえらく驚いた。私は安堵していた。そう有害な奇跡ではなかったからだ。最悪死ぬこともあり得た事態である。
「きれいだねえ美人さん」
大小のシャボン玉はそこかしこに溢れ、幻想的で平和な光景を展開した。
美人さんのすてきな顔と私の大好きな肉体が、その光景にぴったりと嵌っていた。(了)